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義賊のマテリア  作者: 夕日
継ぐ者の名
75/102

2-010

アインからの言葉を聞いて、俺は嘆息しそうになった。


「お前もやっぱり魔女の下僕なんだな」


「おにーさんみたいに、制限のある下僕じゃないんだ。ボクと魔女は同位体。魔女と同等の権限を持つことができる、『魔女に許された存在』なんだよ」


『内』と『外』。『表』と『裏』。

魔女が言った言葉に潜んでいた、その意味。

魔女が『世界』という箱庭を観測する者ならば、アインはその逆、『世界』に存在し得ない『矛盾』を観測する存在だと、アインは説明した。


「『世界』を観測する者と、『矛盾』を観測する者。ボクたちがいなければ、どちらかがバランスを崩してあらゆる事象が破錠してしまうんだ」


頭の痛くなりそうな言葉を連ねるアインは、俺の表情から察したのか、ふふ、と微笑んだ。


「難しく考えなくていいよ。おにーさんは、ボクたちのことを便利な情報屋とでも思ってくれればね」


「……まあ、お前たちがどんな存在で、何をするための存在かなんて興味はないからな」


俺は一度、大きく息を吐き出した。


「さっさと教えてくれ。【影写しの大鏡(ミラージュ)】はどこにあるんだ」


ミリアが生まれる起源となった《魔剣》、【影写しの大鏡】。

その力があれば、ミリアを元に戻せるかもしれないのだ。

だが、アインは渋面を浮かべている。


「もしライツェから【影写しの大鏡】を取り返したとしても、おにーさんはあの《魔剣》の矛盾を理解することなんてできないよ」


「やってみなくちゃ分からないだろ」


「……じゃあ、おにーさん……」


アインは、ゆっくりと俺に近づいてくる。目の前に立って、懐から何かを取り出したかと思うと、


一瞬。


俺の首筋に、ナイフの刃が突き付けられた。

固まる俺に、アインは冷徹な眼で俺を見据えていた。


「今、ここで死んで欲しいって言えば、おにーさんは死んでくれる?」


アインから放たれた氷棘のような殺気に、俺はすぐさま後ろに下がって懐のナイフに手を伸ばす。


「いきなり何を……っ!!」


「おにーさん、【影写しの大鏡】っていう《魔剣》は、そういう《魔剣》なんだよ。願いと同時に理不尽を突き付ける、すべての《魔剣》の中で極大の《矛盾》を内包した《魔剣》なんだ」


「いくらなんでも極端すぎる!!そんなバカなことが―――」


「あるんだよ。そんなバカなことがね。おにーさんが持ってる《魔剣》、【砂上の傷跡(エンプティ)】も、大きな《矛盾》を内包した《魔剣》なんだよ。だけどね、その力はミリアさんと矛盾を分け合って、軽度のものになってる。だから空間の超越なんていう、常識を外れた力を解放することができるんだ」


「ミリアと……《矛盾》を分け合って……」


「おにーさんとミリアさんも、『一人ではないこと』を《理解》したからね。【砂上の傷跡】が他者を必要とする根源は、そこから来ているんだ」


解っている(・・・・・)

多くの者から助けられてきて、今を生きていること。

どれだけの人が、俺という存在を心配し、信頼し、《理解》してくれていたかということ。

それが、【砂上の傷跡】に内包された《矛盾》を解放する鍵となっているのだから。

だが、だからこそ、アインから今言われようとしている言葉―――『ミリアを元に戻すことは不可能だ』という言葉に、素直に頷く訳にはいかない。


「アイン……いい加減にしろ。俺は諦めるつもりはない。どんなことをしても、ミリアを元に戻す。どれだけ手が汚れようとも、その覚悟は変わらない……!!」


俺の全身から放たれる殺気に、アインは目をそっと伏せた。

そして、小さく呟く。


「……そう。やっぱり、あの人と同じなんだね」


ぽつりと呟かれた言葉に、眉を潜めた。


「……ごめん、おにーさんを試すようなことをして。ライツェが盗んだ【影写しの大鏡】の場所は分かってる」


アインは、目の前に手を掲げた。

すると、その前に半透明な壁が現れる。

その壁に何かが映っているのが確認できるが、不可解な言語が並んでおり、俺では理解することができない。


「おにーさんに腕を斬られたライツェは、遠くへ逃亡することはできてない。いるんだよ、この都市、クロスリードにね」


「!!!」


ライツェが……この都市にいるだと……!

