エピローグ
木々が鬱蒼と生い茂る、エトワール大森林。その茂みの奥。
そこにディモンに頼んでいた品が並んでいた。
二頭の馬とそれに繋がれた荷馬車だ。荷馬車には、ディモンからの選別が置かれている。
荷馬車に置かれていた白い袋の中を覗いてみると、様々な装飾品が並んでいる。その一つ一つが魔力を内包するマジックアイテムだと左目の『呪い』で気づき、おいおい、と口に出しそうになった。
王都に広がった『矛盾汚染』。
それを沈静化させ、ミリアと共にこのエトワール大森林の目的地へと転移する前、俺はリースに話しかけられた。
「どうか、ミリア様のことを宜しくお願い致します」
自分は団長であるヘリクと王都の正常化を目指す、と無表情のままリースは告げた。
どうやら騎士を捨ててミリアのために旅をする覚悟を決めていたようだったが、団長が心配過ぎるので考えを改めたとのことだった。
……一体、俺が汚染の核を壊すまで何を話していたのだろう。
そして、もう一つ。ディモンへと一つ言伝を頼んでおいた。
あの少年、エルクを探し出して、一言、言っておいて欲しいことがある、と。
ディモンに言伝を頼んだのは、あの少年をただ突き放すだけではダメだと気づいたからだった。
―――いつか、金貨を返してくれるのを待っている。
それを聞いたディモンは俺をきょとんと見つめた後、ぐしゃぐしゃと頭を撫でまわした。
……エルナについては、また会うことがあったら殴られるのを覚悟しておかないといけないか。
荷馬車にある無数の品を整理しながら、あの時対峙した男の姿が脳裏をよぎる。
クライスの姿をした、魔女たちと同じ存在だと言ったあの男、ライツェはその後姿を現すことはなかった。
本当に高みの見物をしていたのか。それとも、俺が刻んだ傷に苦しんで早々に立ち去ったのかは定かではない、が。
俺は懐から、銀に輝く指輪を取り出す。
たった今作られたかのように淀みない銀に輝き、汚れの一つもついていない。
【朔夜の影絵】は、俺が『矛盾汚染』の沈静化の後回収した。指輪に秘められた『矛盾』を俺が理解することは不可能であろうが、この《魔剣》をそのままにしておくわけにはいかなかった。
人の渇望を具現化させ、他者の負の感情を探知する《魔剣》。そんなものが他の悪意ある者の手に渡れば、良からぬことに使われる可能性も高いからだ。
一体、あの男の目的はなんなのか。
言動からして、他の仲間がいるのは間違いない。思想を共にする大切な仲間とも言っていた。
そして、魔女とアインに近しい存在、などとも。
俺が遭遇したこの出来事は、ただの人間が介入するには手に余るものなのかもしれない。
一度、魔女かアインに確認をとっておく必要があるのかもしれない。
装飾品と武器、防具の整理を終えて、俺は荷馬車の座席に腰を降ろして一息つく。
ヘリクはあの後、俺に何も言わずに騎士たちの指示に戻っていった。泥人形たちが王都を埋め尽くしていたことを考えると、大怪我をした者もいるかもしれない。
【漆黒の風】である俺に何も言わなかったのは、リースが何かしたのだろうか。
座席の上でじっとしていると、体内魔力の低下によって、今更不調が表に出てきたようだ。
急激に訪れる眠気に、瞼が閉じそうになる。
「アルト……?」
と、呼ばれる声を聞いて、俺の意識が一気に覚醒した。
名前を呼ばれた方へ顔を向けると、銀髪の少女が心配そうな表情でこちらを覗き込んでいる。
心配させまいと、俺は不器用ながらもなんとか微笑む。
「どうした、用事は終わったのか?」
「はい、これを持って行きたくて……」
ミリアが手に持っていたのは、黒い小さな箱だった。それは、かつて『ミリア』から渡されたオルゴールだ。
墓に置かれていたオルゴールをわざわざ持ってきたことに、俺はなるほど、と納得した。
「何もない墓の前で、ひとりぼっちにさせとくわけにはいかないよな」
かつて託された想いの箱。
『ミリア』の想いもまた、そのオルゴールの中で息づいている。
ミリアは、オルゴールに語りかけるように小さく呟いた。
「一緒に行きましょう。この旅は楽なものではないかもしれませんが……歩む道を一緒に見ることができたら嬉しいです」
その言葉に、俺は頬を緩ませる。
小さなオルゴールに秘められた、『ミリア』が託した希望を、紡がなくてはいけない。
「……よし、じゃあそろそろ行くか」
