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義賊のマテリア  作者: 夕日
第二部 翼竜と蒼穹の弓
65/102

プロローグ

第二部開始です。


―――まったくもって、理解できない。


ボリュームのある金髪をツインテールにし、眉を少し下げた少女が、深夜零時を過ぎたクロスリードの大通りを歩いていた。

気落ちしたようにゆっくりとした足取りで帰路に着く彼女は、今日発生した大仕事に疲れ切っていた。


下に向けていた顔を上げ、抑えきれない怒りを愚痴として大声で叫ぶ。


「なんで冒険者ギルド所属の私が、傭兵ギルドと商人ギルドの書類整理をやらされるんですかっ!!!!!」


甚だ不本意だ。


彼女、リーシェラ・エレンティは、クロスリードの冒険者ギルドで働く―――多くの冒険者たちをフォローする受付係だった。

本来の仕事は、各冒険者の力量に合わせた依頼の提供、依頼のランク査定といったところが主であろうか。

もちろん、膨大な依頼を整理するために、山積みにされた資料やら書類やらを整理する立場でもあるが、今回ばかりはその仕事量が多すぎたらしい。


「だいたい、ギルド長も無茶ぶりが過ぎるんですよ!他のギルドの書類整理が追いついてないから協力してくれって、何を言い出しやがりますかあのおっさんは!!取引関係の書類なんて私に分かるはずないじゃないですか!!それなのに商人ギルドの年増も、『あなた、商人の才能ないわねぇ』ってふざけんじゃないですよ!!!私がなりたいのは――――」


そこで、はっと気付く。居住区から離れているにしても、この周辺は冒険者たちの集まる酒場が多い。

何事かと心配そうな顔でこちらをジロジロ見ている人間たちの視線に、リーシェラ、もといシエラは尻すぼみになりながら奥底から発せられる愚痴を収束させていく。


「……そうです、私がなりたかったのは、商人でも冒険者ギルドの受付係でもなくて……」


ここクロスリードから馬で一ヶ月ほど離れた場所にある国、フィロニア。魔術国家と称されるその国が、シエラの故郷だった。

複数のギルドが入り混じって都市を形成しているここ、クロスリードは、上手く行けば大成を成せる希望の都市だ。

王都クライスラを中心とするこの王国、ヘクトグランの、二番目に大きな都市。あらゆる冒険者と傭兵、商人、魔術師たちが集う都市。

シエラは両親たちの反対を押し切り、このクロスリードへとやってきた。


(お前のような無能が、クロスリードに行ってなにができる)


実の父親から言われた言葉に憤慨して、そのまま彼らの言うことも聞かずにクロスリードへとやってきた。

が、その後色々な職を成してきて、今のところ上手くいっているのは冒険者ギルド受付員という職だけだった。


……そうだ、どうせ、私はこんな存在だ。


父親から言われた言葉は間違ってはいない。それは、彼女自身がよく分かっている。

リーシェラ・エレンティという存在は、フィロニアという国家にとって正真正銘の『無能』だったのだから。

攻撃魔法、防御魔法、強化魔法それぞれの才もない。剣術の才能もない。妹たちにも劣り、学園にいた同級生たちにも後ろ指を指されていた。

唯一、彼女が出来たことといえば……。


「……私、なんでこんなことしてるんですかね……」


クロスリードにやってきたのは、冒険者ギルドの受付員になることではなかった。

唯一、自分でできる「力」で、この都市で頑張っていこうとしていたのに。


―――まったくもって、理解できない。


理解できない。どうして自分のような存在が、こんなしぶとく生き続けているのだろう。

実の家族たちから否定されて、学園にいた同級生たちにもいじめられ……。

そんな自分を変えたいと思って、多くを切り捨ててやってきたこのクロスリードという都市の中にいても、この都市に否定される。


―――こんな無能な自分に、生きている価値はあるのだろうか。


ため息を吐こうと口を小さく開けたが、それさえも出てこなかった。

とぼとぼと、やっと見えてきたギルド員たちの宿舎に立って、扉を開けようと手を伸ばした瞬間だった。


「……?」


自分に降り注いでいた金色の月光が、いきなり何かに遮られた気がした。

自分が月光の陰にいることに違和感を覚えたシエラは、後ろを振り向く。


「え……」


そして、口元から零れ出た言葉が、その意味を映しだした。


月光瞬く曇りのない夜空はそこにはなかった。

視界を埋め尽くしていたのは、ギザギザとした鋸のような、視界を埋め尽くす山のような何かだ。


甲高い音が、天と空気を震わせる。


その山が空を飛んでいる。

ゆっくりと視界を動かして、目の前に展開する情報を整理しようと試みる。

鋸のように思えるその一つ一つが、黒に透き通る鱗だと気付いたのは、それを認識してから十数秒後のことだ。


建物の陰が重なり、その大きさは見えないが、自分の視界を―――天を覆い尽くすほどの巨竜が、そこにいる。

頭に位置する竜鱗の塊が、上下に開いた。


唖然としたまま動けないシエラは、後ろの扉に手をついたまま呆然とその竜を見続けることしかできなかった。


ォオォォオオォオオオオオオォオオオォオ………ンンンンンン…………!!!


ガラス片を撒き散らすような甲高い咆哮に、思わずシエラは耳を塞いで目を瞑る。


(……な、なんで……!どうして竜がこんなところに……!!!)


全ての食物連鎖の頂点に立つ最強の存在。それが、人里に降りてくるなど有り得ない。

霊峰と呼ばれる山脈の頂や、竜骨断崖に住むと言われる竜が、なぜ。

今から起こる大量殺戮が瞼の裏に浮かんで、シエラは身を強張らせて訪れる死を待った。

だが、いくら待っても、痛みを感じない。


ゆっくりと目を開けて、巨竜を見ようとしたが、


「え…っ!?」


天空を舞う竜は、忽然と姿を消していた。


「う、嘘……夢……だったの……?」


仕事に疲れて、ここで少し眠ってしまったのか?そんな馬鹿なことあるはずがない。

確かに今、竜は目の前にいた。轟音とも思える咆哮を撒き散らし、自分の体がその音に震えていたのを覚えている。


とんでもない出来事に硬直していた体がやっと動いて、シエラはあまりの恐怖に宿舎へと駆け込んだ。


巨竜は、確かにそこにいた。

だが、幻影のように消えてしまった。


クロスリードにいる者たちもきっと見たに違いない。そうだ、絶対にそうだ。

シエラは鼓動の収まらない心臓の音を聞きながら、自分のベッドに籠もって夜を明かすこととなった。


だが、シエラは知らなかった。


クロスリードに巨竜が現れたことを知っていたのは、たったの二人だけ(・・・・)だったということに。



登場人物紹介について悩んだのですが、やはりネタバレが多すぎるので、見送らせて頂きます。(もしかしたら二部の途中とかで挟むかもしれないです)


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