深き夜に識る - 5 -
◇
部屋を出て、聖堂の大広間を抜けようとしたところで、俺の足は止まった。
広間に戻ると、一人の少年が長椅子の一つに座っている。少し俯き加減で、悲しそうに何かを考えているようだった。
俺はそれを見て―――聖堂前の出口へ向かおうとした。
隣を歩くリースは、無表情に俺を凝視したまま、ただ共に歩くだけだった。
「―――アルお兄さんッ!」
聖堂に響き渡るエルクの声。
出口に手をかけようとしたが、そのままエルクの言葉の続きを待つ。
「ボク……ボク、頑張ります。お兄さんみたいな人になれるように。お兄さんに顔向けできるような人になれるように、自分なりに頑張ってみます!だから……」
だから、と言いよどむエルクはしばしの逡巡の後、懇願するように、力を込めて言った。
「また戻ってきて下さい!この場所に!絶対に!」
「……」
その声を聞いて、俺は貧民街を後にする。
聖堂の外に出た俺たちは、ただ無言のまま、王都の大通りに出るために狭い路地を抜けていく。
「……残酷なことを」
横を歩くリースが小さく口にした言葉に、俺の視線は下がった。
「一番、苦にならない方法を選んだつもりだ」
「それでも、他にもやり方はあったとは思います。ミリア様のためにどうしてそこまで……」
解せないだろう。当たり前だ。騎士なら主君を守るという意義のために生きられる。全てを犠牲にできる覚悟だって持つことができる。
しかし、盗賊の立場で、俺がミリアを絶対に救い出そうとしている理由は……
「俺が義賊になって初めて見出した希望だからだ」
ただの、我儘だからだ。
「王都で暮らしていた日々全てが、犠牲になりうる可能性もありますよ。これでは―――」
「アンタも覚悟しただろう。身近なものに裏切られたと思われたくないって言ったのは、嘘だったのか?」
「……そんなことはありません」
「だったらこれ以上余計なことを言うな。俺は全てを裏切ってでも、ミリアを助け出す」
独善的な理由。
歪んだ覚悟。
貧民街も、俺に笑顔を向けてきた者たちをも犠牲にしてでも、俺はその『希望』を裏切ることはできないのだ。
王都の中央通りに近づくにつれて、人々の喧騒が耳に響いてくる。
騎士たちの姿は見受けられないが、金属が弾む音は、聞き逃さないようにしなければ。
中央通りに続く路地を隠れるように進みながら、俺はやっと目的地についたことを確認する。
「ここは……」
リースは何かを察したように、ふむと考え事をしているようだ。
俺はその店の扉を開けて、中にいるだろう人物へと声をかけた。
「ディモン、いるか?」
カウンター向かいには、この店の主の姿は見つけられなかった。と、その横にあった階段から、踏み鳴らすような大きな音を立ててこちらへ降りてくる。
「おう、アルト。なんだこんな時間に。金品の鑑定なら―――」
そこでピタリと止まった。俺の後ろに隠れるように立っていた人物を目撃し、一気に青ざめる。
「こ、これは騎士様もいらっしゃるとは思いませんでしたよ!いやぁ、こんな寂れた店にようこそいらっしゃいました」
「ディモン、媚びへつらうのはいい。コイツは協力者だ」
慌てて体裁を整えるディモンは、それを聞いてぽかんと口を開けた。どういう意味か分からない、といった感じだ。
俺の言葉に続いて、リースが前に出て丁寧にお辞儀をする。
「はい、どうも。お久しぶりです。先日は大変ご迷惑をおかけしました」
「どういうことだよ。嬢ちゃんは確か……副団長の―――」
「ええ、リース・フェンデと申します。事の次第については、【漆黒の風】の彼からどうぞ」
「!?お、おいアルト!!お前正体バレてんじゃねえかよ!?」
「……だから落ち着け。ちょっと事情が混み合ってるんだ」
意外な人物の来訪に、ディモンはずっと身構えている。
