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義賊のマテリア  作者: 夕日
老練なる者
100/102

2-031


大きく轟いた甲高い声、その死霊の一人の脳天に弓矢が突き刺さった。脳髄を貫いた矢の一撃により、死霊がばたりと倒れ込む。

だが、たった一人だけだ。こちらを見据える無数の眼光、それが束になってこちらへと襲い掛かってきた。最前列で突進する死霊の左腕には赤熱する魔力が流動する剣を携えており、それもまたあの肉塊に刺さっている『炎精の剣(フレイムイーター)』であることが分かる。


「まずいわね……ッ!これじゃ《魔剣》使えないじゃない!」


「おっさん、アンタの《魔剣》は……」


「あー無理だねぇ。今持ってる銃弾を変性させても、火系統の魔法になるから全部『炎精の剣』に吸われちゃうんでない?」


肩をすくめるように、気だるい表情のまま諦めムードである。

後ろに佇んでいるミリアも、この領域では魔法を使用することができない。魔力を励起させた瞬間に周辺に存在する滞留魔力が反応し暴発する。


「アルトッ!前を!!」


「!!チッ!!」


切りかかってきた甲冑を纏った死霊の攻撃を回避して、懐に入り込み脳天に短剣を突き刺す。

ビグン、と体を一瞬跳ねさせると、そのまま地面に倒れ伏した。



『―――やむを得まいッ!!』


目の前を蹂躙する死霊の群れを忌々しく睨みながら、フェイは『竜の玉座』に乗った。

その瞬間、光の流動が捻じ曲がった岩石の蔓を走り、領域に神聖な輝きを落とす。


「おい、なにをやって―――」


『この周辺の滞留魔力を操作する!そうすれば魔法を使用しても問題ないだろう!だが注意しろ!あまりにも膨大な魔力を励起させれば、魔力が暴発するぞッ!』


薄い輝きが周辺に拡散し、滞留していた魔力が渦となって動き始める。片目の呪いがそれを映していた。


「ミリアッ!!」


俺が声を出さずとも、ミリアはすでに身につけていた魔錬晶石を取り外していた。片腕を上げて襲い来る死霊を指差す。


「『私の眷属たち、来てくださいッ!』」


ミリアの指先から血液が滴り落ちる。その刹那、地面に落ちた血が円筒状に肥大化すると、鎌のような形状へと変化した。

自らの領域に入ってきた死霊たちを悉く細断すると、大地に染み込むように消え失せた。


「ほんと、吸血鬼の力ってなんでもありなの、ねッ!」


近接してきた死霊に、リナリスは体を捻って渾身の蹴りを叩き込んだ。いつの間にか使用された強靭化の魔法によって、一撃を受けた死霊が数メートルほど宙を浮く。


「強化の魔法、オレも使えたら良いんだけどねぇ。めちゃくちゃ羨ましいんだけどー」


「アンタ魔法使えないんだから後ろに下がってなさいよ!!何マヌケ面晒してんの!?」


「そんなこと言ってもねぇ。後ろに下がったとしても弓矢飛んできそうだから結局意味ないかって?それとリナっちー、オレのことをお兄さんって呼んでね。ヴェイルお兄さんって呼んで?ね?」


「なに訳分かんないこと言ってんのよ!そのリナっちっていうのやめなさいッ!」


「はいはい、苦情は後で聞くよー。……おっと」


襲い掛かってきた死霊二人の攻撃を掻い潜り、片手に持った【変幻なる真理(ファンタズム)】の先端の刃でなだらかになぞるように斬り捨てる。

一瞬の攻撃に、リナリスが目を丸くした。


「リナっちどう?オレの戦い方どうよ?格好いいっしょ―」


「……尚更ムカつくわ」


と、そこで死霊の後ろにいた死霊の弓兵がこちらに弓矢を放ってきた。歪曲するように打たれた弓矢は、的確にヴェイルとリナリスを捉えている。


「『迅風よッ!!』」


くだらない話をしているところ悪いが、こっちもただ見ているわけにはいかない。右手を真横に切るように振り切る。緑光を纏った俺の片腕から生成された鎌鼬が大気をかき乱し、中空に存在する弓矢を薙ぎ払う。


