矛盾の剣 - 9 -
約一時間、王女から好きなものはなんだ、だの、骨董品はどこから得ているのか、だの、全く意味のないような質問に受け答えすることとなった。
一旦落ち着いたところで、俺たちはエルナに別れの言葉を口にして食堂を後にした。その後、仕立屋やアクセサリー店、普段ほとんど通らないような道を探索してミリアの「お願い」を聞く羽目になった。
ミリアは終始、全く気にならないような些細な出来事に敏感に察知して、あれはなにか、これは一体なんだと俺へ質問を振り撒いた。やはり、王族と庶民とでは生活の質が違うらしく、常識的な道具を知らないということもあるようだ。
そして、時刻が太陽の沈む一歩手前になった頃、俺たちは城下町の中央通りに戻ってきた。
盗賊稼業をしているというのに、この疲労感はなんだと体を脱力させるしかない。
城下町をほぼ歩きまわったのだから当たり前なのだが、俺の後ろを歩くミリアは疲れを感じさせないほどに明るく微笑んでいる。
……一体どこからその元気は湧くのか。
そろそろ切り上げ時だろう。というか、これ以上城下町を回るとコイツが言ったら、無理矢理にでも王城に戻ってもらうしかない。絶対に。
「おい、ミリ―――」
俺は、振り向いてミリアに話しかけようとしたが、すでにそこに人の気配がない。
一瞬血の気が引いたが、近くの店のショーケースを覗きこんでいる彼女を見つけて、ため息をつきながら近寄った。
ミリアは真摯にショーケースの中を見つめており、そちらに目をやってみると、薄汚れた東洋独特の装飾が施された壺がそこに鎮座していた。
「美しいです……」
「……お前、骨董品集めでも趣味にしてるのか?」
「趣味ではありません!人生です!壺を集めて鑑賞することが、私の人生なんです!」
「……」
熱弁だ。
上流階級の趣味というのは、どこか庶民よりも浮世離れしている。どうやら、そういう奴らの間では、骨董品は至高の芸術品らしい。が、そんなものを集めたとしても、生活になんの役にも立たない。
壺なんて、花瓶や水瓶、保存の効く食料を入れる用途にしか使えないというのに。
「アルトだって、骨董品を売ってるじゃないですか!」
「商売道具だ」
「も、もったいないです!こんなに美しいものに囲まれて過ごしているだけでも羨ましいのに!」
「手入れが面倒だ。毎日ホコリを被せずにいるだけでどれだけ大変だと思ってんだ。……どこがそんなにいいんだよ」
「毎日磨くと光り輝いて宝石みたいになるんですっ!紋様と合わさって、不規則な輝きを生むんですよ!とっても綺麗なんです!綺麗なんです!」
「わ、分かったから顔を近づけるのをやめろ!」
コイツはどうも、自分の話すことに熱がこもって来ると、人と距離を詰めてくる。それが不意打ちすぎてつい圧倒されてしまうのだが……。
俺は真摯に見つめてくるミリアの視線から逃れるべく、ショーケースへと顔を逸らした。
と。
(―――!!)
一瞬の硬直。ショーケースにあった壺に驚いたわけではない。
夕明りによって照らされたガラスの、鏡のように映し出された映像の中に、路地から俺たちを見つめる赤い眼光を見たからだった。
俺は咄嗟に、後ろの路地裏の入り口に顔を向けた。が、すぐに気配は消え去り、そこはすでに陰の落ちる通路でしかない。
「アルト?」
俺の異変を察知したミリアが、不安そうに首をかしげた。
「……なんでもない。お前はそろそろ王城に帰れ。もう日が暮れるしな」
暗殺者か?もしくは王女を監視しているのか。少なくとも、友好的な存在でないのは確かだ。もしかしたら、王城の宝物庫に侵入した盗賊かもしれない。
今すぐにでも、コイツを安全な王城に帰らせる必要がある。
俺の提案に、しかしミリアは首を振った。
「いいえ、まだ行っていないところがあります」
「これだけ城下町を回っておいて、まだ満足してないのか?お前、一体何を考えてるんだ。夜になったら衛兵の数も増える。これ以上お前のワガママに付き合うわけには―――」
「問題ありません。絶対に大丈夫です。大丈夫なんです」
「大丈夫って……お前な……」
一体、その自信はどこからくるのか。しかし、今までの行動を考えて、ミリアが考えを変えることなどあり得ないだろう。
「……なら、その行ってないところに行って終了だ。分かったな」
「はい、もちろんです。ではいきましょうか」
ミリアは優しく微笑むと、骨董品店の左側にある路地に歩を進めていく。
そっちは確か―――
待て、と俺は焦りながら彼女の肩に手を置いた。
「私には、知る義務があります。城下町の状況を知る上でも、【漆黒の風】を理解する上でも、『それ』を識らなくちゃいけないんです」
そう呟いたミリアは、路地の奥へと歩を進める。
その背中を見つめながら、俺は改めて、この少女の信念が本物であることを知った。
この先の道は、俺が盗賊である理由。
止めようと再び肩に手を伸ばした腕を、僅かな葛藤の中、すぐに下ろす。
知ることは、自らに傷を刻むことだ。この少女は、その覚悟を示した。
ならば俺は、現実を見たミリアが、どう行動するかを見定める義務がある。
彼女は本当の意味で、俺と共犯関係になろうとしているのだから。