説明は二回目だが……なんだろうか、この状況の異質さは。
事の次第を説明するのにおよそ十数分。ディモンの顔色が色々変わり続ける。
最後まで聞いたディモンは、頭をガシガシと掻きむしった。
「なんだそりゃあ……お前、苦労人にもほどがあるんじゃねえのか?」
「まったくだ。……だからこそ、お前にも協力してもらいたいんだ」
「ったく……分かった。ちょっと待ってろ」
カウンターの奥へと消えていったディモンは数分後、カウンター内に入るように俺たちに促す。
カウンターの向こうに並んでいた商品を横目で見ながら、裏にあった椅子に腰を下ろした。
「まあなんつーかだ……あのお嬢ちゃんが、正真正銘の姫さんだってことには驚きだな」
それを聞いて、俺は顔をしかめた。
「お前、信じてなかったのか?俺に説教しておいて……」
「いや、王城に住んでることは信じてたさ。だから王族に近しい貴族の娘かと思ってたんだが……」
そう言ったディモンに、仕方ありませんとリースは口を開く。
「庶民の方々を含め、ごく一部しかその存在を知りません。第三王女の存在は、王城に頻繁に出入りする者と、騎士の一部の人間ぐらいしか知り得ませんね」
おや、と俺はその発言に首をひねる。
「第三王女はいないことになってるってことか?」
「ええ……なぜそうなっていたか甚だ疑問でしたが、魔力感知能力と癒しの力ですか。そんな力を持っているならば、私が彼女のたった一人の護衛になっていた理由も想像がつきました」
軟禁状態、第三王女の存在の否定。
ミリアと王都を見て回っていたとき、しきりに「問題ない」と言っていたのはそういう理由があったのか。
護衛の任を受けていたリースも、逆に周囲に疑問を抱かせないために任命されたのかもしれない。
「王城に住んでいるから護衛はつけるが、目立たないように最小限の護衛を、っていう感じか」
「でもよ、その力を見せなければ軟禁する理由なんてなかったんじゃねえか?不思議な力を持ってる奴なんて、旅をしてきた俺も幾人か見たことがあるぞ」
「……確かに、そうだな」
そこが解せない。
そもそもミリアの力は使わなければ誰にも認知されない力だ。わざわざ王城に閉じ込めて監視を行う必要もないように思える。
「王が心配性、という可能性も。王城に忍び込む賊などほとんどいませんが……貴方のような方もいらっしゃいますので」
―――返す言葉もない。
「そんなことはどうでもいい。ミリアが閉じ込められている場所や、救出方法について話し合うんだろ?」
「……話が逸れちまったか。悪いな、色々と驚いてんだよこっちは。あの嬢ちゃんは今どんな状況なんだ?」
ディモンは、脇においてあったバスケットから、麦パンを取り出して三つに取り分ける。
皿に置かれたパンに視線を向けたが、正直こんな話し合いの中、つまむことは出来なさそうだ。
「王城の離れにある塔をご存知ですか」
「ああ、王城よりも高いあの塔か。遠くからでも目立ってるからな」
俺は記憶にあるその塔を思い浮かべる。
王城に侵入しようとしたときに、目の端にチラリと映り込んでいたか。石で出来た無機質な外観だけが記憶の奥底に刻み込まれていた。
「現在、ミリア様はあの塔の最上階に幽閉されています。別名は『大罪の塔』。重大な魔術犯罪を犯した者たちが、あの塔に捕らえられています」
「塔の最上階、ってんなら、アルト、お前が風の魔法を使って飛んでいきゃいいじゃねえか」
「馬鹿言うな。魔力切れを起こしてるのに、そんな大技使えるわけないだろう」
「それ以前に不可能です。人が侵入できる窓は皆無ですし、魔法の影響を緩和する白銀鋼が壁に埋め込まれています。どんな強力な魔法でも、破壊することは至難の業でしょう」