「はいっ。……あ、でも……」
何か躊躇いがちに、もじもじとしているミリアに、俺は首を傾げる。
「あの、もう少し魔力を渡したほうが―――」
「いや、それはいい。問題ない」
毎度毎度あんなことをされる羞恥を味わいたくはない。
先程の俺の状態を見て心配して言ってくれたのだろうが、こんなことをしてあの女騎士に半殺しにされそうになったらどうするんだ。
はぁ、とため息を一つ。
「まずは……ディモンから言われたところから行くとするか」
懐にしまっていた手紙を見る。
二つある便箋の片方に、ディモンからたった一言が記載されている。
―――大規模ギルド都市、クロスリードに行け、と。
俺の隣に座ったミリアは、俺に笑顔を向けてくる。木漏れ日から降り注ぐ陽光が眩しかった。
大規模ギルド都市、クロスリード。
ここから、進むのだ。
全てを元に戻すため、俺たちは旅の一歩を踏み出した。
◆
「全部、キミの思い通りってことか」
虚空に響く声が、巨大な図書の空間に木霊する。
「さあ、どうかしら。私は語り部じゃないわ。ただの傍観者で、観測者。あなたもよく分かっているはずだけど」
「おにーさんを自分の下僕にしておいて、どの口が……」
「選んだのはあの子よ。私は可能性を提示しただけ」
「ライツェが表に出ていることを知っていて、自分の代わりの駒を見つけるためにミリアさんに介入したんでしょ?全ては、この結果に繋げるために」
「何度も言うけど、私は神でもなく語り部でもないの。あなたの空想に付き合うほど暇じゃないわ」
「……っ!」
無為な論争。魔女という手のひらで踊る者たち。
「……おにーさんがキミの下僕になっているなら、ボクもその事象に介入できる。そうだよね?」
「そうね。私と同位体であるあなたなら、あの子に与えた権限を行使することができるわ」
「それなら、おにーさんとの取引はボクがやる。キミはただ傍観者でいればいい」
「……『裏』故の特権、ね。ええ、問題ないわ。でも忘れないで、あの子は『必要悪』でなければいけない。突きつける取引は、いつだって不条理なものよ」
「……構わない。キミは黙っておにーさん達を『観測』していればいい」
そう言うと、闇に紛れて空間から消え去った。
反抗する意思に、魔女はクスッ、と微笑んだ。
「だからあなたを選んだのよ、アイン。私が欲しいのは羨望じゃないの。アナタみたいな―――」
虚空に消える艶のある声。結ばれた言の葉が闇に消える。
―――白と暗黒の続く空間は、それでも機能を続けていく。
この度は、義賊のマテリアを最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
一度休止期間などもありましたが、一部を無事終えられたことに安心しています。
いやもう、本当に。
ブックマーク、感想、評価、全て励みになっています。自分の作品が読まれている!という感動。
とても嬉しく思います。
物語のテーマは、ここまで読んでいただいた方にはすでにおわかりかと思いますが、《矛盾》です。
苦悩する主人公とヒロインを書きたいなーと思っていたら、想像以上に闇を抱えたお二方。
ちょっとやりすぎたかなぁ、とか思いましたが……うん、問題ない。……問題ない。
この作品を書こうとしたきっかけも、昔書いていた小説に暗殺者と王女というストーリーを差し込んだら、異質だけど面白くなりそう?とか思っちゃってこの作品を書いてしまった次第です。
……今更いうのもなんですが、ストーリー上の『矛盾』は、はい、ごめんなさい。そんな箇所を発見したら、「おい、作者が《魔剣》化してんぞおい」と生暖かい目でご報告を……ごめんなさい、上手いこと言ったと思ってドヤ顔してます。ごめんなさい。
二部に関しては、またすぐに書き始める予定なので、どうぞお待ちを。……待ってくれる方、いらっしゃるのかな……。
旅の仲間も、個性的な登場人物も多く現れる予定なので、どうぞ宜しくお願い致します。
……二部の間に、登場人物の説明とか挟んだほうがいいでしょうか。とはいっても、何書いてもネタバレになるのでうぐぐ、って感じなんですが……。
そのせいで、物語のあらすじも満足に書けない状況という悪。非常にまずい。
と、ともかく、二部をよろしくお願いします。
登場人物に関しては、アルトとミリアの紹介を記載しようかなぁと。