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32.ひそかにうつろう茜色と帰郷地域

 特に理由もなく台所に立ち入った僕が見たのは、うつ伏せで床に倒れているなつめでした。

 いきなり事件です。体を起こそうとする仕草を見る限り、どうやら意識はあるようです。


「なつめ!?」

「ううう……悠、気を付けるけん……ゆりえが」


 駆け寄って上半身を起こします。親友の名をつぶやいた直後、なつめはふっと目を閉じました。

 とはいえ気絶したわけではなく眠りに落ちただけみたいなのですが、


「なつめーっ!!」


 なにかの主人公みたいに絶叫せずにはいられませんでした。一回やってみたかったんですよね。

 なつめを床に寝かせ直します。運べるほどの筋力はありませんので。


(にしても、誰が)


 僕は縁側にいました。外部からの侵入者がいたのなら気付けます。

 となると内部犯。僕となつめ意外の誰か。まさかゆりえさんが。いやでもそんなはずは。

 しかしなつめは遠慮しない性格です。軽いけんかが激化した末に、ゆりえさんが勢いあまってなつめをどかーんと。


「……ありえる」


 それも充分に。となると真相を知ってしまった僕は、ゆりえさんにとって抹殺すべきターゲット。

 逃げなければ。瞬時に逃走経路を演算。敵に会わずして敷地内から出る手段を脳内シミュレーション。オーケー完了。

 勢いよく立ち上がって振り向きます。そこで僕の命運は早くもピリオドを迎えました。


「ゆ……ゆりえさん」

「悠さま……見てしまったのですね」


 いつの間にか背後に立っていたゆりえさん。おぼつかない足取りのまま近付いて来ます。

 この虚ろな表情。まさか本当になつめを。だとしたら第一発見者の僕も。

 覚悟を決めて目を閉じます。いい人生でした。ゆりえさんの手で抹殺されるなら本望です。ありがとう夏浜町。ありがとう優しかったみんな。


(……あれ?)


 どかーんと来ません。痛みを感じる間もなかったのでしょうか。

 薄目を開けた僕が見たのは、僕に向かってドミノのように倒れて来るゆりえさんでした。


「ぐっはぁ!」


 いきなり体重を預けられた僕は後方に転倒。背中と後頭部を木の床にがつーんします。

 ぎゅっとのしかかるゆりえさん。体の痛みと適度な重み。別の意味で抹殺されそうでした。


「わたくしだめですわ……うまく力が入りません」

「だ、大丈夫ですか早く起きないと! けど僕だけじゃ動けなああす!!」


 がっちりホールドが決まっていて脱出できません。やがて聞こえたのはゆりえさんの寝息。

 まさか目が覚めるまでずっとこのまま。誰にも邪魔されず。ふうむなるほどそう来ますか。抱き枕的なシナリオも悪くない、


「やあ。心配になって来てみたら案の定だネ」

「え、な、ミーさん?」


 と思ったら中庭に現れやがったじゃなくて来てくれたのはミーさん。不法侵入お疲れ様です。


「助けてあげるヨ」

「本当ですか! ありがとうございます、ちっ」

「イマ舌打ちしたかい?」

「んなことないです」


 ミーさんに手伝ってもらい、二人を居間に寝かせることに成功しました。

 じろじろと二人を観察しているミーさん。白衣を着てなかったら変態にしか見えません。


「憑依後遺症だネ」

「な、なんですかそれ」

「憑き物が治まった後の症状でネ。一ヶ月ほど体がだるくなるんだヨ。少しずつ良くなっていくサ」


 さすが腕利きの医者。変態みたいだと考えたのは取り消します。


「でも……ずっとこのままだとつらそうですよね」

「キミは優しいネ。二人のことが好きなのかい?」

「だ、だまれですよ! なにか早く治す方法とか知りませんか!?」


 ムキになって言い返します。図星だからあせったとかっていうのは断じて違います。


「あるよ。ルビードロップの実を食べさせれば、すぐに体調すっきりサ」

「ルビードロップ?」

「ニミリくらいの小さな赤い実でネ。見付けるのは大変だけど探すかい?」

「……決まってます」


 やるかやらないかを問うミーさん。なんと無意味な選択肢でしょうか。

 白衣の胸ポケットからメモ帳とペンを取り出し、さらさらと生息地の地図を書いてくれました。

 なつめとゆりえさんには役目がありますから。人間の世界に帰る僕を、できるだけ元気な姿で見送るという使命が。


―――――


 夕空になるまでルビードロップを探し続けましたが、残念ながら見付かりませんでした。

 発見確率の低さに加えて、雑木林を埋め尽くす背の高い雑草。日没が視界を狭くしていきます。

 汚れた手に痛む背中。体は疲労感に支配されているのに、心は不思議と後ろを向きませんでした。


(なつめとゆりえさんは……必ず僕が)