「そんな高価な素材使ってんのかあの塔!?俺が欲しいくらいだぞ畜生……」
ディモンが悔しそうに拳を震わせる。
白銀鋼といえば、竜の死骸が埋もれているという地域―――総じて竜骨断崖と言うが―――の地層から取れる稀少鉱石だ。
その価値は言うまでもない。魔力汚染は必然的に発生しており、強力な魔物が跋扈している危険地帯だ。
人が侵入できる領域ではない。
魔力汚染の中で唯一、魔物に変質しない物質。その意味が、どれほど魔法抵抗力に秀でているかを告げている。
「塔に侵入できるルートはただ一つ、王城地下の牢獄を経由しなければいけません」
「地下から行くのか?やたらと面倒なルートだな……」
「脱獄された場合も考えているのでしょう。まあ、正直そんなこと不可能ではありますが」
「……お前、さり気なく救出は不可能だって言ってるようなものだぞそれ」
不可能過ぎるだろう。
もし塔の最上階まで行き、ミリアを救出できたとして、帰りはまたそのルートで帰らなければいけないのだ。途中でどれほどの妨害に会うか、想像したくない。
「ですから、作戦会議をと。いかにしてミリア様を救出し、大罪の塔と王城から脱出するか、私にはその解決策を見いだせません」
「で、俺らに助けを求めてるってわけだろ?アルト、お前こんな無茶なことでもあの嬢ちゃんを助けたいのか?」
ディモンからの質問に、俺はもちろんだと突き返す。
「どうやってでもアイツを助け出す。邪魔をしてくる騎士たちを殺してでもな」
「……覚悟を決めた目しやがってよ。胃が痛くなるぜ……」
ディモンは長いため息を一度吐く。
「で、お前、一人でも嬢ちゃんを助けるつもりだったんだよな?どんな作戦を立ててたんだ?」
それを聞いたリースは、驚くように微かに目を見開いて俺に顔を向けてくる。
「すでに、救出の方法を考えていたのですか」
「……ああ、まあな。場所については分かった。後は全部賭けだったんだが……」
真剣な表情で俺を見つめるリースに、俺は確認をする。
「副団長様は、騎士たちにどこまで命令できるんだ?人員の采配とかはどうだ?」
「ヘリク団長ほどの権限は持ちあわせてはいませんが……緊急事態ならば話は別です。ヘリク団長の権限を借りて、騎士への命令は可能でしょう」
「そうか。緊急事態ね……」
「おいおい、一体なに考えてんだ?ちゃんと俺らにも教えてくれよ」
まあ、確かに、作戦の内容を教えておかなければいけないが……。正直、上手くいく確証はない。それに、あとひとピース足りないのだ。
王城へ気づかれずに侵入する方法。それが、足りない。
俺の体調が万全で、魔法が十分に使えるなら問題はない。石壁の上まで風の魔法で飛んでいき、そこから侵入すればいい。
だが、今回はそうもいかないだろう。
作戦内容を教えると、ディモンは眉間に皺を寄せた。
「却下だ」
「私も同じく却下です」
飛んでくる否定に、予想通りだなと笑いそうになる。
「お前だけがリスクを負ってんじゃねえか。いい加減に一人で何かしようとするんじゃねえよ。素直に人を頼れって。それに……これじゃあお前は……」
「信用してるから、頼んでるんだ」
「何が信用だ。俺がすることなんて……お前を」
「ディモン、いいんだ。もしミリアを救出したら、もう王都にはいられない。ミリアの下僕になっている以上、このまま血を与えなかったらアイツは死ぬ。ここから逃げるしか道はないんだ」
「……」
そうだ。
もしミリアを救出できたとしても、この王都から脱出するしか道はない。
王族として、ミリアの居場所はもうすでに消失している。
ならば、道は一つ。この王都から離れ、別の場所に身を隠すしか方法がないのだ。
「……貴方は、それで良いのですか」
「愚問だな。だからこそ全てを捨ててきた。貧民街も……ディモン、お前と取引も終わりだな」
