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義賊のマテリア  作者: 夕日
矛盾の剣
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矛盾の剣 - 5 -


喧騒が支配する王都の中央通り。露店商人の品を覗く者、大道芸人の芸を見て歓声をあげる者、酒場の中で、昼間にもかかわらず酒をあおりながら大声で叫ぶ者など、王都の中心は、人の生命力で溢れていた。

いつもなら、エルナの店や精肉店など、見知った店にしか寄らない俺にとって、中央通りを通るルートはあらかじめ決まっているが、今俺の横には、お転婆な王女殿下が周りをキョロキョロしながら歩いている。

王都に初めて入る冒険者も、ミリアと同じような反応をするものだが、ミリアの格好は冒険者とは全くと言っていいほどかけ離れていた。

そんなに田舎者丸出しでは、必然的に視線が集まってしまう。

俺はミリアに近づいて、あまりうろうろするなと釘を刺しておく。が、その言葉にミリアはムッとしながら、俺をじっと見つめてくる。

……知った事か。視察などというが、中央通りを巡回する衛兵も存在する。一つ間違えれば、衛兵に王女の存在がバレるかもしれないのだ。

俺はミリアの目線から目を逸らし、中央通りの奥を見ながら歩き続ける。

が、いろいろな所から聞こえてくる単語に、俺は顔をしかめた。


【漆黒の風】。

昨夜に起きた宰相の屋敷の事件。その事件の詳細はすでにこの大通りを支配する商人や平民によって、大々的に広まっていったようだ。

大声で話す者もあり、その内容が聞きたくなくても自然と耳の中に入ってくる。


曰く、【漆黒の風】は、騎士団を超える正義を掲げた、と。

曰く、【漆黒の風】がいるかぎり、王都に存在する悪は駆逐される、と。

曰く、【漆黒の風】は、貧民街から生まれた真の正義を示す英雄だ、と。


聞こえてくるノイズが、ただ耳を通り抜けていくだけなら良い。しかし、当の本人がその単語を聞いて、動揺しないはずがない。

俺の横を歩く白のワンピースと婦人帽子を被ったミリアは、周りから聞こえる噂に、にこにこ微笑んでいる。


「……大通りは人が多い。どこか別の場所に―――」


「ダメですよ!皆さんが一体どんなことをしているのか、城下町には何があるのか、私とっても興味があるんですから!」


「……」


その割には、【漆黒の風】のネタに妙に反応している。

厄日としか言い様がない。

全てミリアの計画通りな訳だが、俺の立場は、ただの盗賊から正義の盗賊というとんでもない矛盾を孕んだ存在へ成り上がった。

「平民たちの希望」を背負わされた、悪事に手を染める者。

なんとも馬鹿げた存在だ。


「アルト!凄いですよ!口から炎を吹く方がいらっしゃいます!魔法を使っているんでしょうか?」


「……いや、あれは口から酒を吹いて手に持った篝火にかけてるんだ」


大道芸人の一人が片手に持った松明に酒を吹きかけ、ドラゴンの如く火を噴いている。

ミリアはそれを見て、キラキラと目を輝かせていた。

……やはり、首輪でもつけておかないとどこかへフラッと行ってしまいそうだ。

どこかで暇をつぶし、この人の波が少なくなるまで待つか。


「……おい、ミリア。もう昼だ。どこかで飯を食わないか」


酒場や食堂などの飲食店でおとなしくしている方がむしろ安心なのでは。辿り着いた結論に、なんとかミリアを誘い込もうとする。


「はいっ!もうお腹ぺこぺこなんです!朝から何も食べてないんですっ」


「そりゃあ大変だな。それなら……」


成功だ。

朝から何も食べていないということは、俺が意識を失ってる間に、ずっと俺の店にいたということか。

……そう考えると、なぜだか逆に申し訳ない気持ちになる。


―――いや、脅迫されているんだから、罪悪感を持つのも馬鹿な話か。


辺りを見回して、近くにあった食堂の一つに足を踏み入れる。

昼ということもあり、中は多くの人で埋め尽くされていた。

すると、この店の娘なのか、長い金髪を後ろで結んで肩にかけている少女がこちらに近づいてくる。

微笑んだ少女は俺たちの人数を確認すると、大声を上げて俺たちを席へと案内してくれた。

この店の看板娘だったらしく、周りに座っている男たちから色々と声をかけられながらもにこにこと微笑んでいる。

ミリアに何を食べるか確認すると、


「アルトと同じものがいいです!」


どんな料理が出て来るのか楽しみなのか、ミリアはわくわくと体を揺らしながら周りのテーブルの料理を観察し始めた。

やれやれと肩を竦めて、店の定番メニューであるという、野菜のたっぷり入ったシチューとパンを二つずつ注文した。

それを聞いた少女はにっこりと微笑んで、カウンターの方へ歩いて行った。その途中で様々な男に言い寄られていて大変そうだ。

それを見ていたミリアは口元を綻ばせている。


「みんなの有名人なんですね」


「……当の本人は大迷惑だろうな」


「そんな事ないと思いますよ。皆さんと楽しそうに話してますし」


「これも仕事だからな。無理して笑うのも仕方のないことだろ」


「……アルトはやっぱりどこか悲観主義なところがあると思います」


「お前が楽観的すぎるんだよ」


確かに、あの少女がこの食堂で頑張れているのは、純粋に他人と話をするのが楽しいからなのだろう。

しかし、あまり調子に乗っていると、妙な客が手を出してくることもある。

そして、今現在、妙な客の標的になりそうな目の前の人物に釘を刺しておく。


「……あんまりキョロキョロするなよ。お前の顔は宰相の屋敷の周りにいた観客たちにバレてるんだからな」


小声で忠告をしたが、ミリアはそれでも周りが気になるのか、そわそわと体を動かしていた。


「アルトはいつもここに来てるんですか?」


「見知った店ならよく行く。ここに来るのは初めてだ」


なにしろ王都の中央通りには多くの店が連なって存在している。人が最も多く通る中央通には、食堂などいくらでもあるのだ。

それを聞いて、ミリアは満面の笑みを浮かべている。


「……なんだ?」


「アルトが初めて来るお店に、私も一緒に来れたことが嬉しいんです」


……コイツの言葉はいつもド直球すぎる。


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