それでも彼は - 13 -
出口へと続く廊下を歩きながら、俺は身に纏っている道具の確認を行う。
ミリアはすでに俺から離れ、宰相の元へと向かっている。
―――盗賊には行き過ぎた行動だ。
俺は心の中で愚痴を吐きながらも悠然とした足取りで、木片が放置された出口をくぐった。
石壁の外から聞こえる、空間を揺るがす歓声。そして波打つ観衆。
その内側で睨み合うのは、【漆黒の風】である俺と、騎士団を束ねる騎士団長だ。
庭に配置された台座の炎の光に照らしだされた奴の顔は、さながら野生の獣のように獰猛な印象を放っていた。くすんだ金髪を短く刈り上げており、体に纏っているのは重厚なヘビーアーマー。年齢は20代後半ぐらいだろうか。
「いずれここに来るだろうとは思っていたぞ、【漆黒の風】」
「………」
夜闇を裂く篝火の焔と月の光によって、黒装束は逆に目立ちすぎる格好だった。明るすぎる夜を恨みたくなる。
「先日の王城侵入、そして宝物庫を荒らした罪、到底牢の中で償えるものではあるまい」
俺は騎士団長の言葉に再び違和感を覚えた。宝物庫は、あのときミリアに止められ確認することができなかったはずなのだが……。
まぁいい。とりあえず、こいつにはいろいろ言っておきたいことがある。
「おい、騎士団長。アンタが掲げる騎士団の覚悟ってのは、一体なんなんだ」
俺の言葉に、騎士団長はピクリと眉を動かした。
「……民を守り、王を守ること。騎士というのはそういうものだ。お前のような賊と違ってな」
真剣な顔で語る騎士団長の言葉に揺らぎはなかった。だが、その姿を見て、俺はただ嫌悪を催す。
「守るってのは、害悪から守るだけか?バカみたいな偽善者だな、お前ら騎士は」
「なんだと!?ふざけるな!私は王に忠誠を誓った身。王を守り、民を守ることこそが、貴族である私の義務だ!」
なるほど。大した弁論だ。
――虫唾が走る。
「貴族の義務を果たして、結果お前が救った人間は何人存在した?王国に近づく小規模な悪を追い払って、称賛を得る相手はきまって王からの言葉だけだろう」
「我が忠義の主の言葉だけでも、恐れ多いほどの賜りものだ。貴様のような卑しい感情など持ってはいない!」
俺は、ただ嘆息した。
「……なぜ俺がこの屋敷に忍び込んだのか、お前に分かるか?」
「金品を奪い、罪人たちに振りまく為だろう?」
騎士団長の顔が瞬時に嫌悪の表情へと変化する。
「………」
「貧民街に暮らす者は、その多くが罪を犯した者達だ。貴様がやっていることこそ、罪人に恩を売る偽善そのものだ!」
―――コイツは、一体何を言っている?
騎士団長から放たれる言葉は、正義感で溢れている。
だが。
「……騎士団長、お前の言いたいことはよく分かった。ここに忍び込んだ理由を言ったところで、俺のような賊が口にする真実を、受け止める気はないんだろ?」
「理由など……盗賊が金品を盗む理由など、あらゆる欲を満足させるだけだと決まっている」
俺はチラリと、遠くでこちらを見つめているミリアと宰相の男に目を向ける。ミリアの顔は不安そうな表情を覗かせていた。宰相に限っては、俺を見ながらニヤニヤ笑っている。
「……そうか。なら、教えてやるよ、騎士団長。お前を地に伏させた後、ゆっくりとな」
「面白い冗談だ。やれるものならやってみるがいい!」
その瞬間だ。
屋敷の庭に流れる水路。そこに流れる数多の水が上空へと立ち上り、巨大な壁を形成する。
離れた場所にいるミリアを含めた民衆達は、何が起こったのか理解できずに硬直したままだ。
豪雨のように降り注ぐ水から守るように、俺は腕で顔を覆った。そして、騎士団長の左右に出現した異形を見て、ボソリと呟く。
「召喚士……水精か」
人の形を成した二対の水の塊が、騎士団長の周りを廻るようにくるくると舞っている。
―――騎士団長様は、召喚士でもあるんです。
地下室でのミリアとの会話を思い出す。
召喚士とは、物質に偏在する魔力を操ることのできる上級魔術師を意味する。
そして召喚士が使役するのは、精霊と呼ばれる存在だ。自立的に活動する人型の存在を物質から作り上げることで、詠唱、魔法の発動のすべてを精霊に委任することができる。
魔術師の欠点は魔力を魔法へと昇華させるための呪文の詠唱だ。
詠唱中は基本的に無防備となるため、通常ならば魔術師を守護しなければならない。だが、精霊を使役することでその全てを補うことが可能なのだ。
この世界に存在する魔法使いは全人口の約三割。その中でも召喚士と呼ばれる者達は、その中でも更に限られた存在―――。