それでも彼は - 4 -
なぜ、こんなことになっている?俺が思うのはそれだけだ。大きな窓にかけられた白のカーテン。何かの動物の皮で作られた、ふかふかの絨毯。絨毯の上には、丸テーブルとなめらかな曲線を描く椅子が置かれている。部屋の壁には春の日差しを感じるような花畑の絵画などが飾られており、天井にはシャンデリアが備え付けられていた。白い天蓋が付けられた巨大な寝具も鎮座している。
ここは。
ここは、ミリア・K・クライスラの自室なのだ。
そして俺は、その部屋の椅子に腰をおろし、目の前でゆったりと紅茶を飲んでいるミリア王女を怪訝そうに見つめている訳だ。
と、こちらの視線に気づいたのか、ミリアは首をかしげた。
「もしかして、紅茶はお嫌いでした?それなら、南方の商人から頂いた、コーヒーというものがあるんですが、お飲みになります?」
「…いや、いい。というか、なぜ俺をここに連れてきた」
「【漆黒の風】様がせっかく来て下さったんです。だから、一緒にティータイムを――」
「そういう意味じゃない。俺は盗人だぞ?」
それを聞いたミリアは、はて?とでもいうように首をかしげた。
「盗人ではなく、義賊、というものだと、あなたのことを称賛している大臣から聞きましたよ?お金に困っている人達にお金を明け渡すギゼンシャ、というものだと」
その大臣、俺のことひとつも称賛してないじゃないか。
「それに、そろそろその黒い布、取ってもいいじゃないですか?紅茶も飲めませんよ?」
「何言ってんだ。これ取ったら顔がバレるだろ。丸見えだろ」
「あ」
ミリアはしばし硬直した後、くるり、と体を逆方向に回した。
「…何してんだ?」
「顔を見られるのが嫌というなら、私が見なければいいだけのことです。さ、どうぞ。お飲みになってください」
俺はもう唖然とするしかなかった。この王女は、間違いなく天然だ。
このまま王城に滞在していれば、兵士に見つかる可能性も高くなる。宝物庫への進入は失敗してしまったし、早くここから脱出しなければいけない。
「あ」
今度は何かを思い出したように、勢いよくこちらを振り向き、身を乗り出した。そのせいでティーカップがぐらりと揺れる。
「そうです!【漆黒の風】様!今日は宝物庫で何を盗もうとしていたんです?宝石ですか?金貨ですか?それとも骨董品?義賊というものがいまいちよく分からなくて……。盗んだ金品はどうやって他の人に明け渡しているんですか?教えてくださいっ!」
グイグイと顔を近づけるミリア王女に動揺しながらも、俺は仕方なくその答えを口にした。
「ぬ、盗んだ宝石は他の店で換金するんだよ。そうすれば金貨になって貧困層の奴らに渡すことが出来るだろ?」
「な、なるほど!その手がありましたか!」
まぁ、盗品だから裏稼業の奴らに換金を頼まなければいけないが。
うーん、と感心したように頷くミリアを見て、俺はようやく自分の疑問を聞いてみることにした。
「…で、なんで俺をこの部屋に招いたんだ。兵士が来るまでの時間稼ぎか?俺はすぐに魔法を使ってこの部屋から脱出してみせるぞ?」
と、それを聞いたミリアはきょとんとした目でこちらを見た。
「兵士なら、全てお庭とお父様の寝室の警護に当たってますよ?私の部屋の前には、誰もいらっしゃいません」
は?
「それに、魔法は使うことは不可能です。東洋の方から頂いた…えーと…魔法石?がこの部屋には設置されています。魔法の使用を妨害する波動が出ている石らしくて、この部屋では魔法の使用が一切できないんですよ」
なんだと、と慌てて俺は呪文を唱え、魔法の発動を試みる。しかし、体内の魔力が周囲に収束する感覚はなかった。何か嫌な倦怠感が自分を包んでいる。
ミリアがニッコリと微笑んだ。
「ですから、私は【漆黒の風】様のお話しが聞きたいんです。今までどんなことをしたのか。一番大変だったのはどんな時だったのか。とても興味があるんです」
「………」
肝が据わっている王女様だ、と俺はもう呆れることしかできなかった。義賊、という立ち位置は、本当にやりにくい。なぜなら、人を殺すことは絶対に出来ないからだ。俺をここへ招いたのは、殺される心配がないという確信があったからだろう。
俺は盛大にため息をつく。
「…なら、話を聴いたら、俺を無事にここから出してくれるのか?」
「もちろんです!またいらっしゃった時に【漆黒の風】様のお話しを聞きたいですし」
なぜ、もういちど俺が王城に来ること前提で話を進めているのだろうか。