表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
義賊のマテリア  作者: 夕日
渇望の対価
43/102

渇望の対価 - 10 -

「さて、紅茶はなにがいいかしら?ダージリンか……アールグレイか。……あら、アールグレイは準備してなかったわ。ダージリンで決まりね」


「おい……俺は別に、ここに紅茶を飲みに来たわけじゃないぞ」


「私の領域に人が来るのは珍しいのよ。久々の来客者には、きっちりとおもてなしをしないとね?」


深遠の魔女と名乗った女エルフはそういうと、指を鳴らした。途端、真っ白な机の上に虹色の輝きが降り注いだかと思うと、そこからティーカップとポットが現れる。

すでにティーカップには紅茶が注がれており、良い香りが漂ってきた。

それと同時に、机の横に白の椅子が出現した。

次々と起こる魔法に、俺は驚きを通り越してなぜだか呆れてしまった。


「深遠の魔女の力は凄いもんだな」


「あら、こんなの大したことないわよ。物質の隠蔽の応用みたいなものだし」


と、そのままティーカップを持って、安楽椅子に座る。

俺は現れた椅子に座り、魔女の次の言葉を待った。

ゆったりと紅茶を飲む魔女は、俺を細目で見つめてくる。


「何も聞こうとしないのね。ここは何処なのか。私は何者なのか。あの子に何が起こったのか。聞きたいことはたくさんあるんじゃない?」


「もしそれを尋ねたとして、自称魔女のエルフが簡単に喋ってくれるとは思えないんでな」


「皮肉が多いわね、随分と」


「……そういうことを言わないと、こんな妙な状況に頭がついていかないんだよ」


ふふ、と笑い声を漏らす。


「この領域にいることを許可したのは私だし、なんだって答えてあげるわよ。まず一つ。この場所は『世界の情報が行き交う表と裏の中間に在る領域』。私が創りあげた『世界の情報の保管庫』と言ったところよ」


魔女はそう言うと、手をそっと前に伸ばした。そこから出現したのは、一冊の本だ。角の擦り切れた紺色の本。


「だから、私はアナタを『識っている』。それこそ、私が『深遠の魔女』と呼ばれる所以」


勝手に開いた本は、ピタリと一つのページで止まった。


「アルト・ゼノヴェルト。……いえ、アルト・アレイオン?あら、その他にもたくさんの名が並んでる。多くの偽名を使いながら、この十数年を生きてきたのね。子供の頃から、隠密行動を得意としていた、と。……いろいろな人を騙し、殺しながら、『幻狼』と呼ばれた父と共に生きてきた。……へぇ、魔法は六歳頃から使えていたの」


並べられた言葉の羅列に、嫌悪を催すことしかできない。


「……悪趣味だな。その本には、俺の全てが書いてあるっていうのか」


「アナタだけじゃないわよ。世界に存在する人のこと、あらゆる事象は、この領域が、私が『識っている』。識らなくてはいけない(・・・・・・・・・・)というのは、少し疲れるけどね」


にこり、と魔女は微笑んだ。


「これが二つ目。簡単な自己紹介は退屈だったかしら?」


「大した自己紹介だったよ。……嫌になるぐらいにな」


手元にある紅茶に手を伸ばそうとして、やめた。これを飲んだら、更にこの女の空気に飲まれそうな気がした。


「それなら、ミリアのことも詳しく知っているんだろ。アイツに何が起きた?……いや」


言葉を切る。

考えられる可能性。

それは。


「アイツに何をした(・・・・)?」


魔女の手元にあった本が掻き消える。何かの花の匂いが、鼻腔をくすぐった。


「まあ普通ならそう考えるわね。懐に隠し持った短剣で脅迫しないのは、私の返答次第、ってことかしら?」


「答えはYESかNOだ。それではっきりする」


嫌な予感がする。

YESかNOか?