「ぼさっとしてられないわね……!弓矢避けながらとかやってられないわよ!!」


「それは問題ないんでない?」


「はぁ?だって……」


「大丈夫です、アルトがいます!」


ミリアの声を聞く前に、すでに俺は後方から援護に回っていた弓兵の死霊を片付けている。

砂上の傷跡(エンプティ)】で転移を行い、後ろから弓兵の首を斬り落とす。

その攻防に気付いたのか、リナリスの悪態を吐く声が聞こえた。


「アイツの《魔剣》便利すぎない!?って邪魔ッ!!」


「色んな場所を何の苦労もなく回れるって良いよねぇ。おお、あっぶないっと」


「お話しながらなんでそんなに動き回れるんですか!?わ、私だって……!!」


地面に浸透する血液が様々な形状に変化し、襲い来る死霊たちを斬り捨てる。俺が最後の弓兵の死霊を切り捨てたと同時だった。

死霊の群れを掻き分けるように、巨大な顔が迫ってくる。


「―――!!」


強靭化の魔法を唱えようとした俺に、無数の顔を持った肉塊―――血肉の呪塊(ネクロユニオン)が突進してきた。

咄嗟に【砂上の傷跡】の力を解放してミリアの前に転移する。無数の死霊の血肉を身に纏わせて、腐臭の吐息を無数の口から吐き出している。


「……リナ。あの肉塊……」


俺の言葉に、リナリスが舌打ちする。

無数の顔が悲しそうな表情でこちらを見ている。死霊術使い、ミリエル・グラースが言うには、あの肉塊は自分の最高傑作だという。……その最高傑作がどのようにして造られたのか、大体予想がついていた。


「気にしないで。あのまま生かしておくわけにもいかないわ。さっさと倒すわよ!」


「……了解だ」


【砂上の傷跡】を構えて、次々と襲い掛かってくる死霊を斬り裂いていく。徐々に狭まるネクロユニオンとの距離。目の前に立つと、その巨大さが悍ましい。

けたけたと何かを喋っている貌、こちらを見据える黒い眼。俺は意を決して、【砂上の傷跡】を斜めに薙ぎ払う。


―――ギィィイィイイィイイヤアアアアアアアアアアァァアア!!!


顔たちが苦悶の叫び声を上げて無差別に攻撃を行う。体当たりを繰り返しながら、周囲の死霊にその巨躯を押し付けて圧殺する。

無残過ぎる光景に、ミリアが口元を押さえている。


辺りに存在していた死霊がネクロユニオンの突進によってひしゃげ、黒い血液を吹き出しながら地面に横たわる。

あれだけいた死霊たちが、ほんの僅かに減ってしまった。


「数で勝てるとでも思ってたんかねぇ?術者の命令だけに従うから、逆に扱いづらいんだけどねー死霊術って」


「おっさん、あんた死霊術にも詳しいのか?」


「まあ、一通り魔術書は読んでるよー。禁術になってるからそこまで詳しいことは分からないけど、ああいう存在を生み出しちゃうってのは書かれてたかなー」


死者の集合体。呪いを纏う禁断の魔物か。

目の前で激痛に苛まれるように絶叫する肉塊に、哀れみの目を向ける。


「……ほら、早くトドメ刺しちゃいなさいよ。あたしの弓の威力じゃ倒せないから、アンタに譲るわ」


悲しそうに目を伏せるリナリスを見て頭を掻く。本当なら、自分が役目を負いたいと思ってるのは分かっていたからだ。

一度深呼吸して、もう一度【砂上の傷跡】を構え直したその時だった。


―――キィイイィイイイィイイイイオオオオオオオオオオオオオ!!!!


