それでも彼は - 5 -
……仕方なく、俺は今までの盗みに入った話を一時間ほどするはめになった。俺が話している間、王女は目を輝かせたり、笑ったりと、真剣に話を聞いていた。
一通りの話を終えた俺は、椅子に深く座り込んだ。ただ話すだけなのに、こんなに疲れたことは一度もなかった。というより、人とこんなに長く話したことは久しぶりだったのかもしれない。
「【漆黒の風】様は、様々な修羅場をくぐり抜けてきたんですね。とても緊張感溢れるお話でした」
両手を合わせて、目をキラキラと輝かせる王女に、俺は疲れ果てて何も言えなかった。
たまらなく疲れた俺は、もう一度部屋の中へと目線を動かす。
と。
「ん、あれは…」
ふと、部屋の棚の上に置かれた骨董品の一つに目がいった。花の形を象った、青色の文様。大きく口の空いた陶磁器の壺だ。
王女が俺の目線に気付いたのか、顔をぱぁっと綻ばせる。紅茶を机に置いた後、壺へと歩を進め、こちらへと持ってきた。
「気付いて頂けましたか!これはある商人さんが持ってきてくださった壺で、私、とても気に入ってるんです」
「そ、そうか…」
間違いない。あれは俺が今日の昼、王に献上した壺だ。そういえば、愛娘が気に入っているとかなんとか言っていたような気がする。王城へ盗みに入ることに頭がいっぱいで、ほとんど覚えていなかった。
動揺する俺を見て、ミリアは頭の上にクエスションマークを浮かべていた。が。
こちらに近づいてきて、顔をグイっと寄せてきた。
「ど、どうした」
じとーっとした目で俺を見つめる王女。
「貴方、どこかで見たような…?」
「な、何言ってるんだ、気のせいだろ?」
「そんなはずありません。私は自分でも、記憶力の良い方だと熟知しています。必ずどこかでお会いしたことがあります!」
俺が骨董品を献上する際、この王女がどこかで見ていた可能性がある。ということは、俺の顔も王女は知っていることになる。
自分でも目が泳いでいることが分かっているが、この王女の鋭さである。このままではすぐにバレてしまうだろう。
すると。
ふと、部屋の向こうからカシャリ、という音が聞こえた気がした。瞬間、俺は、王女の腕を掴んで引き寄せた。
王女の手から落ちた壺がガシャン!と盛大な音を立てて地面に打ち付けられ、粉々になってしまった。
「あぁ――――――っ!!」
振り向いたミリアは涙目になりながら俺を見てきたが、知ったことではない。
それと同時だった。勢い良くドアが開けられた。
「ミリア王女殿下!ご無事で………ッ!?」
甲冑に身を包み、帯剣した騎士達が、ミリアの部屋になだれ込んでくる。俺は腰にあったナイフを手にして彼女の首に刃を近づけた。
「【漆黒の風】…!!やはり貴様か!宝物庫を荒らすとは…!」
おや?と首をひねる。王女に無理やりこの部屋に連れ込まれてしまい、宝物庫は未探索だったはずだ。
「【漆黒の風】様は私に会いに来てくださったんですよ!」
いや、それは絶対に違う。
この状況は芳しくない。俺は仕方なく口を開く。
「動くなよ。もし動けば、こいつの首が飛ぶことになるぞ」
剣を構えながら狼狽えている騎士達を見て、俺は近くにある窓へと近づいた。
魔法はこの部屋では使用することはできない。
窓の外をチラリと見る。窓の向こうはバルコニーだ。高さは確認できないが、おそらく三十メートルぐらいだろうか。
「貴様…王女殿下に刃を向けたこと…後悔することになるぞ…!」
動揺を隠し切れない騎士の一人を一瞥し、俺は鼻で笑った。斬り込んでくる度胸などないくせに、口だけは達者なようだ。
王女を盾にしているからといって、ここで王女を殺してしまえば、俺はこの王都での盗賊稼業が難しくなってしまうのだ。正直、こんな脅しだけで騎士たちが刃を止めるとは思っても見なかった。
騎士たちが面倒なことを起こす前に、ここから脱出したほうが懸命だろう。残念ながら宝物庫には入れず、今回の仕事は失敗に終わってしまったが。
俺はナイフを片手に、窓を開いた。バルコニーへとゆっくりと移動し、また後ろへと目を向ける。
高さ的には、肉体強化の魔法でどうにかなるだろう。だが、先程から体の気怠さが続いている。魔法石による魔力干渉が、俺の魔法の効力を著しく低下させるのは明白だ。だが、部屋の中よりも魔法石の影響が少ないのか、徐々に魔力の感覚が戻ってきているのを感じていた。
「【漆黒の風】様?次は、いついらっしゃって下さるのですか?」
「さあな。次は、慎重に準備を整えてから来ることにするかな」
「そうですか?楽しみにしていますね!」
小声で話しかけてくるミリア王女に小さく嘆息して、俺はバルコニーから身を乗り出した。
騎士達はその動作を隙と見たのか、後ろから鎧の金属音が多く聞こえてくる。
そして俺は、空へと身を投げ出した。
重力にしたがって落ちる体に、肉体強化の魔法を施す。体中に纏わり付いた微かな緑光が、体に力をみなぎらせる。
ふと上を見てみると、騎士団長の男が怒声を上げて他の騎士たちに命令を下している。
そして、こちらに笑顔で手を振っているミリア王女も確認できた。
王女に呆れながらも、空中で一回体勢を整えて地面に着地する。
それと同時に、神速の速さで王城の庭を駆け抜けた。王城の入り口を見ると、騎士達が武器を持ってこちらを睨みつけている、が。
俺は腰にあった煙幕弾を一つ手に取り、空中に放り投げる。それは軽い音を立てて爆発し、膨大な煙を周囲に撒き散らせた。
騎士の二人が煙に翻弄されているのを尻目に、俺は軽々と王城から逃げ出した。