「……身勝手なクソガキで頭にくるってんだよ。【漆黒の風】最後の仕事か」
「ああ……」
いや、と俺は区切る。
「【漆黒の風】じゃないな。俺は……『暗殺者』に戻る。……ガキの頃の自分にな」
ディモンは、思い悩むようにしばらく目を閉じていたが、小さく呟いた。
「それが、お前の覚悟なんだな」
分かった、というと、ディモンは勢い良く立ち上がる。
「じゃあ、お前に頼まれたことを俺はしっかりやってやる。大サービスで全部、無料でな。貧民街への支援については気にすんなよ。俺がどうにかしてやる」
「ああ、本当に悪いな、ディモン」
「悪いな、じゃねえだろ、な?」
「……ありがとな」
「おう、それでいいんだよ」
にかっと笑ったディモンに、俺はただ感謝するばかりだった。
横で静かに座っていたリースも、ゆっくりと立ち上がった。
「貴方に全てを任せなければいけないのは、少々癪ではあります」
「でも、助けられる可能性に賭けなきゃ、どうにもならないだろ?」
「ええ、その通りです。……分かりました。私も、自らの役目を全うしましょう」
そう言うと、リースは深くお辞儀をした。
「深く感謝します。……ですが、貴方に全てを背負わせるつもりはありません。出来る限りの支援を約束します」
「ああ、助かるよ」
そう言うと、リースはディモンに近づいて何やら話し込んでいるようだった。
彼らにやってもらうことに説明はした。しかし、やはり、足りない。
あと一つ。
「なあ、リース」
「―――はい、なんですか」
ディモンとの会話を遮って、俺はあることをリースに訪ねようとする―――が。
カランカラン、と店の扉を、誰かが開ける音がした。
もしや、騎士かと思い、俺とリースの体が一瞬強張った。
カウンターからでは、壁を挟んでいるため誰がいるかは分からないだろうが……やはり、騎士だった場合はねじ伏せててでもどこかに身を隠さなければいけない。
「ちょっと待ってろよ」
ディモンは小声でそういうと、カウンターへと消えていった。
「……騎士か?」
「虱潰しに店を回って情報を集めている可能性はありますが……どうやら違うようですよ」
耳を済ましてみると、複数の人物の声が、向こう側から聞こえてくる。
「へぇ、色々なものを売ってるのね」
「そりゃあもう、珍しい骨董品はもちろん、武具や魔法効果の宿るアクセサリーも売ってましてね」
丁寧に接客するディモンの姿に、リースは少し驚いているようだった。
「なんというか、色々と使い分けるのが上手ですね、彼は」
「……処世術に関して弁えてるってことだろ」
ニコニコと笑顔で接する大男に、俺は呆れそうになる。昔から人との対応が上手いディモンは、質の悪い客とそうでない客で接客方法を変えているのだ。
「確かにお前の言った通りだったな。この店の質はとてもいい」
「だろ?王都に来たとき、最初に見つけた店なんだよ。お前らにも早く伝えときゃ良かったな」
向こうから聞こえてくる声を聞くと、どうやら三人組の冒険者だろうか。おそらく別の街から王都に来た、新米なのかもしれない。
「ちょっと見てよこれ!防護魔法を内包したアクセサリーなんて見たことないわ!」
「へぇ、マジックアイテムってやつなのか。これいくらするんだ?」
「いやあ、お目が高い!そのマジックアイテムはですね―――」
ディモンが魔法具について説明しているところで、俺はその冒険者をチラリと伺った。
一人は女性で、残りの二人は男性だ。
質素なレザーアーマーを身に纏っているところを見ると、まだ金銭的に余裕がないのだろうか。
しかし、栗色の髪の女性の装備は、結構しっかりしている。懐に差している剣の鞘はたった今買ったのではないかと思うほどにピカピカだ。
