矛盾の剣 - 4 -
頭の中で思考を張り巡らせた結果、ミリアに対して苦手意識を持っている自分のせいだという結論にしか辿り着かなかった。
―――それはなぜか。
義賊という仕事を続けているせいで、性格に裏表のある人物との関わりが多くなっているのが問題だ。
それはディモンとの関わりも同じで、あいつの根底には金稼ぎという土台があり、その目的に義賊という立場の俺が貢献していることに他ならない。
そして、結局のところディモンに利用されているという意味で、騎士団長と何一つ変わらないことに嫌悪を催す。
自分の立場を分かっていないのは、俺も同じだ。
俺は憎まれるべき存在だ。王都に潜む悪に、悪を持って介入しなければならない自分自身の存在を、他者に否定されるのは当然のことだ。
それなのに。
なぜ、この女はこれほどまでに俺に介入しようとするのか。
王女という最上位に位置する立場で、俺の正体を看破した。
俺がミリアを殺せないことも知っている。
俺を衛兵へ突き出せば、貴族の金品強奪という事件が全てが解決するはずなのだ。
第二の盗賊以上に理解できないのは、コイツだ。
もしかしたら、約束した王都の視察とエトワール大森林への護衛を完了すれば、すぐにでも裏切るかもしれない。
―――だが、不思議に思うのは、俺の店の合鍵をミリアに渡したディモンの行動だった。
ディモンに俺の店の合鍵を渡したのは、盗品鑑定における互いの契約をどちらかが破った場合、すぐにでもその口封じをできるようにするためだった。
俺もまたディモンの店の合鍵を持っており、真夜中にいつでも暗殺できる状況だ。
本来の意味を破綻させ、それをミリアに渡してしまった理由が分からなかった。
もちろん、手練の鍵職人に頼めば俺の店の合鍵を作ることも可能だろうが、それには多くの金が必要だ。
ディモンは商いとしての素質を十二分に持っていて、その金の動きにすら敏感だというのに……アイツは王女を信頼したのだ。
商人として。
ミリアの必死の表情に、俺はため息をついて口を開く。
「……分かったよ。着替えてくるから少し待ってろ」
「はいっ!いくらでも待たせて頂きます!」
にこにこと満面の笑み。頭を掻きながら、俺は二階の階段へ足をかける。
ディモンが俺の合鍵を渡したその意味。
それが至って単純だということを、今理解した。
―――高いリスクにもかかわらず、高い収益が見込めるから、アイツは喜んでミリアに合鍵を渡したのだ。
二階の自室に入り、チェストの中から服を取り出す。
つまり、その状況が発生するのは。
「……買収か。本当に勘弁してくれよ……」
ミリアは王女だ。金目のものなどいくらでも持ち出せる。それをディモンに渡し、代わりに俺の店の鍵を貰ったに違いない。
そんなことをしてまで、俺の合鍵が欲しかったのか。
……呆れてものも言えない。
どんなことをしてでも、俺を逃がす気はないという意味だろうか。
ミリアの嬉しそうな顔を思い出し―――
「それはないか」
あの能天気な頭の中に、謀略を張り巡らせる思考回路はないだろうという確信があった。
……アイツには悪いが。
外出用の服を来て、ブーツを履き替える。ベッドから立ち上がった際に、俺はチラリと窓の方へと振り返った。
―――窓から逃げるか?
ミリアの約束事にこれ以上付き合ったら、俺はディモンの手駒からミリアの手駒に変わってしまう可能性がある。
貧民街の状況はこれから改善していくだろうが、それでもその状況が改善するまで時間がかかる。
まだまだ金が必要だ。
窓に近づき開けようとして―――途中で踏みとどまった。
たとえ誰の手駒だとしても、俺のやることは変わらない。それがディモンでも、ミリアでも。
滑稽だと、自分で自分を嘲笑する。
騎士団長へ忠告した内容は、自分にも言えることだ。
窓の外を遠く見ながら、俺は踵を返して扉から出て行く。
―――泥の道を歩くことを自分で決めたのならば、最後までそれを突き通す。