矛盾の剣 - 2 -
◇
店の表の看板がcloseであることを確認し、カーテンを閉める。店内にいるのが普通の客ならまだしも、王女などという大物がいては、もし見つかった場合とんでもないことになる。
後ろで用意が出来たのか、ミリアが机の上にあるティーカップに紅茶を注いでいた。
俺は椅子に座って、淹れたての紅茶を覗き見る。
いつも購入する茶葉と違い、色が綺麗に澄んでいた。
俺は恐る恐る注がれた紅茶を一口飲んで、味の違いに驚愕する。その深みのある味と香りが、高級な茶葉であることを物語っていた。
王城にはどれだけの財が存在しているのだろうか。食事も、想像できないような豪勢なものを食べていたりするのか。
それを知りたい気がしてきたが、その一つである高級な茶葉をピクニック気分で持ってくるミリアに失笑するしかない。
本題に入る前に、俺はミリアに一言言わなければいけないことがあった。
「どうやって俺の家に入ってきた?」
「ディモンさんから合鍵を頂いたんです。アルトに用があるならこの鍵をいつでも使え!って、大笑いされながら渡されちゃいました!」
えへへ、と微笑むミリア。
後でディモンに文句を言いに行く用事が増えた。
頭に手を置いた後、俺は疑問に思っていることを聞き出す。
「それで、あの後どうなったんだ?」
不正をばらまかれた宰相。俺へ正義を問いた騎士団長。彼らが今どのような状況にあるのか。
俺にはそれを知る権利がある。
ミリアはそれを聞いて残念そうに言葉を綴る。
「クライス閣下は王城の牢獄に入っています。それと、関係のありそうな貴族の方々にも、衛兵たちが確認を行っているみたいですね」
「騎士団長はどうしてる?」
「騎士団長様ですか?本日も騎士団の皆様と修練に励んでいましたよ!」
「…そうか」
机に置かれたティーカップをまた手にとって一口飲む。
あの石頭では、結局何も変わってはいないだろう。俺への敵意が増しただけだろうか。
………仕方ないと、割り切るしかない。
「宰相の不正の証拠は全て押収したんだろうな?地下にあんなものまであったんだ。正当な罰を与えなきゃ満足できないぞ」
俺はミリアに絶対条件を突きつける。
あれだけ苦労して探しだした証拠だ。これで罰が軽くなるようなことがあれば、黙っていられない。
「それはもちろんです!地下にあった金貨は全て、貧民街の皆さんを援助できるように努力したいと思います。……ですが、他の貴族の方々がどのようなことを言うか――――」
「……ちょっと待て」
今俺は、聞き捨てならないことを聞いたのではないか?
静止の声を聞いたミリアは目をぱちくりさせている。
「宰相の地下にあった金貨は偽造金貨だろう!?お前、あんなものを流通させるつもりなのか!?城下町に住んでる奴らを騙してまで貧民街を救うとかいう手段じゃないだろうな!?」
「え、えっと……アルトの言っている意味がよく分かりません……」
汗をかきながら首をかしげているミリアを見て、俺は分からなくなった。
「お屋敷の地下にあった金貨は全て本物ですよね?あの……もしかしてクライス閣下のお金を使っているから嫌だ、という意味でしょうか…?」
その言葉を聞いて、俺は凍りついた。
いや、どういうことだ。
おかしいだろう。
「……いや、悪い。そんな意味じゃない。だが……そんなはず……」
「????」
おろおろと目を動かしているミリアは、どういうことなのか全く理解できていないようだ。
「……ミリア。俺があの地下の宝物庫を確認したとき、偽造金貨が地面に落ちていた。だから俺は、あの地下にあった金貨全てが偽造金貨だと思ってたんだ」
「あ、あの金貨は地下にあったんですよね?それなら、偽物の金貨を地下から運び出すときに木箱から零れてしまったものかもしれないですし……」
「いや、それはない」
堂々と言い放った俺に、ミリアは怪訝な表情を見せた。
「いいか、地下はよく音が響く。木箱から金貨が零れて落ちれば、必然的に音が反響するだろ?それに、偽造金貨なんてものを他の所に運び出す際に、絶対に落とさないように最善の注意を払う。あの宰相だって、俺の侵入を見越して金貨の隠し場所をいろいろと考えていた。そんな奴が偽造金貨を落としたことを見過ごすはずがない」
「た、確か言われてみればそうかもしれないですが……でも、それならなぜあの偽物の金貨が地下にあったんでしょう?」
問題はそれだ。
なぜ、偽造金貨が地下宝物庫に残っていた?
他の協力者が間違えて落としたか?
……いや、それもないだろう。ミリアが予告状を出した後、宰相はすぐに地下宝物庫にあった財産を別の場所に移動させたに違いない。しかもそれは一日もない猶予。予告状が行き届いたのは俺が盗みに入るおよそ十時間前。協力関係にある貴族たちに助けを求める時間などなかったはずだ。
と、俺はそこまで考えて、もう一つの事件を思い出し、ミリアへと尋ねる。
「ミリア、王城の宝物庫が荒らされたと騎士団長が言ってたな?」
確か、俺が最初に王城に忍び込んだ日、騎士団長が憎しみのこもった声で俺にそう言っていた。あのときはミリアに見つかってしまい、宝物庫の宝を盗むことが出来なかったのだ。
ミリアは鬼気迫る表情で、俺に顔を近づけてくる。
「そ、そうなんです!まさか二人いるとは思わなくて!協力してくれる人がいたなんて聞いてないですよ!もしかして、ディモンさんもアルトと一緒にお仕事をしてるんですか?」
「……盗賊として盗みに入るときはいつも一人だ。ディモンは俺と金品鑑定の契約を結んでいるだけだし、第一アイツは魔法が使えない。足も遅すぎてアイツと一緒に盗みに入ったら必ず捕まる。間違いなく」
「……ディモンさんがかわいそうだと思うのですが……」
事実である。
アイツと協力して盗みに入ろうものなら、俺の足を引っ張るに引っ張って最後に御用になるに違いない。
「……何が盗まれた?」
「そ、それがその……」
そう聞かれたミリアは、それを言うか言うまいか、目をせわしなく動かしている。
まぁ、当然といえば当然か。王族の所有物を外部に漏らすなど、通常ならばあってはならないことだ。
沈黙が部屋の中を支配し、俺はまた紅茶を手にとって一口啜る。
うーん、と悩みこんでいるミリアだったが、何かを決心したようにこちらの目を覗きこんできた。
その口から出てきた言葉に、俺は凍りつく。
「……《魔剣》が奪われました」