もう一人の金髪の男とくすんだ赤い髪の男の方も、武器だけは新しいものに変えたのか、紺色の鞘とそこに差されている剣の柄も綺麗なものである。
レザーアーマーだけが何か異質で、防具だけお粗末だ。
「やっぱり結構高いのね。どうしよっかなぁ。防具も新調したいけど、防護魔法が宿るマジックアイテムなんてとっても稀少だし……」
「いいさいいさ、買えば。誰かに買われたらそれこそ後悔するぞ?」
「うーん……確かにそうだけど……」
「それなら、このアクセサリーだけキープしてもらえばいいんじゃないか?」
「確かに、それがいいかもな!」
賑やかに値段の交渉などもやっている。ギルドの依頼を受けて、臨時の報酬かなにかを受け取ったのか、お金の使い道に思い悩んでいるようだった。
「仲の良い冒険者ですね」
「……ああ、みたいだな」
俺の小さな呟きに、リースは不思議そうにこちらを覗き込んでいる。
「なんですか、もしかして憧れているのですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
確かに、冒険者になって依頼をこなし、貧民街を支援しようと思っていた時期はあったが、今はもうそんなことどうでも良い、という感じだ。
それに、今俺がぼーっとしていたのは妙な違和感を覚えたからだ。
あの三人組。
頭の中で何かがひっかかっている。
「なにか、忘れている気がな……」
「妙なことを言いますね。彼らとどこかで会ったりしたのでは?」
どこかで会った、か。
もしかしたらあの食堂とかだろうか。もしくは宰相の屋敷に忍び込んだときの、あの野次馬の中か。
ド忘れのような嫌な感覚に思い悩む俺に、リースはやれやれと目を細めている。
「まあ、冒険者や傭兵でもない限り、あのような方々と接することは少ないですからね。貴方は暗殺者向けの活動でしょうし」
「……あからさまな嫌味だなおい。暗殺者だって傭兵たちと紛れて活動したり―――」
……暗殺者?
その瞬間、俺の記憶の底で鎮座していたある出来事が、繋がった。
……そうか。そうだ。そうだった。あれは―――!
「リース」
「言っておきますが、嫌味ではないのです。ただ私は物事を素直に話すことしか―――」
「助かった、お前のおかげだ」
「……はい?」
不思議そうに首をかしげるリースを無視して、俺は覚悟するように、大声をあげる。
「ディモン!ちょうど品物の整理が終わったぞ!」
カウンター前で談笑していたディモンは、肩をビクリと震わせて俺へと振り返った。
カウンターの向こう側から出てきた俺に、ディモンはまん丸に目を見開きながら唖然としていた。
「あんだけの量を一人で整理させるとか、もうちょっと給料上げてくれてもいいだろ」
「お、おう……いや、すまん。お前の給料、考えとくわ」
そこで何かを感づいたのか。ディモンは俺と話を合わせるようにニコニコと微笑んだ。
「ああ、悪い。接客中だったか。皆さん申し訳ない」
できるだけの接客スマイルで。
ニコニコと微笑む俺に、冒険者の二人がクスクスと笑い始める。
「この店、自由でいいわね。まさか、お客さんがいるときにお店の事情が見られるなんて思わなかったわ」
「確かに、こんなに色々なものを売ってる店なんだ。もしかして、二人だけでまわしているんですか?」
「ええ、実はそうなんですよ。猫の手も借りたくてね。よろしかったら、いい人紹介してくれませんか」
ディモンが冗談混じりにそういうと、またもクスクスと笑い出した。
冒険者の二人はそのままディモンとの会話を楽しんでいるが……
「……あれ?」
俺はわざとらしく、くすんだ赤い髪の男に話しかける。
俺が話しかけると、その男はビクリと肩を跳ね上げて、視線を泳がせていた。
「ああ、そうだ!思い出した!あの時の方ですよね!」
