6.心と心をつなぐための夏装飾品
ついに完成です。
数日間、こつこつと製作を続けたかいがありました。夏の風物詩で連想するといえばこれです。
さっそく自慢するため、なつめのいる部屋のふすまを開けてみました。
「…………」
なつめは猫背で座り、床に置いたノートに向かっています。真剣な背中です。
勉強でしょうか。いえ、なつめに限ってそれはありません。というわけで内容を覗いてみました。
【題名→考え中】
みんながいるからあたたかい
みんながいるから頑張れる
きっとこれは絆のおかげ
目には見えない絆のおかげ
触れられないから断ち切れない
明るく強い、心の力。
「やぁあああ!? ゆ、悠! いつからそこにいたと!?」
気付かれました。
日記でも書いていると思ったのですが、これはいわゆる、
「いいポエムだね。僕は好きだよ」
「わあああん! こ、これは違うけん! 自己表現とかそういうのじゃなくてーっ!」
「タイトルはそのまま、絆がいいと思うな。なつめらしいまっすぐなポエムだよね」
「ああああ! もおお、なんなの悠ー! いつもみたく縁側にいればよかとにっ!」
ノートに覆い被さって発狂するなつめ。恥ずかしさのあまりに。
でも内容は覚えてやりました。これからは、心と書いてキズナ(カタカナが重要です)と読むようにします。
「あたしの趣味やもん! もうノート三冊目になったけん。誰にも迷惑かけとらんたい! 悠のばか!」
「ごめんね。つい」
赤面しながら怒るなつめ。そんなにキレなくてもと思いましたが、よく考えたら僕が原因でした。
でも、たとえ見せたくない趣味だとしても、継続するのは良いことです。
ぜひこれからも、自分が納得できるように続けていってほしいです。
「もっと読んでみたいな。なつめの詩」
「ほ、ほんとに? からかったりせんと?」
「うん。誰かに読んでもらって、作品が輝くこともあると思うよ。さあ、心のブレーキを捨てて」
「悠……はっ! だめだめ、あやうく乗せられるとこだったとよ。まだ今は見せる時じゃなか!」
断られました。でも、周囲の人に見せるのが苦手という気持ち、ちょっとだけ分かります。
「ほら、まだ作業の途中やけん。あたしの聖域に入ったらいかんたい」
「えっ、あ、あの」
「じゃ、そゆことで。退屈なら、ゆりえに遊んでもらったらよかよ」
なつめは立ち上がり、ぐいぐいと僕を押します。
やがて部屋の外に追いやられました。ぱたんとふすまが閉じられます。
(自慢するの忘れてた)
当初の目的を達成できませんでした。
でも平気です。なつめの言う通り、今は二人暮らしじゃないですから。
―――――
しばしゆりえさんを探しましたが、家の中にはいないみたいでした。
最終的に庭へ出てみたところ、なぜか二メートル四方にだけ白雪が積もっていました。
その中心で、ごろごろと転がりながら寝ているのはゆりえさんです。
「あお向けだと正面があつい、うつ伏せだと背中があつい……よい案が思い付きませんわ」
大きな木の影に重なりながらのひとりごと。なつめよりも奇妙でした。
これはたぶん、涼を取ろうとしているのだと思います。雪女なので暑さは避けたいのでしょう。
「ゆりえさん?」
「はっ! ゆ、悠さま!? いえ、これはその……違いますわ。こほん、わたくし真面目です」
微妙に照れているゆりえさん。なつめとは違う、しとやかな反応です。
「雪なんて久しぶりです。僕も混ぜてもらってもいいですか?」
「ええ。もちろんですわ」
ゆりえさんは微笑みました。まさか夏浜町で雪が見られるなんて。
雪の布団に寝転がります。ふわり。なんだか、普通の積雪よりも優しい冷たさがありました。
「ひんやりしますね」
「はい。でも……悠さまのすぐ隣というのも、恥ずかしいものですね」
「え? あ……は、離れた方がいいですか?」
「ふふ。いいえ、このままでお願い致します」
ほのかに頬を赤く染めるゆりえさん。なつめとは違う、かわいい仕草でした。
遠くからセミの声が聞こえます。草木は夏風とともに踊っていました。
「そうだ。自慢したかったことがあるんです」
「なんでしょうか?」
今度は忘れずに言います。内容を伝え終えると、ゆりえさんは笑顔で期待してくれました。
「まあ。いいですね。あの音色は、久しく聞いておりませんでしたから」
「陽が落ちたら飾ろうと思ってます」
その頃になれば、なつめのポエム創作活動も終わるでしょうから。
「心配いりませんわ。すぐ夜になります」
「すぐ?」
どこかで聞いた会話を繰り出すゆりえさん。
「あっという間ですわ。悠さまの次の話が終わるより早いです」
「それ二度目です。なつめの時なんて、ほんとにすぐ夜になりましたけど、一体どういう仕組みで
―――――
「夜になりました」
「また!?」
夜です。さらっと奇跡です。少し明るさの残る夜空の舞台では、綺麗な星たちがまたたいていました。
家の方から元気な足音が聞こえてきます。なつめは手に、今まさに僕が自慢していたものを持っていました。
「見慣れぬものがあったとよ。子供の下手な工作みたいやけん。ゆりえの?」
「ううん……僕の」
ひどすぎます。手作りなので見た目は稚拙かもしれませんが、大事なのは音色です。
「悠の? うぷぷ、よく出来とるったい。せっかくだから飾ってあげる」
「笑うなっ! いいよ、それなら審査してみて」
手早く縁側に吊り下げるなつめ。からかう気満々といった感じです。
やや待っていると、優しい夜風が吹きました。
ちりん
ちりりん
風鈴が、空気の歩調に合わせて揺らぎます。
それは夏の夜を涼しく彩ってくれる、きらびやかでおだやかな音色でした。
「さすが、悠さまですわ。これからもこの音色が聞けること、とても嬉しく思います」
「ありがと、ゆりえさん」
ゆりえさんは褒めてくれました。聞き入ってくれて良かったです。
一方、ばつが悪そうな表情のなつめ。ばかに出来ない音色だったからのはずです。えへん。
「ま、まあまあよかったったい。さっきの言葉、謝ってあげてもよかよ」
「うん」
「……あたしが悪かったけん、ごめんね」
「うん。怒ってないよ」
意外と素直でした。普段の行いのせいか、五割増しで誠実に見えます。
「ところで、なつめは昼間、なにをなさっていたのですか? ずっと部屋にいたようですが」
「ふぇっ!? えーとね、なんやったかな? 悠!」
「なに?」
「あのこと、ゆりえには秘密! 言いちらかしたら(言いふらしたら)……分かっとるよね?」
「だ、だいじょうぶ」
怖いです。妖気ただよってます。やっぱりなつめは自由な妖怪です。
ともあれ僕の手作り風鈴は、無事に家の縁側に飾られることとなりました。めでたしめでたし。