無数の顔が金切り声に似た雄叫びを上げた。その声に、全員が耳を塞ぐ。

何事かと思いネクロユニオンの様子を確認すると、その体から黒煙のような光が瞬いている。

それは地面を這うように蠢くと、周囲に倒れ伏している死霊たちに纏わり付いた。

蛇のように死霊を巻き取ると、それを自身に吸収していく。


「……うっわぁ、だから嫌なんだよねぇ、死霊術で生まれた魔物と戦うのってさ」


『……死霊術の魔術的要素か。《吸収》と《再生》、やはり人が使うべき魔法ではないな』


ヴェイルとフェイの顔が嫌悪に歪む。

武器や防具、死霊の周辺にある地面をも抉り取って、体の中に取り込んでいく。どんどん肥大化する体躯に、俺は躊躇なくその場へと駆け出した。


「アルト!!駄目ですッ!」


そう後ろから言葉を投げかけられた。

肥大化するネクロユニオンの巨躯に視線を移していたために、その後方から出現したものに気が付かなかった。

ぬるりと伸びてきた謎の腕が、俺の体を薙ぎ払う。


「―――チッ!!触手かッ!!」


【砂上の傷跡】の転移が間に合ったものの、肉塊から伸びる無数の触手が中空を蠢き、こちらへと襲いかかってくる。

なんとかミリアの手をとって【砂上の傷跡】の転移を解放する。

リナリスやヴェイルもまた、伸びてくる触手をなんとか回避したようだ、が。

地面を抉り、岩石さえも刺し穿つ。圧倒的な膂力で振るわれる無数の触手が、身動きの取れないフェイへと襲いかかった。


『くっ……!!』


その寸前、『竜の玉座』から身を引いたが、ゴリッ、という大きな音を立てて玉座にネウロユニオンの触手が突き刺さる。


『貴様ッ……!!』


先程まで領域に拡散していた光の波動が消え失せて、辺りが濃密の魔力で満たされる。

肉体を侵食する魔力に、俺はしまっていた魔錬晶石をまた取り出して身につける。


「ど、どうしますか!?あれだけ大きくなってしまったら、魔法でなければ倒せません!!」


ミリアの焦燥に満ちた言葉に、嫌な汗が頬を伝う。

ネクロユニオンの体はすでに十メートルを超えている。周辺に存在する死霊をまとめて取り込み、恐るべき化け物へと変性してしまった。


「……だが、『竜の玉座』が破壊された以上魔法を使うのは……」


「「問題ないわよ(でしょ)」」


そこで、ヴェイルとリナリスが同時に声を上げた。

え、と顔を向けると、《魔剣》を構えた二人の姿。一体何をするつもりなのかと思い、声をかけようとしたが……


「はいはい、お二人さんは下がっててねー。ちょっと危ないからねー」


「お、おい……『炎精の剣』があるかぎり《魔剣》は使えないんだろ?」


「んーまあねぇ、火の攻撃は無効化されちゃうよねぇ」


ぐずり、と嫌な音を立ててこちらへと近づいてくるネクロユニオン。無数の触手がこちらを捉えている。

ヴェイルが【変幻なる真理(ファンタズム)】を、リナリスが【凍てつく火焔(アズール)】を構えた。


「だけど、それが今体内にある(・・・・・)っていうんなら話は別でしょッ!!」


構えた蒼炎の弓、そこから青の輝きが形を成す。肥大する蒼炎は弓矢となり、敵対者を焼却する火焔となる。

そして、空間に木霊する銃砲。


襲い掛かってきた触手が、蒼炎に飲まれる。その炎は瞬時に延焼し、ネクロユニオンの体を包み込んだ。


―――キイイィイイイイイイイイオオオオオオオオオオオオオオオ!!!


ネクロユニオンの断末魔が空気を震わせた。そして突き刺さる一発の銃弾。


「じゃ、お疲れさん」


かっ、と一度の閃光と共に、ネクロユニオンの肉体が内側から破壊される。無数の孔という孔から炎を吹き上げ、外と内で焼き尽くされた。

火焔と氷結の嵐。

ネクロユニオンは表皮の全てを凍てつかせると、断末魔の声を空に投げ出して絶命した。


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