それでも彼は - 9 -
◇
そもそも、俺のことを知らなかったのに、予告状を出すとはどれだけバカなのだろう、この女は。
……まさか、予告状を出せば俺がその誘いに乗ると思っていたのだろうか。
生憎、俺はただの盗賊で、怪盗ではない。そのことを目の前にいる王女に小一時間ほど説教したいが、王女はニコニコ微笑みながら隣に座るディモンと愉快にトーク中だ。
ディモンは目の前の少女の正体が王女だと分かると、大爆笑しながら俺の肩をバンバンと叩いてきた。
後で後ろからぶん殴ってやる。
王女は王女で、ディモンが俺の仲間の一人だと分かると、俺の活躍をディモンからずっと聞いている。
この店の中で、盗賊仲間と王女が笑顔で話し合うという、とんでもないシュールな光景が広がっていた。
「……おい、もし俺がこの予告状に乗ってこなかったらどうするつもりだったんだ」
え?とでも言うように、王女は首をかしげた。
「やらないつもりだったんですか!?」
「こんなバカげたものを出すのは盗賊じゃなくて怪盗だろうが!」
「あ、あれ?盗賊と怪盗って違うんですか?」
全然違う、と言おうして、今までやってきた手口を思い返す。かなりの怪盗ぶりであることに気付き口を噤んだ。
「だ、大体、俺はただ金品を盗むだけの盗賊だ!こんなこと出来るわけない!」
「そんな……【漆黒の風】様は城下町のヒーローなのに……」
「んなこと言ってるのは城下町のヤツらだけだッ!盗賊の俺がどうしてヒーローにならないといけないんだよ!」
と、そんな会話を見ていたディモンが豪快に笑い出した。
「王女様にまんまと一杯食わされたみたいだな」
「ディモン……人事だと思ってんだろ」
「ああ、人事だね。と言いたいところだが」
腕組みをしたディモンは、ニヤニヤしながらこちらを見つめてくる。
「城下町の視察は中止、この予告状が見つかった途端、警備してた騎士団もそうだったが、民衆も大騒ぎで宰相の屋敷に向かっていったぜ?こりゃあ【漆黒の風】をネタにして、食い物やらなんやらを売りつける露天商人もいるだろうよ」
「………」
「それに、これが王女様の狙いだったんだろ?」
「ええ!その通りです!」
ガタッと席を立った王女は、手を拳にして熱弁を振るってくる。
「これでアルトが屋敷に忍び込んで証拠を見つけ、皆さんが見ている前でそれを公にするんです!そうすれば、あの方も税金の不正使用を弁明できないでしょう!」
「いやぁ、楽しみだなぁアルト!これでお前はただの盗人から、宰相の悪事を暴いた真のヒーローになるんだぜ!」
キャッキャッと俺の店で騒ぎまくる二人は、今にもフォークダンスを踊り出しそうな勢いだ。
「そんな大勢の前で盗みなんて働けるか!簡単に捕まっちまう!」
「それは私がお手伝いしますよ!」
「お手伝いってお前……」
王族のお前が、どうやってその『お手伝い』をしてくれるんだ。
しかも、宰相の屋敷は今頃、騎士団たちの警備でとんでもないことになっているはずだ。野次馬たちも、屋敷の周りにうじゃうじゃと集まっているに違いない。
そんな場所での仕事は、どうやっても出来そうにない。
「この話、俺は降りる――」
「何時頃にしましょうか?やっぱり午前零時がいいでしょうか?」
「俺もこの機会を逃さないようにしないとな。露店で食い物かなんか出して儲けるか」
「話を聞けッ!」
くそっ…こいつらの頭の中ではすでに屋敷の潜入までがシミュレートされているようだ。ディモンはこの大騒ぎを金稼ぎの場として使おうとしてやがる。
再度断ろうとしたが―――また言葉を飲み込んだ。
そうだ。どちらにしろ、ここで王女の話を断ったとしても結局俺は牢獄行き。それならば、この盗賊稼業を続けられる可能性の高い方を選ぶしかない。
机に置いてあった紅茶を一気に飲み干し、俺は仕方なく口を開く。
「……どうやって侵入する?」
「お、とうとうやる気になったみたいだな」
とりあえず、侵入と逃走の道具が必要になってくる。煙幕弾に、ピック、ナイフ、後は―――。
道具の調達をディモンに頼み、王女から聞いたアイディアに頭を抱える。
王城の侵入よりも難しいだろう、屋敷への侵入。その会議が始まった。