脳裏に、不敵な笑みを浮かべて俺を嘲笑する男の姿が浮かび上がり、怒りで片腕が震えそうになった。

俺の様子に、アインは心配そうにしていたが、目の前に浮かぶ半透明の壁に手を這わせて、何かをしているようだった。


「ただ、ボクの《魔剣》感知能力はミリアさんと同じで完璧じゃない。クロスリード内に【影写しの大鏡】がある、ということが分かる程度なんだ」


「十分だ。片っ端から調べてやる。それに……」


あの男……このクロスリードでまた何かをするつもりではないだろうか。

俺の心の中を読んだのか、アインがコクリ、と頷いた。


「可能性はある。ライツェはね、どうやっても魔女と会うつもりだから」


「魔女への羨望、嫉妬か。ライツェはあの領域に入ることはできないのか」


「魔女がライツェの入室権限を拒否してるからね。どうやってもあの領域に入ることはできないよ。だけど……」


アインは、そこで言葉を切って、俺をじっと見つめてくる。


「いいかい、おにーさん。ライツェが【砂上の傷跡】を欲していたのは、それが原因なんだよ」


「……どういうことだ?」


「【砂上の傷跡】の力、『空間の超越』は、魔女の空間さえも侵してる。その力を使えば、魔女の空間に一方的に侵入することだって可能なんだ」


「!!」


そういうことか、と俺は理解した。

ライツェは俺の【砂上の傷跡】の力を行使することで、魔女の領域に侵入しようと企んでいた。

だから、俺という存在を確保することで、その願いを叶えようとしていたのか。


「でも、【砂上の傷跡】をライツェが理解することは難しかった。だから、ライツェは今、逆の方法で魔女と会おうとしている」


「逆の方法……?」


半透明の壁に書かれた言葉に手を這わせながら、アインはただ静かに言い放った。


「魔女をあの領域から炙り出そうとしてるんだよ。『矛盾汚染』を発生させたのもそのため。魔女は、『世界』の観測者と同時に、『世界』の調律者なんだ。『世界』が歪めば、魔女自らがその歪みを正すしかない。そしてその歪みを正すためには、あの領域から出るしか方法がないんだ」


アインの言葉は、平静と焦燥、どちらも含んだものだった。


「……あの魔女は、そんなこと一言も言わなかったぞ」


「言わないに決まってるよ。ライツェに対抗するために、おにーさんを下僕にしたんだから」


俺は、ああ、そういうことかと空虚に理解するしかできなかった。

魔女はあの男の計画に、自ら手を下すことができない。

魔女ができるのは、『世界』の観測という力だけだ。そして、自らがあの領域から出れば、ライツェの思う壺。魔女とライツェ共々、裏で頭脳戦をしているようなものだ。

そこで、ある『可能性』が頭の中に沸き立った。


「おい……まさか、ミリアを吸血鬼にしたのも……」


「……言いたくないけど、おにーさんが考えてる事は正しいね」


つまり、最初から全て計画通りだったということだろう。

【影写しの大鏡】から生じたミリアを吸血鬼にしたのも、俺が、ミリアの下僕になることも……俺が、ミリアを元に戻す方法を乞い、魔女の下僕になることも、すべてだ。

まるで、人心のすべてを見通しているかのような魔女の手腕。


……なるほど。

控えめに言うと。


「……あの魔女、くたばってくれないか」


「うん、本当に。頭強打して死んでくれると助かるって思うよ」


アインと意見が会う。

お前だけは俺の味方だ、と握手したい衝動に駆られた。


「で、おにーさん。今の情報の提供なんだけどさ、ボクも魔女の下僕っていう都合上、キミに対価としての『依頼』を渡さなくちゃいけないんだよね」


「……お前にも同情する」


「……おにーさん、後でゆっくり話しようか」


二人同時にため息。

ライツェに対抗するための駒となった自分と、それに付き従う魔女の知り合いという、このカオスな状況。


「魔女が言っていた通り、おにーさんは『必要悪』でなくちゃいけないんだ。どんなに他人に忌み嫌われてもね」


そこで、アインはパチン、と指を鳴らした。

なんだ、と思った刹那、アインの管理領域に異変が起こる。


光が沸き立つように、空間内に何かが実体化していく。

辺りを見回すと、無数の光が実像を結び、空間内を覆い尽くしていった。


それは、無数の剣。あるいは鎧。あるいは装飾品。

空中に浮遊する無数の武具と、骨董品が、俺が見下ろすように漂っている。


「おにーさんはこれから、『絶対的な必要悪』になってもらう」


アインから言われた言葉に潜む意味を、俺は理解した。


「かつて、キミのお父さんが成していた仕事をやってもらおうと思ってるんだ」


記憶の底から回帰する、親父の背中。

それは、傭兵として活動していた親父の背中ではない。

もう一つの、使命。

ミリアに隠していた、一つの真実。


「おにーさん、キミはこれから、『魔剣商人』としてクロスリードで活動してもらうよ」


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