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4.うしろめたいゆえ誠実対応

 いきなり庭の草むしりを手伝わされることになりました。

 とはいえ、まだ昼間になったばかり。ぼんやりと残る眠気を払いのけながら、庭先で作業をしていた最中のことです。


「失礼いたします……」

「あれ? ゆりえさんおはようござ、うわ! どうしたんですかその姿!」


 ふらりと庭に現れたゆりえさん。どういうわけか、顔や着物が全体的に黒くすす汚れています。


「あ、ゆりえー! ちょうど今、草むしりという名の楽しい遊びやってたけん。一緒にやらんね?」

「考えておきますわ……それよりも、休ませていただいてよろしいですか?」


 言葉巧み(?)に手伝わせようとするなつめですが、ゆりえさんにそんな気力はありません。


「どうぞ、座っててください。濡れタオルとか持って来ますね」

「さすが悠さまですね……ありがとうございます」


 ゆりえさんを縁側の日陰に案内します。綺麗な銀髪も汚れて台無しです。

 すぐさま台所に行き、タオルを冷水でしぼり、ゆりえさんの所まで戻ってきました。


「大丈夫ですか?」

「はい……どうにか」


 顔を拭くゆりえさん。少し落ち着いてくれたみたいでした。なにがどうでこうなったのでしょうか。


「……ふう。申し訳ありません。助かりました」

「でも、ゆりえの方から来るなんて珍しいとよ。なにがあったと?」

「いえいえ、たいしたことはありませんわ。ちょっと、自宅が全焼しただけですから」

「へー、なんだ、家が全焼しただけ、ええっ!?」


 びっくりするなつめ。衝撃的すぎます。口調が自然すぎて聞き逃しそうになりました。


「け、怪我とかしとらん!? 火事の原因は!?」

「なんとも言えませんわ。火の不始末はないので、何者かが放火した可能性もあります」

「ぬうう……もし犯人がいるんなら、あたしが見付け出して、ぼてくりこかして(めちゃめちゃ殴って)やるばい!」


 ゆりえさんのことを本気で心配するなつめ。

 悪い妖怪の仕業でしょうか。ゆりえさんの家に放火するなんて、言うまでもなく最低な奴です。


「犯人の推理ができるかもしれんけん。今の段階で、分かってることとかなかとね?」

「……そういえば、わたくしが眠りに落ちる寸前、家の裏手で爆発音らしきものが響きました」

「うーん、爆発にもいろいろあるけん。どんな感じの音やったと?」

「わたくしの推測ですが、……打ち上げ花火の音だったように思います。青色の火花でしたわ」

「へー、あたしも昨日の夜、おかしな方向に花火を暴発させ……え?」


 なつめの言葉が止まります。その理由は僕にも想像できました。

 青色の打ち上げ花火。なつめは話していました。新作だから自分以外は持っていないと。

 ゆりえさんが見たのも、青い打ち上げ花火。これら二つは、おそらく同じ代物です。


「なつめ? どうかいたしましたか?」

「う、ううん。こっちの勘違いやといいなーって」

「?」


 疑問系のゆりえさん。なつめも僕と同じ可能性を考えているようです。

 あまりにも、昨夜の花火暴発事件と時期が一致しています。これはまさか、


「あのさ、もしかして、なつめが放火の犯人なん」

「ああっ! なぜだか急にスライディングしたい心理状態にー!」

「うわあああ!」


 なつめが放った攻撃は足を的確に払い、僕は見事に転ばされました。

 ゆりえさんが不思議がっている間に、僕となつめは元の位置に戻ります。


「わたくしは一人暮らしですから、怪我人も、燃えて困るものもありませんでした」

「そ、そっか。ゆりえが無事で、よかったけん。人生いろいろあるったい」


 やや挙動不審な放火犯、じゃなくてなつめ。

 あの打ち上げ花火、かなりの飛距離がありました。ゆりえさんの家まで届いても変じゃないです。

 とんでもなく低確率ですが、なつめが暴発させた花火がゆりえさんの家まで飛び、自宅を燃やした。

 こう考えればつじつまが合います。偶然は、まれに起こるからこそ偶然と呼ぶのですから。


「ふふ、なつめは優しいのですね。久しぶりなので忘れておりましたわ」

「いえいえ、そんな、あたしのことはお気になさらず」


 丁寧語になるなつめ。うしろめたさゆえ。


「わたくしのために、こんなにも犯人を憎んでくれるなんて……あの時は」

「へっ?」

「あの時は、土下座させて申し訳ありませんでした。どうか、許していただけないでしょうか」

「許す! 許すからやめてー! 最初から怒ってなかったったい。ゆりえ大好きーって感じ!」


 深々と頭を下げるゆりえさんを、なつめは必死に止めようとします。

 それにしても、自宅が全焼したというのに、ゆりえさんは妙に落ち着いています。

 妖怪の価値観が特殊なのでしょうか。それとも夏浜町では、物より他者との繋がりの方が大切なのでしょうか。


「きっと犯人も、ゆりえを憎んでたわけじゃなかったと思うけん。偶然事故? みたいな?」

「だといいのですが……」

「ゆりえがどれだけ嫌われようと、あたしは、ゆりえの側から離れんたい。ずっと一緒にいよう。ね?」

「……そうですね。考えるのは、やめにしますわ」


 優しく笑い合う二人。一見すると、深い友情を感じる名場面です。

 しかし、なつめはゆりえさんを励ますふりをして、うまいこと自らの罪を隠そうとしています。

 そりゃ、ゆりえさんを元気付けようとする気持ちも、もちろん本物なのでしょうけど。


「そうだ。ゆりえはこれから、あたしの家に住むといいけん。おまけで悠もいるとよ」

「よろしいのですか?」

「もちろんよかよ! 火事はあたしのせい、じゃなくて、ゆりえのことは大切やしね」


 うっかり口をすべらせかけるなつめ。近々バレるんじゃないでしょうか。


「なつめ……ありがとうございます。たしか、草むしりという名の遊びをしてるんでしたよね? 手伝いますわ」

「ありがとー! 悠、ゆりえの軍手お願いねー」


 うまいこと、放火の事案をなかったことにしようとするなつめ。本当に落ち込んでないゆりえさん。

 妖怪たちの価値観を理解するには、もうちょっと日数がかかりそうです。


「あれ? こんなところに燃えかすが……花火でもしたのですか?」

「い、いやあ、ちょっとだけやけん。う、打ち上げ花火なんてしとらんよ!」

「暑いのですか? 汗だくになっていますが」

「へーき! 服の風通しが悪いだけったい!」


 タンスに向かう途中、二人の会話が聞こえましたが、僕からは何も言わないでおきます。

 こうしてまた一人、同居人が増えました。にぎやかになりそうです。


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