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義賊のマテリア  作者: 夕日
継ぐ者の名
74/102

2-009

少し早いですが更新致します。

次回、土曜日の15時頃に更新予定となります。


夕暮れに染まるクロスリードの大通り。

連なる家屋が夕暮れの陰に黒く染まり、茜色の大空がやがて夕闇に溶けて消える。

未だに町の中を行き交う者は多かったが、なぜか物寂しい雰囲気を持った大通りだ。

家々の隙間から見える石畳の道がひどくくすんで見えるのも原因だが、一番の原因は、茜色の斜光が放射状に、至る所から射し込んでいるからだと気付く。


「……妙な雰囲気だな、この都市は」


「おにーさんも、やっぱり気付いた?魔女と契約しちゃったから、《観測》する力が付いちゃったせいもあるかもだけど」


そう言ったアインは、俺へと歩きながら振り向いた。


「知ってる?クロスリードっていう都市の大元は巨大な城塞だったんだ」


俺の前を歩くアインが、大きな荷物を背に抱えながらそう言った。


「城塞?」


「この場所ってこの王国ヘクトグランと、隣国フィロニアとの戦争の要所だったんだ」


「ヘクトグランとフィロニアの戦争……いつの話なんだ、それ」


「二百年ぐらい前かな。凄かったんだよ。魔法と弩弓の飛び交う激戦地帯でさ。魔法に関してフィロニアが一歩先をいってたから、ヘクトグランは相当な被害を出してしまったんだ。フィロニアは負け戦なしの最強国家なんて、周りの国から言われてたしね」


「まるで見てきたような言い方だな……」


俺の言葉に、アインはこちらに少し振り向いて、頬を緩ませた。


「実際、見たんだよ、ボクは」


「……観測者として、か?」


そうだよ、とアインは頷く。


「《観測者》はすでに因果という呪縛から外れた存在だからね。歳も取らないし、蓄積された情報の忘却もない。人の形をした化け物っていうなら、ミリアさんよりもボクたちの方がそう言われるのがしっくりくるね」


観測者。

それは、魔女とアインの言う、人という存在から逸脱した、世界を識る存在だという。

魔女によって管理された空間にあるもの全てが、『魔女が観測した世界の情報』そのもの。

魔女は過去から未来にわたる全ての情報を『本』として管理し、知識欲を満たしながら怠惰に生きているらしい。


「まあ、おにーさんが感じる物寂しさっていうのはさ、もしかしたらそういうのもあるかもしれないよ、って言いたかったんだ。複雑に入り組むように配置された家屋がたくさんあるから、太陽の光も変な所から射し込んできたりね。他の町や村と比べて、光が差し込む場所が歪すぎるんだよ」


「……ちゃんとした説明は有り難いが、勝手に人の心を読むなよ」


「あはは、ごめんね。おにーさんの魔女との契約はボクにも適用されるからね。今度からは気をつけるよ」


「どうやって気をつけるんだ……勘弁してくれ」


魔女の下僕として生きることになった俺は、いわば常に監視された獄囚だ。

心の声さえも、魔女には筒抜けになり、嘘をつくこともできない。


目の前に、巨大な建造物が近づいてくる。

大通りの先にどっしりとした重い雰囲気を纏いながら鎮座する、遥か上空を貫くような細長い建物だ。


「そういえばさ、おにーさん。ヴェイルのおじさん放っておいて良かったの?」


アインからの懸念事項に、目頭を押さえそうになった。


「……まあ、危害を加えるような様子もないし、俺の名前を知っているような気配もなかったからな。自分の《魔剣》も俺に晒してきたし、特に問題ないんじゃないか」


「ボクもあれだけマイペースな人は初めて見たなぁ……。おにーさんが良いって言うなら別にいいけど、あんまり油断するのも良くないよ」


アインの言うとおりだ。

俺たちに近づく者たちは少なからず疑ってかからないと、妙な事件に巻き込まれるかもしれない。


「忠告は受け取っておく」


そう言って、俺はアインが先程言っていた内容について質問してみる。


「この場所が昔フィロニアとの戦争の激戦区だったってことは……その戦争でヘクトグランが勝ったってことだよな?そうじゃなきゃ、クロスリードはこの王国に属してない」


歴史を学ぶような趣味もなかったが、それでもその話の中に妙な違和感があった。

その違和感に、俺は質問せざるを得ない。

と、アインは首を縦に振る。


「そうだね。魔法によって戦場を蹂躙するフィロニア相手に、ヘクトグランは辛勝ながらも勝利したんだ」


「どうやって勝った?どうやっても勝利するのは、魔法を行使するフィロニアだ。真正面からの戦いに勝つことなんてできない」


「おにーさんの言うとおり、正攻法で戦って、絶対に勝つことは出来ないだろうね」


「なら、ヘクトグラン側は何か奇策でもあったのか」


奇襲攻撃、挟み撃ち、魔法障壁の展開。色々あるだろうが、一番考えられるのは、時間も考えずに相手陣地を奇襲するゲリラ作戦だろうか。


「いいや、ヘクトグランは奇策なんて持ってなかったよ。そもそも、その時の王と将軍たちは無能すぎたんだ。正々堂々と戦って、相手の首を取る。歴史に浸透した、崇高な騎士道精神ってやつかな」