……俺はその答えを知っていて、この魔女に質問している。


「簡潔に言いましょう。三つ目、答えはYES。私は、あの子から乞われた願いを聞き入れた」


懐に持った短剣に手を伸ばす―――。


「どうしたの?私を殺さないの?」


「………」


思いとどまった俺を、魔女は嗤った。


「ふふ、その感情は否定できないわ。それでもその刃を止めたのは、あの子のため?」


「いいから続きを話せ。ミリアはお前に、何を願った?」


「何を願ったと思う?」


目が合う。深遠の魔女と名乗るエルフの碧眼は、恐ろしいほどに煌々と輝いて見えた。


「さっき言ったわよね?あの子は私に縋り付いてきた愚かな生命体の一人だ、って」


「……だから、なんだ」


「私はあの子を人間だとは認めていないということよ」


無気力に、魔女はただそう言った。


「どういう意味だ」


「何の裏もない、そういう意味(・・・・・・)よ。魔法では説明できない治癒能力、素質では説明できない魔力感知能力。あの力はね、絶対に人間では持ち得ない力……いえ、人間のみならず、この世界に存在する生命体が持てる力じゃないの。あんな力を持つ存在を、私は識ることはできない(・・・・・・・・・)。あの子はね、世界に存在し得ない存在なのよ」


世界に存在し得ない、存在?

それが意味するのは……なんだ?


「そしてそれを、あの子も分かっていた。だからこそ、あの子は私に願った。『人間にしてほしい』ってね」


「元々人間じゃない……ってことか?……馬鹿な話はやめてくれ。人の不幸について悩んで、誰かのためにあろうとするアイツが、人間じゃなかったらなんだっていうんだ」


だが。

ミリア本人が、自分が人間ではないことを分かっていた?


「人間でも、エルフでも、獣人でも、魔物でもない。ましてや矛盾を内包する《魔剣(マテリア)》と同等の存在でもない。ただの『何か』という存在よ」


「俺はアイツを人間だと認めてる!そんな元も子もない説明で納得できるわけがない!」


「じゃあこう言いましょう。あの子はこの世界に存在を『否定されるべき存在』のはずなのに、存在を許されている。それなのに、この管理領域に『あの子の本』は存在していなかった」


存在できない。

存在を否定されている。

魔女の言い分に、頭痛が増してきた。

思い浮かんだ反論の言葉が、短絡化してくるのが分かって唇を噛みしめる。


「……ミリアが願った願いをアンタは叶えなかった。ミリアを……人間にはしなかった」


魔女がニヤリと笑う。


「まあそうね。『人間にして欲しい』という願いを私は聞き入れた。だけど、私はその前にあの子に確認をしたのよ。完璧な人間にすることはできない、ってね」


「!!なんだと……ッ!!」


腹の底から熱が這い上がる。


「怒られるのは心外ね。私は前もって確認した。でもあの子は、それでも構わないと言ったの。だから私は施行した。トポロジーの原理を用いて、肉体の組成を変化、再構成をしてね。人間に近づけることはできても、真に歪んでいる部分を切除することはできない。だから、この世界に許容される存在、同時にその歪みを許容できる存在に再構成した」


魔女がまた指を鳴らす。すると、魔女の目の前に真っ白な表紙の本が現れた。

題名も存在しない、無銘の本。


「これが、私が新しく編纂した『ミリア』の本。内容はまだまだ、と言った感じね」


「……ッ!!」


ミリアがこの世界に許容されるために、この魔女は、そのミリアの情報を記載する本を新たに作った、ということか。

人間では足を踏み入れてはいけない、その境界。俺は今、その中で、無力な自分を嘆いている。


「結果、この世界に存在するために、あの子の肉体は一つの稀少生命体へ劣化(・・)した。その存在こそ―――」


「吸血鬼、か……ッ!!」


「ええ。でも、あの子の『有り得ない力』の片鱗は消せないわ。吸血鬼なのに日光を苦手とせず、祈りや清浄の魔法も克服してる。愉快な存在になったものよ」


「アンタは……人をなんだと思ってッ!!!」


くだらない、とでもいうように顎に手を置いている魔女に歯を食いしばる。


「だから、あの子は人じゃないって言ったでしょ?それに、あの子が望んだ結果よ。バカなことをするなと怒られるのは、私ではなくあの子」


「この……ッ!!!」


駄目だ。いくらコイツを非難した所で、現実は変わらない。

それ以前に、俺がミリアのことをもっと分かっていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのだ。


それに……


(……!!)


頭の中に浮かんだ光景に、俺は息を忘れそうになった。


(……アルトも、一緒に来ませんか?)


ミリアは確かに、あの小屋に入る前にそう言った。


止めて……欲しかったのか?


俺がミリアに着いて行くことを許諾していれば、アイツの願いを事前に阻止できていたのか?

