それでも彼は - 11 -
部屋を出ようとして、扉の向こうからガシャガシャと鎧がこすれる音が響いてくる。
俺はすかさず壁に張り付き、部屋に入ってくるかもしれない騎士たちに備えた。
「いたか?」
「いや、見当たらない。先ほど王女殿下が【漆黒の風】を発見したらしい」
「それなら、すぐにそちらへ向かうぞ」
王女の大声はしっかりと聞こえていたらしい。騎士たちの足音が遠ざかっていく。
さて、どう動くか。
王女でも、この屋敷の執務室がどこにあるか分からないという。
それなら、金のありそうな所を徹底的に探すとするか。
もし、屋敷内の金を隠すとすれば、どこに隠す?
先日忍びこんだ商人の屋敷では、屋敷の一番上の階に金品を隠していた。それをいとも容易く盗み出した【漆黒の風】の情報は、もう王都に広まっている、ということは、宰相はその対策を講じた可能性が高い。
ならば……。
「地下か」
まずは税金の隠し場所だ。すでに金を使ってしまっている可能性が高いが、余りある金を無駄なことに使っていると思うと、腹の虫が治まらなかった。
よし、と覚悟し、扉を開け放った。
屋敷内の構造は、外観の形で、だいたいは把握している。もし地下室に宝があるならば、騎士が持ち場を離れずに警備しているはずだが……。
と考えながらつきあたりを右に曲がろうとして、すぐに立ち止まり、壁に隠れながら先を確認する。
先に伸びる通路の先、二人の騎士が扉を守っているようだ。
俺は腰からナイフを取り出し強化魔法を付加、天井に備え付けられているシャンデリアへと投げつけた。
投擲したナイフがシャンデリアのガラスを突き抜け、高い音を響かせる。
「なんだッ!?」
シャンデリアへと目を移したことを確認し、俺は強化された脚力で騎士の後ろへと神速の速さで回りこんだ。
俺の気配に気付いた騎士はこちらに振り返ろうとしたが、遅い。ナイフの柄を鎧に当てる。
「『戦風よ』」
ナイフに纏わり付いた緑光が、騎士の鎧へと流動する。緑光は風の刃と化し、騎士を鎧の内部から攻撃した。殺傷力のない衝撃を生み出す魔法だが、効果はてきめんだったようで、騎士は白目を向いて倒れてしまった。
その隣で狼狽えている騎士は俺の姿をすぐに視認するが、俺はその騎士の足元を片足で薙いだ。
体勢を崩した所を狙ってナイフの柄でその騎士の頭を強打する。鎧の音が響かないようにすぐに首根っこを掴んで、ゆっくりと地面に横たえた。
白目を剥いて倒れた二人の騎士を見やった後、ふぅ、と息を一回吐き、地下室へと続くだろう扉を開け放つ。
案の定、扉の先にあったのは地下へと続く階段だった。扉の下に続いていた螺旋階段を降りると、鈍く光る巨大な扉が俺を待ち構えていた。
「鉄製の扉、ね」
叩いてみると、相当な厚さなのか、鈍い音が返ってくる。
さすがに、この厚さの扉では魔法で切断するのは不可能だ。それなら……
腰から鍵開け用のピックを取り出す。金庫の扉がどれだけ硬かろうが、この王都に存在する鍵の種類は五つしか存在しない。鍵開け用のピックがあれば、ものの数分で解錠することも可能だ。
扉に耳をあてて、鍵開けピックがしっかりと嵌る位置を確認する。カチャカチャという音のなかで、最も高い音が響いた時、一気にピックを突き刺した。その瞬間、カチャリという解錠を知らせる音が耳に響いた。
重い鉄の扉をゆっくりと開けて、中を確認する。宝物庫だろう部屋の中には人は一人としていなかった。
安全を確認した俺は、すぐに鉄の扉を閉めて視覚鋭敏化の魔法を使用し、宝物庫の中をぐるりと見渡した。
カビの匂いが鼻を突く。顔を隠している黒頭巾でも、この嫌な匂いは防いでくれないようだ。
宝物庫にこれでもかというほど積まれている木箱の数からして、相当な金貨がそこに収められているに違いない。この金貨全てを貧民街に流せば、一年以上は何不自由のない生活を送ることができるだろう。
宝物庫の奥に足を踏み入れようとしたその時、チャリンという高い音が密閉された空間に響き渡った。どうやら、踏み込んだ先に金貨の一枚が落ちていたようだ。
足元に転がっている金貨を拾い上げて、俺はその金貨の違和感に気づく。
―――金貨の端が、少し剥げている?
