矛盾の剣 - 14 -
◇
王都中心区。
そこは商人ギルド本部と様々なギルドが入り交じる、人と物流の中心だ。
商人ギルドでは王国内で活動する商人の情報を扱っており、輸出、輸入物品の裁定、鑑定、相場の操作などを管理している。
この王国で活動する商人は必ず、王都へと足を運ばねばならない。
もし商人ギルドに商人として登録されていないことが知れれば、問答無用で国から追い出されることとなる。
そしてもう一つが、冒険者ギルド本部だ。
冒険者ギルドは言わば、何でも屋、というべきか。
冒険者ギルドに集まった依頼―――庭掃除、人探し、薬草探しや魔物退治などその依頼は様々だが―――をランク付けし、ランクに見合った依頼を、冒険者ギルドに登録している人物と整合させ、その依頼を請け負う。
仲介料や報酬は依頼の大きさで決まり、手練の戦士などは不自由のない生活を送ることが出来る。
が、冒険者ギルドに登録できるのは商人以外、すなわち傭兵や一般人のため、俺は冒険者ギルドで仕事をすることはできないのだが。
俺が貧民街に流れ着いたとき、あまりの困窮で冒険者ギルドを頼ったが、当時の俺は適正年齢を超えておらず、ギルド登録を行うことが出来なかった。
あのとき冒険者ギルドに登録することができれば、もしかしたら商人として―――義賊としては生きていなかっただろう。
王都中心区はあらゆる冒険者が集う場所であり、あらゆる商人が集う場所である。
つまり。
「こんなところで『魔力汚染』なんて起こってるなら、その被害も計り知れないな……」
多くの者が集うこんな場所で『魔力汚染』なぞ起きようものなら、王都の機能は一瞬でマヒしてしまう。
魔力的な変化に敏感な魔術師ならば『魔力汚染』に気付くことも可能かもしれないが、一般人に魔力を感知する力は存在しない。
かくいう俺も、魔力を感知する力は備わっていない。たとえ、体内に存在する魔力が通常の人よりも多くとも、だ。
魔力感知能力は、元来魔力をある程度持ち、なおかつ魔力感応に秀でた者でしか持たないと聞いたことがある。
……となるとミリアは、その力を持っていることになるのか。
確かに、原因不明だった少女の病を一瞬で見抜き、更にそれを治療してしまった。それに、『魔力汚染』が引き起こされるかもしれない場所を探しだしているのだ。疑う術がない。
あの王が、ミリアの部屋に魔法行使を阻害する石を配置したのも頷ける。
そこまで考えて、黒装束に身を包んでいる俺は、商業組合本部の建物の上で、ただ嘆息する。
王都中心区は役所の集合区域のため、夜になれば人通りは激減する。商業組合と冒険者ギルドの一般受付は夕刻までだ。
ランタンの灯る通りを見てみると、今から帰宅しようとしている者が二、三人ほど確認できた。
まだ建物内で物品書類と格闘している者もいるのだろうか。
辺りを見渡し、俺はその場から動けずにいた。
それは、まだ人の気配がして何も出来ない、というわけではなく、あのときミリアをすぐに逃がしてしまい、肝心のその屋敷の場所を聞いていなかったのだ。
全く、とんだ失態だ。
ミリアは王城へと帰ってしまったし、俺に膨大な魔力が漂っている場所の特定をする力はない。
……仕方ない。ミリアと歩いた道でめぼしい場所を見つけるか。
ミリアも、あんなもったいぶらずに屋敷の場所を俺に教えていればこんなことにはならなかったのではないか?と、少々愚痴を零しそうになる。
昼にミリアと歩いた道を確かめながら、俺は建物の上を伝っていく。
「……ん?」
そして気付く。
王都中心区に存在する屋敷では、未だに何かしらの活動をしているため、窓から微かな明かりが漏れているが、その中で、真っ暗闇のまま鎮座する屋敷が存在しているのだ。
この場所で、夜遅くまで活動している者は多い。その中で、全く明かりが灯っていない建物が存在するのは明らかに妙だ。
「……あそこか?」
その屋敷の近くに近寄ってみると、ボロボロに荒廃している屋敷だった。
人の気配はせず、屋敷の入り口にある門は蝶番が外れ、今にも壊れそうだった。
屋上から飛び降りて、俺はその屋敷の入り口に着地した。
こんな場所を通る人影もなく、身を隠す必要もないだろう。
しかし、こんな場所で『魔力汚染』が進んでいるのだろうか。もしかしたら、目測を誤ったか?