ミリアの、少し陰のある笑顔。その光景がどうしても拭えない。

急に黙りこんだ俺に、魔女は怪訝そうな表情を向けていたが、俺の首筋に視線を向けると、クスッ、と笑った。


「そう、血を吸われたのね。いろいろと面白いことになってるじゃない」


俺は魔女が見つめた一点に、手を這わせる。首筋に現れた小さな幾何学模様。それは、ミリアが俺の血を啜ったあとに出来たものだ。


「その印はね、吸血鬼が最も信頼する人間に与える印。血の従者に与える印なの。その印がある人間からしか血を受容できない、運命共同体ってやつね。もし血の供給が絶たれれば、あの子は死ぬわね」


「……!!」


印がある人間からしか、血を吸えない?

もし俺が死んだら、ミリアも一緒に死んでしまうということか。

そんなこと、許容できるはずがない……!


「……ミリアを元に戻せ」


「へえ、アナタが願うの?」


面白そうに、魔女は口の端を釣り上げた。


「何もかもだ。元のミリアに戻せ。人間からまた人間でなくなっても、俺がアイツを認めてやる。もうバカな真似もさせない」


「随分とお熱なのね。そんなにあの子のことが大切なの?」


「ミリアは……貧民街の救世主だ。アイツに恩を返さなきゃ、俺の気が収まらない」


「その恩なら、すでに返しているんじゃないの?ここに連れてくるために護衛したりね」


……全部、識っているのか。


「あれは全部ミリアの我儘だ。俺はただそれを聞いただけだ」


「なるほどねぇ……。まあいいわ、それなら、あの子を戻すためにそれに見合う代価を貰わないとね」


「対価、だと……?」


「タダって訳にはいかないでしょ?あの子は自身を人間にする対価として、自分に備わっている『有り得ない力そのもの』を私にくれるって言ってたけど、アナタはそれと釣り合うものはあるのかしら?」


呆気に取られた。

そんなもの、俺が持っているはずがない。

世界に存在するはずのない力。それと同等の代価など……

何も言うことが出来ない俺に、蔑むようにため息をつく。


「本当に矮小な存在ね。王都の救世主、民を救う義賊。そんな幻想と虚実の中を生きるアナタは、何も持っていないものね」


「ッ…!!お前に……何が分かるッ!否定され続ける人間を黙ってみていることなんて、俺には出来ないッ!!何も出来ずに項垂れる背中も……理不尽を受け入れるしかない人間たちを……!!」


おかしそうに、ころころと魔女は嗤った。


「アナタ、本当に自分が矛盾だらけの存在って分かってないのね。正義の味方と呼ばれることを嫌い、正義はこの世にないと言っておきながら、正義がどうあるべきかを悩んでる」


「!!!」


自分の心の深くにある苦悩。その領域に杭を突き立てられたような、尋常ではない痛みだった。


「言ったでしょ?私は『識っている』って。アナタが義賊になった本当の理由、それは―――」


「―――やめろッッッ!!!」


気づけば、喉が裂けるような大声で叫んでいた。勢い良く立ち上がった拍子に、椅子が大きな音を立てて倒れた。

心臓を鷲掴みにされている感覚と、魔力汚染の中にいるのではないと疑うぐらいの過呼吸が襲う。

蹲りそうになる俺に、魔女は心底楽しそうだった。


「アナタの正義は、小さな子どもの我儘に過ぎないのよ。その我儘を、義賊という大義の理由の裏に隠している」


魔女の口から出る『真実』に、目の前が暗くなっていく。


「……せっかく紅茶を入れたのに、無駄になったわね。大したおもてなしが出来なかったのは残念だわ」


耳鳴りがひどかった。

視界が、別の映像を見ているように二重になる。


「今日はお開き。アナタがあの子を元に戻せる代価を見出したら、その願い、聞いてあげるわ」


「ま……待て……ッ!!」


手を伸ばすが、あれだけ近い距離にいた魔女の存在が、遠く離れていく。


黒が、覆う。


「最後に忠告しておくわ。もう、引き返せない状況よ。あらゆる事象がね。その結末の鍵はアナタが握っている。せめて慎重に行動することね。アナタがどんな行動にでるのか、私は本を読みながら楽しく観察させてもらうわ」


そして、全てが深遠に飲み込まれた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