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9.改めての訪問における青春恋心

 家の玄関をノックする音が聞こえたので応対に向かいます。

 がらがらと扉を開けてみると、立っていたのは滝沢さんでした。


「よー悠くん。久しぶり」

「滝沢さん。どうもこんにちは。あの、この前はすみませんでした。着ぐるみ壊してしまって」

「いいってそんなの。キュウリありがとな。一日で完食したよ。うまかった」

「まじですか! 何十本もあったのに」


 大好物すぎます。

 もしかして滝沢さんは、わざわざお礼のためだけに足を運んでくれたのでしょうか。


「悠、お客さんー?」

「なつめの家を訪ねる方もいるのですね。びっくりいたしました」

「いるしそれくらいー!」


 僕らの話し声を聞き付けて、なつめとゆりえさんが奥から出てきます。


「おお……な、なんて美しい女性ひとなんだ。これが、ひとめぼれか」


 その途端、滝沢さんは恍惚の表情を浮かべて二人を見つめていました。

 恋が生まれました。しかしこの位置からだと、どちらを指しているのか判断しかねます。


「ようこそいらっしゃいました。ごゆっくりおくつろぎくださいね」

「なんね、この人? はっ! まさかまた泥棒じゃなかよね!? 今すぐ立ち去れーっ!」


 ゆりえさんの丁寧な対応に比べて、ものすごく失礼な態度のなつめ。

 温厚そうな滝沢さんも、これには怒るのではないでしょうか。


「滝沢です。よければ名前を教えてくれますか?」

「へ? なつめやけど」

「なつめさん。あなたにひとめぼれしました。これから俺とデートに行きませんか?」

「……あたし?」


 ぜんぜんそんなことはありませんでした。

 しかもなんのあやまちか、滝沢さんが惚れたのはなつめ。ゆりえさんの方がいいと思うのですけど。


「まあ。よかったじゃないですか。なつめがデートに誘われたの、今回が初めてですよね?」

「か、勝手に決めつけるんじゃなかと! デートくらい! あれ? それくらい、何回も……」


 徐々に声が小さくなっていくなつめ。初めてなのが確定しました。


「どうですか? 俺と二人が苦手なら、誰か同伴でも大丈夫です」

「ふふ、わたくしがご一緒いたしましょうか?」

「いやー! からかわれたくないけん。そやね、悠が一緒でもよかなら」

「えっ、僕?」


 いきなり選抜されました。これは信頼されているのでしょうか。それとも消去法でしょうか。


「おっしゃ! ありがとうございます! 三人で行きましょう」

「行こー、悠。聞いてみたいこともあるったい」

「う、うん」


 とんとん拍子に話は決まりました。なつめは緊張している様子が全くありません。無駄に心が強いです。

 先に出発した二人を追いかける寸前、ゆりえさんが僕を呼び止めました。


「悠さま。なつめのこと、よろしくお願い致します」


 笑顔で話すゆりえさん。憎まれ口とは裏腹に、なんだかんだで応援しているみたいでした。


―――――


 滝沢さんが連れてきてくれたのは、大きな川沿いの散歩道。

 うららかな空の下、もったり歩きながら景色を眺めるのも乙なものです。


「なつめさんの趣味を聞いてもいいですか?」

「えー、なんやろ? みんなと一緒にいるだけで楽しいとよ。滝沢は?」

「俺は泳ぐのが好きです。カッパですから。みんなとは、どんなことをして過ごしてますか?」

「んー、だらだら喋るとか? そういうなにげない毎日が続けばいいなって思うたい。あ、ちょっとだけ失礼するけん」


 紛れもなくデートな雰囲気の途中、なつめは不意に、僕の耳元に顔を近付けて言います。


「悠、聞いてもよか?」

「なに?」

「滝沢は、どうしてあたしに質問ばっかりすると? 落ち着かんとよ」

「え、どうしてって」