「……汚い手を嫌っていた?それなら、勝つ手段なんて皆無だったはずだ」


騎士道精神など、実際の戦場で掲げれば弓兵の格好の的となる。

どれだけ崇高な目的を持って戦ったとしても、結局は殺し合いだ。その中に、正しさなど存在しない。


「ヘクトグラン側に勝利は訪れないはずだった。でも、一つの奇跡が起きた」


「奇跡……?」


アインはそこで言葉を切って、目の前に見える時計塔を凝視している。

そして。


「竜だよ。まるでヘクトグランを守るかのように、巨大な竜が戦場に降臨したんだ」


竜。

その言葉は、どんな者でも分かる言葉だ。

最強の生物。絶対王者。あらゆる生命の頂点に立つ者。

口から放たれる轟炎は大地と水を灼き、数多の命を灰燼へ帰する、恐怖の象徴。


「お前は……その光景を見たっていうのか?」


アインが優しく微笑んだ。


「地にこびり付く血の匂いと、灼熱の炎が蹂躙する焦土の大地を見た。天空を覆う暗雲を切り裂いて、黒く透き通る鱗をその身に纏った巨竜が、大翼を羽撃かせて降りてきたのをボクは視ていた」


有り得ない、とは切り捨てらない。

観測者を名乗る魔女もアインも、嘘をつく理由がない。


「降臨した黒い竜はね、ヘクトグランに敵対する者に火炎と鋭い爪牙を刻んだんだ。竜には生半可な魔法なんて効かないからね。一方的な蹂躙だったよ」


「ヘクトグランの人間には攻撃しなかった……?そんなことあるはずが……」


「あるはずはない。そう、あるはずないんだ。でも、その黒竜はフィロニア陣営に血の紋を刻み込んだ。あらゆる者を肉塊にし、それに抗う者全てを灰にした」


巨大な時計塔を見上げながら、アインはただ何の感情も含めないままそう言った。


「この時計塔は、二百年前にもあったんだよ。幾度となく補修や修理をされてきたけど、まだこの時計塔は動いてるんだ」


しばしの静寂が、場を支配した。


黒竜の顕現。

それが、大昔にこの都市に起きていた出来事だと。


「……その竜の名前はなんていうんだ?」


興味が沸いた。

ヘクトグランを救った、その竜の名を。


「―――ジルニトラ、当時の人間はそう呼んでいた。救済の竜、聖なる巨竜、ジルニトラってね」


「ジルニトラ、ね……」


どうして、その竜はヘクトグランを救ったのか。なぜ、フィロニアへ敵対したのか。

おとぎ話の深淵を辿るような、底なし沼のように深い過去の残影。


「ヘクトグランを救った後、その竜はどうなったんだ?そこまで崇められちゃ、何かあったんじゃないか?」


俺の言葉に、アインは眉尻を下げる。


「ボクが《観測》していたのはそこまでだった。でもその時にいた人間たちが言うには、ジルニトラは《竜骨断崖》へ戻っていったらしいよ」


「《竜骨断崖》って……この近くにあるのか」


「かなり近いね。馬車で三日ぐらいかな。だから、クロスリードはこの場所に作られたんだけどね」


その言葉に、嫌な意味が紛れ込んでいるのが分かって、思わず舌打ちしそうになった。


「……その竜を監視するために、か?」


「……いつジルニトラが自分たちに牙を剥くか分からない。だから、当時のヘクトグラン王は、この場所に巨大な冒険者ギルドと傭兵ギルドを内包する都市を作ったんだ。でも、結局その記憶は人々の中から消え去って、やがて商人ギルドと魔術師ギルドが参入してくる。この都市は、ジルニトラ対策に置かれた都市じゃなく、あらゆるギルドの中枢として機能することになったんだ」


