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義賊のマテリア  作者: 夕日
渇望の対価
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渇望の対価 - 5 -

一週間、王都中を駆け巡り、実験場として機能していそうな家を確認した。

だが、一人でどうにかなる規模ではない。特に貧民区域寄りの家はそのほとんどが廃墟となっており、一つ一つ調べるだけでも半年はかかってしまうだろう。

廃墟の屋敷に侵入したとしても、無数の部屋が待ち構えているのだ。一つの場所にかける時間も予想以上で、真夜中ずっと探しまわることもあった。

ここまで廃墟が多いのは、貧民街として認知されてしまったが故、である。貧民の近くに居を構えることは、自身の位を貶めることになると判断した者たちがいるからだ。

毎日クタクタになりながら家に帰り、ベッドに横になる。魔法を使って脚力や腕力を強化するにしても、一日の限界は決まっている。

今まで通りなら、貴族の屋敷への侵入時や逃走のときに使っていたが、廃墟巡りのために常にその両方の魔法を発動させた状態で回っているのだ。肉体的、精神的な負担は計り知れない。

ミリアに詠唱短縮による魔法行使は絶対にしないように、と釘を刺されてしまったため、大量の魔力を使う機会は少なかったが……。


結局のところ、《人造魔剣》の実験場を見つけることはできなかった。


駄目だ、これ以上こんなことを続けていればまた倒れる。その度にミリアの治癒魔法に頼れない。


そんな経緯で、俺は息抜きのために、先日ミリアと共に訪れたあの食堂に顔を出していた。

あの時食べた野菜たっぷりのシチューを忘れられなかった。エルナと偶然会ってしまったために、あのシチューを満喫することができなかったし、一度自分の体をリセットする良い気分転換になる。


「今日はお一人ですか?」


席に座った俺に、あの金髪の少女が、こちらに笑顔を向けながら尋ねてきた。

あんな騒ぎを起こしたのだ、この少女が俺を覚えていないはずがない。


「ああ、一人で静かに食事したい気分なんだ」


「皆さんから噂されてましたよ。あの男、なんて贅沢な悩みを見せつけてくれるんだ!って」


「……」


クスクスと笑う少女に、無言を突き通すしかない。俺は銀貨一枚を机に置く。


「シチューですよね。ちょっと待って下さいね」


にこりと微笑んだ少女は、厨房へと消えていく。辺りの机には旅人の集団が、または冒険者ギルドに所属するグループが、筋骨隆々な男たちが、酒を煽りながら話に花を咲かせている。


疲れている体を背もたれに預けて、俺は思案する。


《人造魔剣》。

宰相はあんなものを作って、何をするつもりなのだろうか。

もしその製造が成功すれば巨万の富を得ることができるだろうが、それだけが目的でないことは明らかだ。

俺を懐柔し、仲間にしようとした時点で、違う目的があると推察できる。

それに、『魔力汚染』が発生している場所であんな涼しい顔をしていたのも気になる。

漂う魔力に抵抗を持つ魔法、またはマジックアイテムか何かか?

魔法によって魔力を操作する、なんて高等技術は魔術師でも不可能だろう。そもそも魔力は、魔法を行使するときに使用するエネルギーにすぎない。自分の魔力ならまだしも、外気に漂う魔力を操ることなんて無理だ。

