矛盾の剣 - 3 -
眉間にしわを寄せながら、俺は紅茶をゆっくりと机に置いた。
「どんな《魔剣》だ」
「【影写しの大鏡】と呼ばれる鏡の《魔剣》です。どのような力があるのかは分からないのですが、この王都が造られたときから存在している国宝なんです」
《魔剣》。
それは、恐るべき力を持った異端の品だ。
総称は《魔剣》だが、その全てが剣の形をしているわけではない。初めて発見されたモノが剣の形をしていたために、こう呼ばれるようになったと言われている。
「《魔剣》はその特性を『理解』しないと使えないからな。金にするつもりだろう」
「で、でも、おかしい点があったんですっ!荒らされた宝物庫は、それだけしか盗まれなかったんです!」
「当たり前だろ。たくさんの物を盗もうとすれば、逃げ出すのも大変だ。一番金になるものを盗めば楽に脱出できる」
俺の言葉に、ミリアはふるふると首を振った。
「《魔剣》の名前は、【影写しの大鏡】なんですよ?小さなモノじゃないんです」
「……だとしても、一番金になることに変わりない。それだけ盗めば―――」
いや、待て。
それだけしか盗まれなかった?
「……その賊はどうやって、それが《魔剣》だと気付いた?」
ミリアは真剣な表情で、コクリと頷いた。
「分からないんです……。《魔剣》はどんな人が目利きしたとしても、ただの骨董品にしか見えません。それなのに……」
《魔剣》は、その《魔剣》に潜む真の意味を『理解』しなければ使用できない。
人が見ても、それはただの骨董品だ。
宝物庫に盗みに入ったとき、その《魔剣》を理解してしまったのか?
しかし、盗みに入ったたった一瞬で、【影写しの大鏡】という《魔剣》の特性を瞬時に理解することなどできるのか?
「……もしかしたら、あの《魔剣》を理解してしまったのかもしれません。それに、このことが公になれば……」
王の立場が危うくなる、というわけか。
「《魔剣》を理解するためには、とてつもない歳月が必要だと言われてる。理解したってのはないだろう」
「ですが……」
気落ちしたように落ち込むミリアに、俺は頬を掻くしかない。
俺を捕まえるために、わざと宝物庫を隙だらけにしていたのだ。
王に与えた損害の責任を感じているのだろう。
何を言うべきかしばし悩んだ後、慰めの言葉しか頭に浮かばなかった。
「それなら、その盗賊の情報を集めるしかないな」
しかし発言した内容に、自分に対する地雷を踏み抜いたことに気づいて冷や汗をかく。
「じ、じゃあ、アルトも一緒に探してくれますか!?」
「い、いや……俺は……」
「あ、でも……やっぱり見つけ出すのは難しいですよね。この王都にアルトとは違う目的で物を盗む方がいるなんて驚きです。一体どんな方なんでしょうか……」
「………」
危うくミリアの言葉に乗せられて、取引以外の約束もするところだった。
額に滲んだ汗を軽く拭う。
―――だが、そんなことを安心している余裕などない。
この混沌とした状況。その中で、一番はっきりしているたった一つの情報を、俺はポツリとつぶやいた。
「俺の他に、もう一人の賊がいる、か」
仮定として、本当に《魔剣》を『理解』してしまう思考を持つ人物ならば。
敵との決闘に執念を燃やす者や、困難な状況を楽しむ者にも会ったことはある。頭の痛くなる奴らばかりだった。
もしかしたら、そんな奴らと同じような思考を持っているのか。
……胸糞悪いのは、俺を利用して王城に忍び込んだ可能性が高いという事実だ。
だが、その意味に一瞬の違和感を覚える。
―――誰かを利用する思考を持ち、偏向的な思考も持つ盗賊だと?
得体のしれない悪寒が背筋を撫でる。
まさか、宰相の地下宝物庫に偽造金貨が落ちていたのは、その盗賊が偽造金貨を落としたからか?
……論理的に飛躍しすぎている。偽造金貨を懐にしまいこんで屋敷に忍びこむような盗賊がいるなど、到底思えない。
―――本当に、何がどうなってる?
理解できない事象。もう一人の盗賊の常軌を逸した行動が、奈落に沈むような危機感を俺の心に植え付けてくる。
考えこむ俺に、ミリアがおずおずと話しかけてきた。
「あの……アルト?大丈夫ですか?まだ体調が……」
「……問題ない。こんな訳の分からない状況を考えるだけ無駄か」
結局、あらゆる違和感を全て解決するような結論など見つかるはずもない。
注がれていた紅茶を飲み干して、俺は立ち上がった。
「俺はこれから用事がある。お前は王城に帰れ」
それを聞いたミリアは、絶望を目の当たりにしたかのように驚愕の表情を浮かべた。
「そ、そんなっ!アルトともっとお話したいと思ってたんですよ!?」
「そのお話は暇なディモンとしろよ……」
というより、早くこいつを帰らせないと、無理難題を押し付けてきそうな予感が拭えない。
これ以上、何か口を滑らせて当初の取引よりも多くの「お願い事」をされては泣きっ面に蜂である。
しかし、俺のその考えを読んだのか、ミリアはじとっとした目で俺を見つめてくる。
「……用事があるっていうのは嘘ですね?」
なぜ、コイツはこんなに直感力が強い?
俺は咄嗟に目を逸らす。
「やっぱりそうなんですね!?ひどいです!」
「……違う。用事がある。大切な用事だ。俺の人生が傾く程にな」
弁解の言葉が短絡化していく俺に、ミリアはムスッとしながら、しかしすぐに何か閃いたのか、にっこりと微笑んだ。
「私との約束、覚えてますよね?一緒に城下町を回るって」
「それはまた後だ。魔力の過剰使用で体の節々が痛い」
「さっき、体の方は問題ないって言いましたよね?」
咄嗟の言い訳が思いつかない。
ミリアはにこにこと顔を綻ばせながら俺の逃げ場をなくしていく。
―――俺と話をすると、どうしてこんなに頭がキレるんだよ。
《影写しの大鏡》と書いて「ミラージュ」と読みます。
ルビ振り難しいですね……。
《魔剣》についての詳しい説明は、また後程どこかでいれようと思います。
分かりにくいところもあると思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。