それでも彼は - 12 -
優雅に手を振って見送りをしたミリアは、クルリと体を回転させてこちらに目線を送ってくる。
やれやれと肩をすくめながら、俺は立ち上がった。
「どうして俺がここにいるってわかったんだ」
「もちろん、【漆黒の風】様への愛です!」
「王族が愛を注ぐのは金だけだと思ったんだがな」
「……アルトは皮肉が多いです」
ぷくーっと頬を膨らませるミリアを無視し、俺は先ほど手に入れた金貨を指で弾く。
突然投げられた物体を手に取ったミリアはこちらを睨んだ後、首をかしげた。
「これ、ここの金貨ですか?」
「だろうな。金の横領は証明できそうにないが、それだけでも十分な成果ってことにしてくれ」
地下室の入り口に立てられたランタンに金貨を近づけたミリアは、その異常にすぐさま気が付いたようだ。
「騎士団の連中はいまどんな状況だ?」
目をぱちくりさせながら偽造金貨をじっと見つめていたミリアは俺の言葉に、こほんと咳払いした。
「屋敷の中にいる騎士の方々は全員二階に集めていますよ?騎士団長様は外の正門を守っていて……」
脱出が難しくなった、と。
他の騎士と比べて、あの騎士団長は確かな実力を持っている。呆気にとられることなく騎士たちに正確な指示を出しているところを見ると、建設的な訓練を行っているのは、あの男だけとなってしまうのだが……。
まぁ、そもそもこんな平和な王国だ。いつも衛兵や騎士が対応しているのは王国内の荒くれ者の処分や、王国に近づく小型の魔物や狼だけである。一人の戦闘力などほとんどないに等しい。
「脱出が優先だな」
「で、でも、まだ証拠がありませんっ!」
「偽造金貨を王に突き付けりゃあいい。そうすれば、あいつも宰相の立場失って、貴族っていう地位からも脱却する。それで十分だろ」
望むのは罰だ。本当は殺したくて堪らないが、あいつを殺しても、失った命は帰ってこない。結局、妥協するしかない。
が。
「ダメです」
ただ、静かな否定。
俺は今、口を開いた目の前の少女に、あろうことか、驚愕の表情を浮かべていた。
「諦めるなんて、間違ってます!どんな人でも……たとえそれが貴族でも平等に裁かれるべきなんです」
「………」
美しい顔を悲痛に歪ませながら、ミリアはドレスの裾を固く握った。
なんだ。
なんなんだ。
純粋に思った一言をひねり出した結果、くだらない言葉が俺の心の奥に響く。
「とてもじゃあないが、お前みたいな王族が言う言葉じゃないな」
「………」
皮肉に逃げた俺は、このとき後悔した。
落ち込むように下を向いたミリアを、俺はただ静かに見つめる。
そこに纏った何か得体の知れない寂しさ。
―――俺は、その『何か』を知っている気がした。
記憶の遥か遠く、無力な自分を嘆いた、あの瞬間。
ミリアはそのまま落ち込むように項垂れていたが、今度はぶるぶると震えだした。
怪訝に思った俺は、そっと顔を覗きこむ。
「おい、どうし―――」
「……仕方ありません」
いきなりだった。魔法で強化されているのではないかと思うぐらいの速さで、俺の黒頭巾をひしっと掴んできた。
「お、お前なにするつもりだ!」
「こうなったら、私が【漆黒の風】様になって、絶対に証拠を見つけます……!!」
「なにバカな事言ってるんだ…ッ!離せ!」
「何も問題ありません!捕まっても罰を受けるのは私ですから!」
「問題大ありだろ!」
「あ!そうでした!こういうときに言う言葉があったんです!」
一旦手を離し、コホンと一回咳払い。
「よいではないかー!」
「どこで覚えたそんな言葉」
こいつ、東洋の情報も商人から聞いていたりするのだろうか。そうだとしたら興味を持つ対象がどんな意味や内容なのかを十分に考慮してから聞くべきだろう、と俺は心の中でツッコんだ。
目をギラギラと光らせて、俺の黒頭巾と黒装束を無理やりに引き剥がそうと手をわきわきさせながら近づいてくる。さながら性欲に飢えた犯罪者のようだ。
俺は身の危険を感じて一歩後ろに下がりつつ、黒頭巾を手で押さえて―――
たった一瞬の閃き。脳裏にある考えがよぎる。
「……おい、ミリア」
「怖くないです。怖くないですよー」
「やめろ。俺の話を聞け」
王女の頭を片手でわしっと掴み、こちらに近づかせないようにする。王女は素っ頓狂な声を上げてそこで静止した。
「いいか、確認だ。騎士団長以外が全員上の階に集合してるっていうのは間違いないな?」
「も、もちろんですぅ……少なくとも降りてくるのは、全ての部屋の確認が終わった後だと思います」
「騎士団長は魔法が使えるか?」
「……えっ?」
怪訝そうな顔を浮かべていたミリアの表情が、不安そうな表情へと変化した。
「あの……実は騎士団長様は……」
おずおずと話しだしたミリアの言葉に、俺は眉間に皺を寄せた。
「なるほど、だからアイツ、正門前で見張ってるのか」
絶対に【漆黒の風】の逃亡を阻止するという決意がある。王城に忍び込んだばかりで警戒されているのはあるだろうが、騎士団の信念に基づく覚悟に違いない。
「……一体、なにをするんですか?騎士団長様と戦っても意味がありません」
「意味ならある」
俺は、ミリアが持っていた偽造金貨を手に取り、ポケットにしまい込む。
「お前は、あの宰相がなにか妙な動きをしないか見張ってろ。何か変なことをしたらすぐに指摘するんだ、いいな?」
「は、はいっ!」
「お前には、目撃者になってもらわなきゃ困るからな」
「……はい?」
詳しく説明して欲しい、と顔に書いてあるが、ぐずぐずしていると面倒なことになる。俺はなるべく簡潔に、やろうとしていることを説明する―――。