ならば、マジックアイテムか―――


「……《魔剣》の力、か?」


可能性はある。この世では解明できない矛盾の力。それは人知の及ばない力だ。

魔力を操作するような力を持つ《魔剣》が存在していても不思議じゃない。


……が。

いや、待てよ。

操作するのではなく、魔力が体に干渉しなければいいのか。

その瞬間、頭の奥で何かが繋がった気がした。


《魔剣》の力ではない。

あれは、マジックアイテムの力だ。

魔力干渉を阻害するマジックアイテム。それを俺は、知っているじゃないか。


「魔法石か……!!」


ミリアの部屋に存在したマジックアイテム。

魔法の使用を阻害する波動を発している石、というのは、つまり魔力の供給を阻害する力を持つ石という意味だろう。

あの魔法石というマジックアイテムは、空間、及び人間の体内に存在する魔力の流動を邪魔する力を持っているのかもしれない。

ミリアに確認しようにも、警備態勢が厳重になっているこの状況では確認する術がない。

それなら……


「なにが魔法石だって?」


突然後ろから話しかけられて、俺は勢い良く振り向いた。


「なんだよアルト。こんなところにいるなんて珍しいじゃねえか」


ニカッと笑う大男。

……丁度良い。


「っと、ミリアの嬢ちゃんは今日もいないのか。一人で食事なんて寂しいだろ?」


「いいところに来た、ディモン。確認したいことがあるんだ」


「あぁ?」


眉をあげたディモンは、そのまま俺の向かいに座る。丁度シチューを持ってきた少女は、更なる客を確認すると、注文を取ってまた厨房に消えていった。


「アルトもここのシチュー目当てか?なんだ、知ってたから教えてやったのになぁ」


「連日の屋敷巡りで少し休憩がてらな。それより、お前マジックアイテムに詳しかったよな?」


ディモンには、《人造魔剣》の施設探しについてすでに話している。


「おう、なんつー質問すんだよ。王都に来る前には、マジックアイテムを探しまわる冒険者やってたんだぜ?なんでも聞いてくれよ」


ディモンは商人になる前、遺跡などに存在するマジックアイテムを探す冒険者をしていたのだ。

魔法石、というマジックアイテムを聞いたことがあるか、とディモンに確認すると、さも当然ともいうように話し始める。


「ああ、魔法石っつーか、元の名前は『魔錬鉱』ってやつだな。山岳部の昔の地層に埋没してる岩石の塊だ。そのものが魔力を発してるんだが、その石の魔力と同調する魔力以外を寄せ付けない力を持っててな。その『魔錬鉱』を錬金術とかで精錬させると『魔錬晶石』っつー完全なマジックアイテムになる」


「『魔錬晶石』は『魔錬鉱』とどう違うんだ?」


「『魔錬鉱』はいわゆる不完全で脆いボロ炭みたいなもんだ。物質として安定してないからすぐに壊れるんだが、『魔錬晶石』はダイヤモンドよりも硬い物質になる。その効果も折り紙つきだ」


「なら、魔力を阻害するような力を持っているんだな」


「確かに、そういう意味だとそうだな。『魔錬晶石』一つで、二、三メートルの範囲は魔力が空間内に固着して魔法が使えなくなる。本来なら魔法薬とかの研究で、過剰な魔術反応を抑える触媒に使われてるんだが……」


―――それなら、あの宰相が『魔力汚染』の中で平然としていた理由も説明がつく。

険しい表情で考え事をする俺を見かねてか、ディモンがシチューをこちらに突きつけてきた。


「バカ野郎、シチューが冷めちまうだろうが!早く食えよ!」


「あ、ああ……悪い」


そうだ、今日は休憩でこの店に寄ったのだ。シチューの味を楽しまず帰るなんてことはしたくない。

シチューを啜り始めた俺に、ディモンは呆れ顔だ。


「ったく、お前ってやつは自分のことを二の次にしやがるから心配なんだよなあ。あの嬢ちゃんがいてくれたから、ちょっとはマシになったんじゃねーかと思ってたんだが……」


「逆だろ……。アイツがいたせいで胃が痛くなりそうだったんだ」


「そんなこと言いながら、嬢ちゃんとエトワール大森林を観光してるじゃねえか」


「あれはミリアに頼まれたからで―――」


「ほう?その割には結構丸くなったな。お前がガキの頃は、俺の店から凄い形相で食いもん盗んでいったりしてたのになぁ」


「……それは忘れてくれ、頼むから……」


ニヤニヤ笑いながら、ディモンは腕組みをする。

と、その表情が一変した。俺の後ろを見てあからさまに嫌な顔をしている。

なんだ、と思って後ろを振り向いてみると、案の定というか、なんというか……。


「え、なに、アル兄、ミリアさんとエトワール大森林行ってきたの?」


「エルナ……今日もパンの運び入れか?」


「まぁね!おかげで繁盛させてもらってるの」


エルナは余っていた席に座ると、ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべ始めた。

今日は一人でのんびりするはずだったのに、知り合いに会いまくるのはなぜだ。

この疲労感を解消するためにこの店に来たのが間違いだったのか……?