 それは、滝沢さんがなつめのことを好きで、もっと知りたいからではないでしょうか。

 というか、なつめも同意の上で来たはずじゃ。


「デートなんだから、それが普通だと思うよ」

「そうそう、家出た時から気になってたけん。デートってなに?」

「知らなかったの!?」


 まさかの無知。初デートなのに緊張していない謎が解けました。


「滝沢さんは、なつめのことが好きなんだよ。恋してるみたい」

「こ、こい? なんねそれ……魚?」

「ごめんなんでもない」


 だめですこの人。

 恋心を持たないのでしょうか。いや、たぶん凄まじく鈍感なだけです。


「えっと、あたしはどうしたらいいと?」

「うーんとね…………ありのままの自分を見せればいいと思うよ」


 僕だって子供です。微妙なアドバイスしか導き出せませんでした。


「なあんだ、それなら簡単たい。ねー滝沢! なんかカッパらしい特技とか見せてほしいけん。超すごいやつー」


 自分なりに悟ったらしいなつめ。いきなりの無理難題を滝沢さんに押し付けていました。

 心配です。失礼なことしなきゃいいのですが。


「もしかして、川の魚とか捕れるー? 道具もなにもなかけど」

「カッパですからね。しかし、素手で捕まえるとなると難しくな」

「大丈夫。滝沢ならいけるけん。どーん!」

「おうっ!?」


 不安の矢先、なつめは滝沢さんを川に突き落としました。早くもやらかしましたこの人。

 派手に落水する滝沢さん。深さがあるので怪我はなさそうです。さすがに堪忍袋の緒も切れて、


「いやあ、激しいですね。意外性があって、ますます好きになりました」

「ありがとー! みんなで食べる魚がほしいったい。応援してるとよ」

「分かりました。待っていてください。うおおおお!」


 むしろ喜んでました。いい人です。なつめにはもったいないです。

 滝沢さんは咆哮をあげながら、バタフライで水面を泳ぎ回ります。すさまじい速さでした。

 ところでこれってデートなのでしょうか。たぶん漁業とかそっち系です。


―――――


「はあ……はあ……こ、これで足りますか?」

「わあ、すごかー! 助かるけん。滝沢とデートに来れてよかったとよ」

「っしゃ! ありがたい言葉どうもです」


 土手に置かれているのは、滝沢さんが水中から発掘したバケツ。

 その中には大漁の魚が入っています。ずぶ濡れ滝沢さんの、超絶バタフライのたまものです。


「そろそろ帰る頃やね。滝沢さえよかったら、またデートするったい」

「まじっすか! 青春きたあああ! また誘いに行くんでぜひ」

「うん、またねー」

「ばいばい、滝沢さん」

「じゃな、悠くん。ひゃっほおおおい!」


 心底嬉しそうな滝沢さんと別れ、僕らは帰路を歩きます。ちなみにバケツは僕が持ちます。

 なつめの初めてのデートは終わりました。おかしい所もありつつ、ひとまずは成功したと思います。


「どうだった?」

「いやあ、デートっていいもんやね。こんなに魚もらえるなら、毎日デートしてもいいけん」

「なんか勘違いしてるような……」


 相変わらず意味を間違えているなつめ。滝沢さんの恋心は届かずです。


「まー滝沢もよかけど、悠の方がいいったい。一緒にいて落ち着くとよ」

「えっ?」


 意味深そうな発言。どきっとしました。なつめがこんなこと話すなんて。もしや僕にも青春が。


「悠は、滝沢みたいにカッコよくないし、爽やかでもないけん、しゃちばる(緊張する)必要なかとね。楽でいいとよ」

「……」

「楽でいいとよ」

「……うん、なんだろ、ありがとう」


 ときめいて損しました。たぶん褒められていますが嬉しくないです。

 滝沢さんは友ですが、手強いライバルにもなる。そんな気がしました。


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