その色は金のような純度の高い色ではない。
「へぇ……なるほどな」
納得した。あのクソ宰相、税金徴収の不正だけではないらしい。ここの金貨の正体は………。
と、後ろから小さく聞こえてきた音を聞いて、俺は咄嗟に木箱の陰に姿を隠した。
「くそっ!」
宝物庫に入ってきたのは、昨夜、王女の部屋に真っ先に入ってきた騎士団長だった。苦々しい顔で、宝物庫を見渡している。
「まだ近くに潜んでいる可能性が高い!探せ!」
後ろに騎士の三人を連れてきたらしい。宝物庫に響く無数の金属音が耳に障る。
どうやら、俺がまだ宝物庫にいるとは思わなかったらしい。騎士の一人を宝物庫の入り口に残したまま、騎士団長と他の騎士二人は宝物庫から出ていった。
入り口にいる騎士は、鉄の扉を閉めるのかと思いきや、そのまま出口方向を睨みつけている。
地下室は音の反響が大きい。下手に動けば騎士に気付かれてしまうし、魔法を唱えようにも、発動時に光を発してしまう。一階へ上がっていった騎士も階段前で警備を始めたかもしれない。どうやっても行き詰まりだ。
(袋の鼠、か)
この状態が続けば、騎士たちの警備配置が元に戻り、証拠の調査も不可能になる。そして最後には捕縛、死罪か。
数分後。
俺は再び、木箱の陰から様子を窺う。やはり目の前の騎士は立ち去ることはない。
どうする?
――その時。
コツリ、と。
騎士の見張る階段から、高く響く足音が聞こえてきた。
俺は息を飲み込み、そっと身を乗り出した。
―――騎士団長でも降りてきたのか?
足音を聞いた騎士も、騎士団長が降りてきたと思ったのだろう。手を胸に掲げて敬礼に姿勢を取っている、が。
「あ、貴女様は……ッ!」
胸に掲げた手が緊張でブルブル震えているのが分かった。騎士甲冑の音はしない。暗闇の中、白いドレスが映える。
「警備お疲れ様です。このような暗い場所、お一人で警備されるとは、騎士様はとても勇敢なお方なのですね」
「も、もったいないお言葉で御座いますッ!お、王女殿下……!」
騎士の中でも見習いか。至近距離で対峙した王族の対応など、彼らの頭の中には入っていない。
いや、入ってはいるが緊張で舌が回らないのか。
――あいつの性格を知れば、途端に畏怖の念なんて忘れてしまいそうだがな。
まぁ、有り余る美貌も対峙する者にとっては恐怖の一種か。
ミリアはにっこりと微笑んだ。
「先ほど騎士団長様とお会いしたのです。【漆黒の風】様を二階で発見したとお聞きしました」
……嘘八百をペラペラと何の危害もなしによく言う女だ。
「多くの騎士様も、あの方に倒されているようです。ですので――」
騎士団長が二階に集合せよ、と言っていたと。
一般人がこんなことを言えば少なからず疑問を持つ。が、王族の威光というものは一つの言葉でさえも多大な信憑性を内包させる。
「し、しかし屋敷内は危険であります!私が畏れ多くも、王女殿下を外へお連れいたします!」
「その必要はありません。地下が荒らされた以上、もうここに【漆黒の風】様はいらっしゃいません」
しばらくの間、地下に待機しているようにと、騎士団長に言われたということを、目の前の騎士に微笑みながら言い放った。
わずかの沈黙、逡巡の後、新米騎士は「了解致しましたっ!では、失礼致します!」と元気よく敬礼して階段を駆け上がっていった。