もういい、すべて投げやりだ。


「注文は」


「あ、大丈夫、さっき頼んだから」


「……この席を見つけてからすぐに注文したのかよ」


「アル兄、なんていうか雰囲気で目立つのよ。他の人にない存在感ってやつ?」


「本当のこと言えよ」


「ディモンのおにーさんが店に入っていくのを見て、誰かと会うのかなぁって、ね?ディモン」


それを聞いたディモンは、ヒクッと口元を引きつらせた。


「ちっ、のんびり料理を食おうと思ったら人妻の登場かよ。幸せな生活を送ってるやつはいいよなぁ。なあアルト?独身組は肩身が狭いぜ」


「ちょっと、アル兄はミリアさんっていう素敵な女性がいるんだから、一緒にしないで」


「……なあ、こいつ何勘違いしてんだ」


「弁解しても聞いてくれないからもう諦めてるんだ。リーザ婆さんもだし、もうどうでもいいんじゃないか……」


「……大変だなぁ、お前も」


盗賊稼業以外でも、という意味合いで発せられた言葉に、俺は深く項垂れた。

エルナとディモンは、顔を突き合わせるといつも毒舌を撒き散らしている。

その昔、俺がディモンに殴り倒されて以来、エルナはずっとディモンに敵意剥き出しなのだ。

店の食糧の窃盗を行った俺が悪いのだが、それでもエルナはディモンのことを許していないらしい。


「ね、アル兄。『星の樹』見に行ったんでしょ?私、うちの旦那と一回見に行ったことあるんだけど、すっごい大きな樹でびっくりしちゃった!それにあそこって色々な恩恵があるって聞いたわ。恋愛成就とか、健康祈願とか……」


「なんで魔法的な恩恵じゃなくて運気上昇の話になるんだ」


「冒険者の人たちで言ってたのよ。あそこに行くと運気が良くなるって。それに、二人以上で行くともっと良い恩恵が……」


「……お前が何を思って言ってるか分からないけどな、『星の樹』を見に行ったわけじゃない。森林の奥に用事があっただけだ」


「え?森林の奥?」


と、口を滑らせたことにハッとして、開いていた口をすぐに閉じた。

あそこは王族の領域だった。あんな場所に行く奴はいないとは思うが、それでも口外して良い内容ではない。

と、何かディモンとエルナが浮かない顔をしている。


「え……森林の奥に行ったんですか?」


その話の内容を聞いていたのか、丁度二人分の食事を運んできた金髪の少女が、こちらに驚くように話しかけてきた。

森林の奥、と聞いて、おそらく獣に襲われなかったかを心配しているのだろうか。


「なんだ、あそこは《魔物》も獰猛な獣もいなかったから別に何も問題なかったぞ?」


「お前……ああそうか、お前はエトワール大森林に行ったことないから分からないのか」


おいおい、とでも言いたいのか、ディモンは腕組みをしたまま神妙な顔をしている。


「?なんだ、どういう意味だ?」


「アル兄、うわさ話とかもあんまり好きじゃないからね……仕方ないわ」


何を言いたいのかは分からないが、遠回しにバカにされているような気がするんだが……。

金髪の少女は机の上に料理を置いた後、次の仕事がないのか空いている席に座ってくる。


「魔女ですよ、魔女!魔法で人を呪う邪悪の化身です!」


「……」


うわさ話に敏感なのか、これでもかというほど真剣な表情だ。

おいおい、この真っ昼間に怪談話か?