 一日でも早く二人の笑顔が見たい。ただ待つだけなんて満足できない。

 まるで子供のような感情。でも、大切な人の姿を想いながら行動できたのは初めてでした。

 ルビードロップを見付けて、なつめとゆりえさんが元気になって。人間の世界に行く時の見送りを頼んで、あの人と再会して。そうしたら僕は。


(僕は……どうなる?)


 人間の世界と夏浜町。二つは近いようで遠い。

 僕の気持ちがどう変わるのか、いかに現実が動くのかを知るのは、永遠に流れていく月日のみです。


「ひゃあ! 動物!?」

「どうした桐谷!」


 聞き覚えのある兄妹の声が背中側から。

 重い腰を上げて向いてみれば、滝沢さんと桐谷さんが立っていました。


「って悠くんじゃん! 顔も服も土汚れすごいよ! なにやってんの?」

「あ、いやこれは。二人こそどうしたんですか?」

「キノコ採りだな。さあ正直に言うんだ悠くん。探し物の途中なんだろ?」

「……白状します」


 言い訳がひらめきません。もう長いことルビードロップを探していた旨を話しました。

 なつめとゆりえさんの症状も伝えます。それを聞いた滝沢さん。すかさず興奮して言いました。


「待ってくれ、ようやく俺の出番じゃねえか」

「滝沢さん、手伝ってくれるんですか?」

「俺が勝手にやるだけさ。悠くんは遠慮なく休憩しててくれ、ほら」


 ポケットから出した新品のタオルを投げ渡してくれた滝沢さん。

 そんな爽やかな滝沢さんを、ジト目で見つめていた桐谷さんが一言。


「とかなんとか言って、なつめちゃんに感謝されたいから頑張るんでしょ」

「ばっちげーし! ふわふわキュートなつめさんのことは考えてなかったし!」


 あからさまに取り乱す滝沢さん。ふわふわキュートて。なつめへの愛は絶賛燃焼中みたいです。


「せっかくだからボクも手伝うよ! だめって言ってもだめだからね」

「桐谷さん……ありがとうございます。せっかくのキノコ採りなのに」

「べ、別に悠くんのためじゃないから! めんどいし早く終わらせたいだけなんだからねっ!」

「……ツンデレ?」


 さりげに上手い桐谷さん。二人が協力してくれるなら心強いです。

 誰かが側にいてくれること。自分を見ていてくれること。なによりも安心できる現実です。

 あの人も、すぐ隣で僕を見守ってくれていました。だから僕は、


「滝沢さん、桐谷さん」


 今も人間の世界で暮らすあの人に、


「僕は……人間の世界に行きます。会えるのは、これが最後になるかもしれません。もしそうなっても、滝沢さんと桐谷さんのこと、死ぬまで忘れないです」


 直接会って、元気な姿を見せつけてやりたいです。夏浜町に戻れなくなるとしても、それが僕の成すべきことですから。

 つかの間の、静寂。

 滝沢さんと桐谷さんは、顔を見合わせて同時に笑いました。


「俺たちこそ忘れないさ。離れてても仲間だ」

「頑張ってね悠くん。ずっと応援してるよっ」


 計算なんてない言葉。不安定な僕の背中を力強く押してくれました。


「……はい!」


 夏浜町に来てよかったです。素敵な二人に出会えましたから。なつめとゆりえさんをよろしくお願いします。

 探し物を再開します。そろそろ帰宅を意識し始める頃の、無造作にかき分けた雑草の中。

 斜陽を受けて赤く染まるルビードロップの実は、その身を隠すように生息していました。

 旅立つための支度は整っていきます。もうすぐ僕は、夏浜町からいなくなります。

 丘の向こうの壮大な夕陽は、グラスに溶ける氷のように、地平線のかなたに消えていきました。


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