「ひ……っ!し、失礼……ど、どこかでお会いしたことが……?」
「やだなぁ、あの時お会いしたじゃないですか」
俺がわざとらしく男の肩を抱いて、知り合いであることを残りの冒険者に知らしめる。
俺の言葉を聞いた二人の冒険者は、なんだというようにポカンと口を開けている。
「何だお前、その人と知り合いなのか?」
「は、はぁ!?いや、知らない!知らないよ俺は!?」
「あら、でもまるで親友みたいに肩を……」
「いや、だから知らないって!こんな奴俺は……」
「―――知り合いだって言わないんなら、お前が裏でやってたことをこいつらに話す」
「知り合いです!もう大親友!この人がいないと命が危なかったってぐらいの命の恩人!」
「へえ、そうなのか」
深く納得する冒険者二人を見て、俺はニヤリと微笑んだ。
俺に現在拘束されている男は、俺がなにをしたいのか分からずに、ガクガクと震えている。
「あ、すみません、ちょっとこの人と話したいことがあるので、時間もらっても?」
「ええ、いいわよ。私たちも急ぎで帰るつもりもないし。もっと色々な商品を見たいしね」
「ひっ……!!い、いやそんなことないだろ?ほら、もっと別の店にさ!」
「何いってんの。そもそもアンタがこの店紹介したんでしょ」
「納得いったよ。この店に知り合いがいたなんてな」
「いや、俺は―――!」
「素直に従わないならこいつらに―――」
「いやあ!この人と色々話したいからちょっと時間もらうわ!楽しみだなぁ!何を話すのかなぁ!」
血涙を流しそうに目を潤ませている男に、少し同情する。
おそらくこの二人の冒険者は、俺との再会にコイツが喜んでいると思ってるのだろう。
俺はその男と肩を組んだまま、カウンターの向かいへと退散する。
そこで待っていたリースは、そのまま首をかしげていた。
男の肩に手を当てて突き飛ばすと、体勢を崩して床に転がった。
「さて……運命の再会だな」
「な、なんで!?なんでお前がここにいんだよ!?」
「さあ、なんでだろうな」
俺の気持ちのない返答に、男は顔を青ざめている。と、そこで傍らに立つ鎧を着用した人物を視認し、顔がさらに青ざめていく。
「な、なんで騎士もこんなところに!?何!?俺に何をする気だよ!?」
「失礼、この方はどなたですか」
現状が全く飲み込めていないリースは説明を、と俺に訊ねてきた。
……そうだ、素直に離せば、リースも……。
「ああ、コイツはミリアを監視してた奴だ」
「ミリア様を監視ですか。なるほど」
沈黙。静穏。静寂。
まあ、そもそも監視の依頼をしたのはディモンなのだが、そこは伏せる。この男もディモンがその依頼主だと分かっていない。
……素直に言えるのは、ほんとごめん、の一言だろうか。
リースは男をじっと凝視すると、俺に顔を向ける。
「それで、なぜこの男をここに連れてきたのですか?」
「ちょっと確認したいことがあるんだ」
「ふむ、確認したいことですか。なるほど。……なるほど」
俺とリースの会話に、男は冷や汗を流しながら、自分がどうなるか恐ろしいようだ。
「では、その確認したいことを確認するとしましょう」
リースはそう言うと、神速の早さで腰に提げたレイピアを抜き、男の首元に突きつける。
「ひっ……!!?」
「申し訳ありませんが、脅迫したいと思います。質問に答えなければ……分かっていますね」
仁王立ちのように佇む俺と、レイピアを突きつけるリース。
……騎士団の人間が、庶民に剣を向ける状況を見て、うわあ、と声を出しそうになるが堪える。
床に手を当てて俺たちを見上げているコイツからすれば、威圧感と殺気を嫌というほど感じているだろう。
男はそのまま硬直、顔を青ざめたまま、俺の質問に答えるだけしかできなかった。
……まあ、運がなかった、ということだろう。