魔女、と言っても、幽霊の正体見たり枯れ尾花、というやつじゃないのか。


「商人の男性が、エトワール大森林の奥に迷い込んでしまったらしいんですよ。でもそのとき、小さな小屋に住む不思議な女性に会ったらしいんです」


……それはもしかして、ミリアの乳母が住んでいるという小屋だろうか。

あんなところに小屋が立っていれば、誰だっておかしいと思うだろう。不思議な女性という言い回しが怪談に適した言い回しで、失笑するしかない。


「アル兄、くだらないって思ってる?」


「そりゃあな。怪談話はこんな真っ昼間に聞くもんじゃないしな」


「怪談話というわけじゃないんですよ」


苦笑を浮かべる少女は、そのまま話を続ける。


「その女性と数回話したらしいんですけど、その後意識を失って、気づけばエトワール大森林の街道に戻っていたらしいんです」


「酒にでも酔ったって意味か?」


「いえお酒なんて飲んでいなかったらしいですし、その男の人が、何を話したのか覚えてないっていうんです!不思議ですよね?不思議ですよね?」


うわさ話や奇譚に興味津々か。

食堂で働く看板娘、という立ち位置で掴んだ情報を人と共有したいってことなのか。


「……ディモンもエルナも、そんな話を信じてるのか?」


「面白い話は大好物なんでな。魔法かなんかで記憶でも奪われたんじゃねぇか?」


「そういう不思議な話に目がないのよ!そんな不思議な体験、私もしてみたいなって」


うわさ話も大概にしろ、と怒りたい。記憶を操作するような魔法など存在しないし、なぜその男はエトワール大森林の奥に迷い込んだのか。

信憑性のない話だ。

くだらない話が城下町の奴らに伝わって、逆にエトワール大森林が有名になる、なんてことを考えてる奴でもいるんじゃないかと疑う。


「おい、お前!」


突然の怒声に、なんだと思ってそちらへと振り向いた。

すると、背中に大剣を背負った筋骨隆々の男が、俺を睨みながら大股で近づいてくる。

身なりからして、冒険者だろうか。男の後ろには冒険者仲間だろう二人の男が控えている。

片方は帯剣し、もう片方は腰に短剣を二つ差している。

不思議に思っていると、大剣を背負った男は俺ににじり寄ってくる。


「お前……メリル嬢までも……!」


「なんだ突然……メリルって……」


そこまでの話の流れでその名前が誰の事か気づいて、俺は視線をそちらへ向ける。

金髪の少女は、あらら、とでもいった表情で苦笑いしている。

状況を悟って、心の中で悪態をつく。


「この前、店で修羅場になってたことを知ってんだ!なんでお前みたいな奴と、メリル嬢が仲良く話を……!」


熱心なファンの強硬突撃に出くわすとは災難だ。

横にいるエルナは面白い状況に笑いを堪えている。ディモンに限っては今から何が起こるのかわくわくが止まらないといった表情だ。


「勘違いだ。俺にそんな趣味はない」


「嘘をつけ!くそっ……なんで……なんで……っ!」


男の後ろに控えている奴らも、なにやら俺を睨みつけて悔しそうにしている。ぷるぷると震えながら、そして食堂に響き渡る大声で叫んだ。


「俺もそんな状況に置かれてみたいっ!」


………今、なんと?


