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8.ひぐらしも眠る夜の人生記念

 ひぐらしたちが仲良く鳴いています。

 日暮れ頃になりました。哀しげな夕焼けの美しさは、清み渡る青い空にだって負けていません。

 ところで、なつめやゆりえさんはどこでしょうか。家の中を探したものの姿が見当たらないです。


「なつめ?」


 台所に誰かの姿が見えた気がしたので、姿勢を下げてのれんをくぐろうとします。


「いけません悠さまぁ!」

「はぅあ!」


 その直前、横方向からゆりえさんのほんき体当たりをくらい、僕は弾き飛ばされました。


「危なかったですわ……台所は男子禁制ですから、むやみに立ち入ってはなりません」

「し……知らなかったです。むやみに入ったらどうなるんですか?」

「死にます」

「死ぬの!?」


 危なかったです。おかげで命を救われました。


「はい。まだ先のある人生、享年十四歳にはなりたくありませんよね?」

「え、冗談ですよね? 入ると死ぬっていうの」

「……分かりました。悠さまがそこまでおっしゃるのなら、お祓いに行きましょう。今すぐに」

「あれ? なんとなく会話がずれてるような」

「今すぐに」

「……はい」


 ちぐはぐなやりとりでした。ゆりえさんから固い意思を感じます。

 というわけで、ゆりえさん付き添いでお祓いに向かうことになりました。まだ生きていたいので。


―――――


 ゆりえさんが案内してくれたのは、この前とは違う広い公園でした。

 公園の遊具や草木たちは、地平線まで続くあかね色に包まれています。


「祈祷師みたいな人がいるんですか?」

「ええ、おりますわ。たしかこのあたりに」


 問いかけられたゆりえさんは、しゃがみ込んで、近くの草むらをがさがさと探り始めます。

 なにをしてるのでしょうか。今日のゆりえさんは割とおかしいです。


「ほら、会えました。手を出していただけますか?」

「こうですか?」


 言われるがままに、ゆりえさんの前で手のひらを広げます。

 そっと手の上に乗せられたのは、やや大きめのダンゴムシでした。


「うわっ、なに!?」

「ふふ。冗談ですわ。悠さまの驚く顔が見たかっただけです」

「もーゆりえさん……脅かさないでくださいよ」

「ごめんなさい。本当はこちらです。受け取ってください」


 言われるがままに、ゆりえさんの前で手のひらを広げます。

 そっと手の上に乗せられたのは、うねうね動き回る小さな青虫でした。


「いや気持ち悪っ! ゆりえさんー!?」

「いえ、たまには二度やってみようかなと」


 微笑むゆりえさん。かわいいですけどやめてほしいです。虫は苦手です。

 あらためて手に置かれたのは、ほおずきの形をした真っ白な植物でした。


「これは……」

百合鬼灯ゆりほおずきですわ。花言葉は、素直な心。未来に向かって歩き出せると言われております」


 百合鬼灯。その名の通り雪原色です。ほんのり勇気をもらえます。

 もしかしてゆりえさんは、これを僕に見せるために外出を提案してくれたのでしょうか。

 ふと、ゆりえさんは景色を眺めます。空が暗くなり始めていました。


「作戦終了ですね」

「え?」

「帰りましょう、悠さま。用意が出来ましたわ」


 またしても不可思議な発言。連行されるがまま足早に帰宅します。百合鬼灯をおみやげに。


―――――


 帰宅して居間に入ってみると、ちゃぶ台には円形のケーキと三人分の皿が置かれていました。

 やや不格好な仕上がり。手作りでしょうか。ケーキの上には数本のろうそくが立っています。

 ちゃぶ台に向かって、なつめが座っています。待ちわびたという顔で。


「おかえりー。いいタイミングやね、ゆりえ」

「外に誘うのは苦戦いたしましたわ」


 なにか秘密の会話をする二人がいます。知らないのは僕だけです。


「どうしたのこれ?」

「いやあ、ふと思い付いたとよ。これはね、悠のためのお祝いやけん」

「そっか、悠のためのお祝い……え、それ僕?」


 誰かと思ったら。


「記念みたいなもんやね。夏浜町に来て、あたしと出会えてよかったね、おめでとー、みたいな」

「やれやれ。なつめは素直じゃありませんわね」


 なつめの言葉を訂正したのは、いたずらっぽく話すゆりえさんでした。


「ゆ、ゆりえっ! お願いやから、よけーなこと言わなくていいけん!」

「口に出さなければ伝わりませんわ。悠さまを喜ばせたいあまり、五回もケーキを作り直したのはどなたですか?」

「違うもん! まちごうとるもん! 四回しかやっとらんもん!」


 ほとんど一緒です。

 どうして僕のために。その疑問は、ゆりえさんが晴らしてくれました。


「悠さまは、わたくしたち妖怪よりもずっと短命です。月日の流れに追われて、いろいろ難しいことを考えながら生きています」

「ゆりえー! おくちちゃっくー!」

「だからせめて、ひとつでも多く思い出を作っていただきたい。それが、今回のお祝いの理由ですわ」

「ゆりえがやりたいって言うけん仕方なく――」

「言い出しっぺはなつめでした。悠はあたしの大切な家族やもん、とも申しておりましたわ」

「ぎゃー!」


 わめくなつめ。えっとつまり、なつめは純粋に僕のことを思って。


「……ふ、ふーんだ、ゆりえの言う通りたい。悠は正直、ふうたんぬるい(頼りない)ところもあるし、まだまだ子供やけど」

「うん」

「あたしは、悠のこと好いとるから。健康で、長生きしないと許さんよ」


 一旦は視線を泳がせながらも、なつめは最終的に、僕の目を見ながら話してくれました。

 この言葉も、思い出の一つになりそうです。記憶よりも明るくきらめく、決して消えない夏夜の光。


「なつめ、ありがとう。なつめに負けないくらい生きてみせるね」

「いやいや。悠が成仏するとこ見届けてやるけん。覚悟するとよ」

「ゆりえさんも。今日はありがとうございました」

「わたくしの方こそ。よき思い出になりました」


 みんなで気持ちを伝え合います。

 僕たちは、みんな寿命が違います。けれども、短命だからといって不幸ではありません。

 命の期限の中で、どれだけの答えを見付けられるのか。どう生きようとするのか。それが大事です。


「では、ケーキの腕前拝見といきましょうか。おいしくなかったら罰ゲームですわね」

「とくと見よっー! 悠も、いつまで立っとーと? はよ座らんね」

「うん、そうだね」


 ちりん

 ちりりん


 夜の風に揺られて、僕が手作りした風鈴の音が、小さく届きました。


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