7.あいつの代わりの御宅訪問
いきなり家の玄関扉が叩かれました。
正式な来客なんて、なつめの家で暮らし始めてから初です。珍しいので僕が出てみます。
玄関を開けてみると、女の子が立っていました。短髪のためか活発そうな印象です。
「こんちわっ」
「え? あ、どうも」
ものすごく親しげな挨拶。顔見知りかと錯覚しそうになりました。
見た目は僕よりも何歳か年下でしょうか。とても目鼻立ちの綺麗な顔をしています。
黒のショートパンツにピンク色の半袖シャツ。それから青いベスト。いわゆるおしゃれさんです。
「んーと、この家で間違いなさそうだねっ」
などと思っていたら女の子は、いきなり靴を脱いでお邪魔してきました。まるで帰宅のような勢いです。
「あ、あの、なつめの知り合いとかですか?」
「もー、どうしてボクが来なきゃいけないんだろ。あいつのためなんかに」
「無視された……」
誰かに文句を言う女の子。ずんずんと迷うことなく室内に上がり込んで行きます。
「悠ー? 知らない声が聞こえたけん、お客さんでも……わあっ! 誰!?」
丁度その時、なつめが奥から顔を見せました。
訪問者と間近で対面したなつめは、たいそうたまげていました。友達同士ではなさそうです。
「あっ、さては泥棒やね! そーなんやね!?」
「そんな、違うよ。ただボクは、いただくものはいただいてとんずらしようかなと」
「自白しよった! 人の物をがめる(盗む)なんて許せんばい。確保ぉ!」
「きゃーっ!?」
捕物劇が始まりました。悲鳴をあげる女の子ですが、今回なつめは珍しく悪くありません。
微力ながら加勢しようかとも考えたのですが、なつめと女の子の身長差。
それから、女の子が全く抵抗しなかったのもあり、あっという間の劇終となりました。
―――――
居間の柱に、ロープでぐるぐる巻きにされている女の子。泥棒とはいえ申し訳ないです。
「さあて、言い訳くらいなら聞いてあげるけん。話してみるったい」
「いたた……もう、乱暴な人だなあ。女の子は、もっと優しくならないとだめだよ」
「生意気なこと言うんじゃなか」
「いたっ」
女の子のひたいにデコピンをするなつめ。でもひそかに女の子の意見には同意します。
「ううう……あいつのせいだ。滝沢がバカじゃなかったら、ボクが苦労することもなかったのに……」
やがて落ち込む女の子。しかし言葉の中には、お互いの距離を縮めるきっかけがありました。
「やってから後悔しても遅かよ。人生は選択の連続、どっちが正解かなんて後にならんと分から」
「待ってなつめ。あの、もしかして今、滝沢って言いましたか?」
なつめのありがたいお説教(皮肉です)をさえぎって質問します。
「うん。あにきから聞いてたんだけど、キミが悠くんでいいのかな?」
「はい。滝沢さんって、僕にカッパの着ぐるみをくれた、あのカッコいい人ですよね?」
「あはは。いいのは顔だけだよ、あいつは」
滝沢さんをばかにする女の子。妹ならではの距離感に思えました。
「ボクは桐谷。あにきの着ぐるみを持ち帰るために、ここまで来たんだ」
「そうだったんですか。にしても、ありかが分かるなんてすごいですね」
「着ぐるみの場所を感じ取る力があるからね」
なるほど。つまり桐谷さんは泥棒じゃなく、滝沢さんと同じカッパです。
「カッパには、着ぐるみを保管する風習があるんだ。絶対なくしちゃいけないのに……あにきのやつ、キュウリに夢中だったみたいでさ」
心底うんざりした様子の桐谷さん。
あの日、数十本のキュウリを嬉々として持ち帰る滝沢さんの、軽やかな後ろ姿が目に浮かびます。
「なんやろー、全く話が分からんけん……」
「なつめ。桐谷さんは、僕の知り合いみたい。ほどいてもいいかな?」
「悠がそう言うなら、今回は仕方なかね」
ジャキン。なつめはハサミを取り出すと、迅速にロープを切断しました。
「やれやれ。乱暴な妖怪のせいで大変だったよ」
「それはあたしのセリフたい」
「いたっ」
再び桐谷さんにデコピンするなつめ。誤解は晴れました。あとは着ぐるみを返すだけです。
「ちょっと待っててください。いま急いで持って来ますので」
「ありがと。ごめんね、滝沢のせいで」
「いえいえ。こんな日のために、着ぐるみはタンスにしまってある……あ」
えらいことを思い出してしまいました。
なつめとゆりえさんへの寝起きドッキリで、狐火とつららの攻撃を受けたのは最近です。
その際、着ぐるみが焦げたり裂けたりして、だいぶボロボロになったのを忘れていました。
「桐谷さん」
「なに?」
「ごめんなさい」
「え?」
正直に頭を下げました。原因は僕にあります。
―――――
桐谷さんを奥の和室まで案内します。
破壊された着ぐるみを見せました。あらためて確認してみると、想像よりもズタボロです。
「あちゃあ、ずいぶん派手に壊したね。なつめちゃんって、やっぱり乱暴な人なんだ」
「大切なものだなんて知らなかったけん! ……ごめん。で、でもあたしは謝らんからね!」
「あはは。謝ってる」
謝ってます。
「へーき。時期が来れば元通りだから。あの日になるまで保管しといてね」
「あの日?」
「そのうち分かるよっ。まだまだ先だけどね」
明るく笑う桐谷さん。滝沢さんが許してくれることを祈ります。
これにて万事解決、とはいきませんでした。もうちょっと続きます。
「確認なんだけど、まさか、この着ぐるみを着たりしてないよね?」
ふと、桐谷さんは僕に問いかけます。なんだか真面目な雰囲気でした。
「ど、どうしてですか?」
「強い妖力があるからね。人間のキミが身にまとったら、なにが起こるか分からないよ」
「そう……でしたとは」
「ま、これの使い道なんて、寝起きドッキリくらいしかないけどね! 悠くんは興味なさそうだし」
快活に喋る桐谷さん。すみません興味ありました。僕はなんてことを。
「じゃ、ボク帰るよ」
「この次は、遊んでやらないこともないけん。気を付けて帰るとよー」
「ありがと! またね」
ぱたぱたと元気に帰って行く桐谷さん。なつめも桐谷さんを気に入ったみたいでした。
しかし僕は落ち込んでいます。あの着ぐるみに、そんな危険な副作用があったなんて。
ぽん、と、なつめの手が僕の肩に置かれます。
「安心して。悠が死ぬ時は、あたしが側で見守ってあげるったい」
「安心できないっ!」
にこやかにかけられたのは、あたたかさの中に鋭い刃が添えられた、なんとも複雑な言葉でした。