「複数の女性に慕われて、その中で翻弄されたいっ!憧れだ!憧れなんだ!」


「兄貴っ!俺達も同じ気持ちです!」


「オレもそんな風にモテたいっ!羨ましい!」


見知らぬ男たちの突然のカミングアウトに口をあんぐりと開けたまま唖然とするしかなかった。

横をチラリと見ると、うわー、という表情のまま固まるエルナの姿。


「メリル嬢は俺たちの癒やしだ!仕事に疲れた俺たちの話を聞いてくれる、数少ない女性なんだっ!なのに……なのにお前みたいな奴と……!!」


必死の形相で、今にも目の端から血涙を流しそうな男に、俺はどんな言葉をかけていいか分からなかった。

……っていうかお前、突然なんなんだ。


「ごめんなさい、みなさん」


「メ、メリル嬢……っ!君はこんな奴のことを好いているのか!」


「いいえ、違います」


すぅ、と息を吸う。


「私が愛しているのは、【漆黒の風】ただ一人ですっ!」


食堂の雑多な声が一瞬で沈黙に変わった。

こちらも突然のカミングアウト。そして違う意味でその内容に巻き込まれている俺の状況に、今度はディモンが笑いを堪えて腕組みをしたまま下を向いている。


「【漆黒の風】!あの人を初めて見たとき、心を奪われたの!王都の通りを流し目で見下ろすあの色気と魅力!庶民を救済する正義の味方!ああ……なんて素晴らしいの……」


「メ、メリル嬢……そんな……っ!」


男の表情が絶望の色に染まる。ぷるぷると体が震えだす。

そして。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!こうなったらあの義賊を捕まえてやる!待ってろ【漆黒の風】ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


ドタドタと、全力疾走で食堂を飛び出していった。

それに付き添って、子分の奴らが逃げるように散っていく。

食堂の中にいる人々の沈黙が痛かったが、すぐに活気を取り戻していった。


「【漆黒の風】……次はどこに現れるの……?できれば、今度は私を奪いに……なんて……」


甲高い声を上げながら妄想の中を泳いでいる金髪の少女に、俺はただただ無言だった。


「………」


「人気者はえらく大変だなぁ、アルト」


「なあ……俺に疲労回復の場は与えられないのか」


「それなら、また嬢ちゃんとエトワール大森林に行ってきたらどうだ?森林浴も良いもんだろ?」


「森林浴でこの疲れが取れるかも微妙なもんだな……」


「それなら、王都から歩いて一週間程離れたところにある温泉郷なんてどうだ?あそこの温泉は体に効くぜ?冒険者だったときに世話になったんだ」


「そして一週間して戻ってきたら旅の疲労で寝込むっていう未来が見えるな」


もう、家の中で引き篭もっていた方がずっと楽なんじゃないかと思う。

……というか、何の話だったっけ?エトワール大森林に魔女が出た、って話だったか?