……内部の確認をして、何も存在しなかったら別の場所を探せばいいか。
ツタの這った扉に手をかけ、ゆっくりと開く。軋んだ音を立てながらも、なんとかその扉は正常な機能を果たし、手前に開ききった。
屋敷の中は闇で包まれていた。開けた先には広間が存在し、シンメトリーを描く、曲線を描いた二つの階段と無数の扉が確認できる。
俺はすぐに視覚を鋭敏化させ、屋敷の中に足を踏み入れた。
屋敷の中は、空虚な静寂に包まれている。何の変化も見られず、変わった様子もなかった。
この屋敷内を一通り調べるというのは、中々骨が折れそうだ。
床に視線を落として、これから始まるだろう大捜索作業にため息をつく。
「……!」
だが、それが功を奏した。
屋敷内にある土で汚れた絨毯の上に、明らかに新しい靴跡が残っていたからだ。
しかもよく見てみると、無数の足跡が二階にある正面の扉に続いていた。
何者かが、この屋敷を何度も訪れている証拠だ。
覚悟を決めて、軋みを上げる床を歩きながら二階の扉の前へと。
扉に耳を当ててみるが何の物音も聞こえない。その人物と遭遇してしまう可能性を考慮に入れ、扉を開け放った。
奥に続いていたのは、一本の通路だ。左右には古ぼけた絵画が飾られており、その絵の具は色褪せている。
通路の奥。俺は、何か妙な不快感に顔をしかめた。
己の内側から、何かが沸き立つような落ち着かない感覚。その瞬間、嫌な汗が頬を伝った。
明らかに、周囲の環境が一瞬にして変化した。ただ、扉を開け放っただけなのに、心臓が圧迫されるような不快感が襲う。
先ほど開けた扉を確認してみると、その裏に無数の魔法的効力を持つ呪符が貼られている。
『魔力汚染』。
この扉の内側から、魔力の汚染がひどくなっている。
俺はすぐに扉を閉め、魔力の漏出を再度封じ込める。貼られている呪符は未だに効力を持っているようで、屋敷から魔力が漏れ出るのを防いでいるようだ。
気持ち悪い。不快だ。動悸と冷や汗が止まらない。
こんな場所に一般人が侵入でもしたら、即座に体調を崩してしまう。
―――すぐに調査を終わらせよう。長居すると体に障る。
俺は通路を駆け抜けて、更に奥にある扉を開け放った。開けた瞬間、青白い光が漏れだし、その途端、呼吸がさらに浅くなったのが自分でも分かった。
巨大な広間。
そこには、自分の身長の三倍以上ある巨大な水晶が、等間隔にずらりと配置されていた。
魔法的効力を持つ道具―――マジックアイテムなのは確かなようで、六角形の台座の上に浮遊しながら仄かな青白い光を放ち続けていた。
―――ふざけるな。
心臓に受ける圧迫感が更に強まった気がする。過呼吸にでもなったかのように息が詰まる。
確実に、極度の『魔力汚染』が発生している。
「くっ……!!……ッ!」
まずいぞこれは。
まるで水中にいるような感覚だ。手足も痺れ、立つのもやっとになってきた。
すぐにこの水晶を破壊し、この屋敷から脱出しなければ。
「ふむ、まさかこの場所を知られることになるとは。【漆黒の風】を甘く見すぎていたようだな」
後ろから聞こえた声に、俺は咄嗟に振り向いて距離を取った。
腰に差していたナイフを取り出して、声の主へと顔を向ける。
そして、俺はただその場に立つことしかできなかった。
馬鹿な。
「お、まえ……ッ!!」
ありえない。
「なぜここにいる!!?クソ宰相!!!!」
ひょろりと背の高い頭身。綺麗に整った髪型に、金の刺繍が施された外套。
俺は、その顔を覚えている。
俺の怒りを内包した叫びを聞いたクライス宰相は、まるで友人に会うように淡く微笑んだ。
悪意を内包した、気味の悪い笑みだった。