愚かで滑稽な話だ。

自分たちを守った英雄へ感謝したのにもかかわらず、心の中ではその脅威に怯えていたというのだから。


「ジルニトラって竜も……報われないな」


「だけど、ジルニトラは彼らを助けた。きっと覚悟はしていたと思うよ?おにーさんと同じようにね」


その言葉に、思わずアインを睨みつけそうになる。

俺の様子に、自らが失言したことに気付いたようだ。


「……理解者のいない正義なんて虚しいだけだ」


その言葉に、アインは悲しそうな表情を見せる。


「……うん、そうだね。ごめん」


落ち込んだ様子に、俺は頭を掻いた。


「……いや、悪い、気にするな。こちらこそ大人げなかった」


重苦しくなる空気をなんとかしようと、俺はアインへ確認を行う。


「それよりも、どこまで行くつもりなんだ。この時計塔の前で『本題』の話か?」


「っと、ごめん。こんな広い場所で話をするつもりはないからね」


苦笑したアインの顔が、その刹那、鋭い表情へ変化する。アインもまた、この状況を理解している。

俺は、静かにアインだけに聞こえるように囁く。


「それなら、さっさとここから逃げるぞ。さっきから監視されてる」


「一人だけ、みたいだね。大丈夫、こっちについてきて」


周囲を行き交う者たち。そのどこかから、殺気を内包した視線を感じていた。

しかも、俺を注視するような気味の悪い視線だ。


いつバレた(・・・・・)?」


「もしかしたら、さっきの食堂かな。ヴェイルのおじさんが大声でおにーさんたちと話してたから、おにーさんの名前を聞いちゃった人がいたのかもしれない」


「ミリアは……」


「【瓦解する四辺(クレアボヤンス)】に異常はないし、ミリアさんは尾行されてないみたいだよ」


アインはそう言って、懐から象牙製のアクセサリーを取り出す。

瓦解する四辺(クレアボヤンス)】は、俺がミリアを見つけるときにアインが貸してくれた《魔剣》だった。

その力で、ミリアの状況を監視できているのか。


「おにーさん、はやくこっちに!」


と、アインが大きな荷物を揺らしながら、時計塔の陰にある小道へと入っていく。

人たちが行き交う間を見回したが、どこから監視されているのか分からない。


群衆へと目を向けながら、俺はアインが走っていった薄暗がりの小道へと入る。

先の見えない暗黒を内包していく小道は、アインから聞こえる装飾品の金属音だけが頼りだった。


体が揺らぐような、奇妙な感覚。


だが、いつまでたっても、その先に光は現れない。


「おにーさん、そのまま走って」


前方から聞こえたアインの声を聞いて、俺はその指示に従い、真影の空間を駆け抜ける。

そこで、カツン、と足音が響いた。石畳を歩く音ではない、高い音が足元を刺す。

逃げ切ったことが分かってそのまま後ろを振り向けば、もはやクロスリードの町並みは存在していない。


どこまでも、深い闇の続く空間。


その先、アインの大荷物を確認して、俺はそこへ歩を進めた。


「これで監視者は撒けたかな。大丈夫?おにーさん」


「問題ない。……また妙な空間に来たな」


「まあ、魔女の空間みたいに便利な空間じゃないからね。紅茶とかはムリ」


苦笑の声が聞こえた。目の前にある大荷物の背中が揺れる。


「……ふぅ。おにーさんの監視者がいた以上、休んでる暇はないだろうし……すぐに『本題』に入ろうか」


「ああ。早く終わらせて、ミリアと合流させてくれ」


と、暗黒の空間に一つの光が落ちた。暗黒に光という穴を開けて。

そこから小さな光が円形に差し込んできている。


その光の下に、椅子があった。

決して、優雅とも言えず、ましてや質素でもない。

魔女の空間にあるような真っ白な椅子とは対照的に、闇の中にあってもなぜか視認できる、黒檀でできたような黒い椅子だ。


アインは、足元に背負った荷物を置いた後にその椅子に近づいていく。


「……あんまり、魔女みたいな真似事はしたくないんだけどなぁ……仕方ないか」


はぁ、と息を吐くアインに首をひねった。

一体、なんだというのか。


「じゃあ、『本題』の前に一つ。……改めて自己紹介させてね、おにーさん」


机の縁にアインの右手が触れた。

その瞬間。


ガゴン、と。


キリキリキリキリと何かが釣られるような音と、金属が触れ合う高い音が、空間の中を飛び交う。

無意識に、俺は体をひねりながら周囲を見渡していく。

嫌な感覚が続く。体中が、大音響に震えている。


黒の椅子の上から差していた一筋の光が、徐々に大きくなっていった。

広がり続ける光の波が、やがて空間内を彩り、暗黒に『世界』を与えていく。


ガゴン、ガゴン……と規則正しく響く歯車の音。歯車と歯車をつなぐ金属棒が擦れる音。


上空を仰ぎ見て、俺は『この領域』の有り様を知った。


巨大なからくり時計。


無数の歯車が噛み合いながら、上空に存在している巨大な時計の針を動かしている。

かちり、かちりと鳴り響く時を刻む音が空間に投げ出されたあと、


全てが止まった。


回転する歯車も、進む秒針も、響き渡る機械音も。

全てが、時という事象を停止させ沈黙する。

静寂と鎮静の中、俺は、目の前に立っている者の背中を注視することしかできなかった。

その背中が動き、頭をこちらに向けて、優しく微笑む。


「ようこそ、おにーさん、ボクの管理領域へ。ボクの名前はアイン。アイン・エイネス・マキナ。魔女が『世界』の観測者であるなら、ボクは『矛盾』の観測者。あらゆる《魔剣》を観測する、魔女の下僕にして絶対の矛盾存在」


―――この畏怖に似た感覚。

恐るべき存在感を放つ者が、目の前に立っている。

俺は思わず、口の中に湧いた唾を飲み込んだ。

普段の雰囲気は、幼い子供だったはずだ。

俺に顔だけを向けて話をするアインの瞳は、魔女と同じように煌々と輝いてみえた。


「さあ、『本題』の―――『取引』の開始だね」


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