もうさっきのインパクトが強すぎて、怪談話に興味を持つ気力もなくなっている。

俺の疲れた表情を見たのか、エルナも妄想に浸る少女を無視して、ニコニコと話題を振ってくる。


「アル兄、そういえば、ミリアさんってどうしてるの?今日はいないのね」


……それ、ディモンにも言われたぞ。


「事情があって家から出られないらしくてな、今日は一人で昼食をと思ったら、お前たちのせいで最悪の一日になりそうだ」


精一杯の皮肉をぶつけてやる。

もう嫌だ。このシチューを食べたら家に帰ってのんびりしよう。


「こっちは面白いものが見れて最高の一日になりそうよ。ミリアさんによろしく言っておいてね。パンのおすそ分けでもできたら良かったんだけど……」


「それなら後でアイツに言っておく、それでいいだろ?」


王族御用達のパン屋なんて、面白そうじゃないか。突然王に仕える近衛兵がパン屋に来て、エルナが驚きで卒倒するところを見てみたいものだ。

結局その後、正気に戻った金髪の少女、メリルはすぐに厨房の仕事に戻っていった。


「でも、アル兄、運が良かったね」


「何の話だよ?」


「何の話って……エトワール大森林に魔物が出たって聞いたの。大きな猿みたいな魔物だったらしいんだけど、騎士団が駆けつける前に誰かが倒したみたいよ?」


「猿の魔物ってぇと……ツインエッジ・エイプってやつか。やたら手が長い記憶しかねぇぞ」


「ディモン先生は魔物の知識が豊富ね。冒険者って危険な動物とかから逃げまわってるところしか想像できないんだけど」


「おうおう、ひどいこと言うじゃねえか?そりゃあこんな平和な王国に住んでりゃ誰だって平和ボケするわな?ちょっとは外の世界を知ったほうがいいぜ」


「……」


「……」


互いを牽制しあう台詞に、俺は机に肘を置いて脱力する。

その魔物を倒したのは俺なんだが……俺の戦闘技術についてはエルナや貧民街の連中には秘密にしている。親父と一緒に傭兵の仕事をしていたこともだ。

貧民街には特別な事情を持った人が流れてくる。それは貧民街を仕切るリーザ婆さんも例外じゃない。

信頼しあうために、自分のことを話さない。

それもまた、貧民街で生きていくために必要なことだった。


「外の世界って言ってるけど、王国内でも立て続けに事件が起こってるじゃない。内も外も大して変わらないわよ」


ムスッとした表情のまま、エルナはシチューのスプーンを突きつける。

……行儀がよくないし、淑女としてやっちゃいけないやつだろ。

ディモンも飄々とした態度を改めないで、そっぽを向いている。

やれやれと肩をすくめ、食事を再開しようとしたところで、珍しい客が席についていることに気づいた。

軽量の鎧に、机に立て掛けられた剣。四人組の男達は、疲労を滲ませた表情でパンをちぎって食べている。

そちらへ視線を向ける俺に気づき、ディモンもまた騎士の男たちへと顔を向ける。


「お、ありゃあ騎士団の連中だな。この食堂であいつらを見るなんて珍しいこともあったもんだ」


「なんだ、いつもならいないのか」


「通常は騎士団の宿舎とかがあって、そっちで食べてるんじゃねえか?わざわざこんな混雑する場所に来ないだろ」


「もしかしたら、この前の爆発事件のせいかもね。瓦礫の撤去とかで騎士団の人たちが頑張ってるって聞いたし。事件が起こったところは食事する場所も少ないし、わざわざ王城の近くに帰るのもめんどくさいのかもしれないわ」


……あの屋敷は、すでに瓦礫の山か。

あんな大規模な爆発を発生させたのだ。死傷者は出ていないだけマシだったが、その後始末が騎士団とは、少し罪悪感を感じてしまう。


「そういえば、あの爆発が起きたところ、盗まれた骨董品が大量に発見されたらしいじゃない。無事だった骨董品が広場に集められてるらしいんだけど……」


「広場に?なんでわざわざ……」


「大量にありすぎて、置くところがないんだって。管理とかも大変そうだし、冒険者ギルドの方でも協力してるみたいだけど」


……なんというか、本当に申し訳ないと思う。

『魔力汚染』が広がる場所で、大量の魔力を消費させて魔力暴発を起こしたのだ。その威力は並大抵のものじゃない。実際、あの爆発の中心にいたゴーレムは跡形もなく吹き飛んでいる。

こちらにちらりと視線を向けてくるディモンを、俺は睨み返した。

岩石と鉄の塊のゴーレムへの有効な手段なんて、強力な爆破系の魔法を行使するぐらいだ。

俺はそもそも火系統の魔法を使えないし、ゴーレムを破壊できるような武器があるわけでもない。

そんな状況で、手段を選んでいられなかった。


爆発事件は、初めは他国からの攻撃という認識になったらしいが、その後に王都で盗まれた骨董品が見つかったせいで、不可解な事件というランクに下がったようだ。

そしてその犯人のターゲットにされたのは言うまでもなく俺自身、【漆黒の風】だ。

アジトに使っていた場所の証拠隠滅を図ったのだ、とか、あの義賊が何か妙な事件でも次に起こすかもしれない、とか。

……見当違いにも程があるのだが、あの宰相が裏で活動していることは王都内にいる者たちは知らない。


一応、《人造魔剣》の触媒にされていた骨董品を確認する必要があるかもしれない。


目の前に置かれたシチューを口の中にかき込む。その様子にエルナもディモンも目を丸くしている。


「お、おい、アルト、どうしたんだ?」


「そ、そんなに早く食べたら消化に悪いわよ?」


「いや、少し用事を思い出した。先に抜けるぞ。お前たちはゆっくりしていればいい」


「はあ!?お前がいなかったらコイツと二人きりじゃねえか!」


「わ、私だってディモンと二人で食事なんて嫌よ!」


なんで俺がお前たちの会話の仲介役にならないといけないんだ。

すぐに食事を済ませ、席を立つ。ぐぬぬ、と睨み合う二人を無視し、俺は食堂から出て王都の中央広場へと足を進めた。


……頼むからお前ら仲良くしろ。子供の喧嘩の方がよっぽど潔い。



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