3.なつめと二人きりの炸裂花火
縁側が僕の定位置です。いつも同じ場所ばかりにいて、なんかすみません。
蝶でもいないかなと景色を眺めていたところ、ふいに、重みのある何かが頭に乗せられました。
「じいさんや、今夜は花火でもやらんかね?」
なつめです。確かに縁側にばかりいますけど僕は老人ではないです。
僕の頭に乗った物は、透明の袋に入った花火セットでした。大小いろいろたくさんあります。
「うん、いいけど……その花火、いつどこから買ってきたの?」
「あたしの知り合いに、花火師のおじさんがいるけん。その方を脅迫、じゃなくて、頼んだら譲ってくれたとよ」
「今なんか物騒なこと言わなかった?」
「気のせいばい」
嘘つき疑惑発生です。
僕とゆりえさんが出かけた日、なつめは花火師のおじさんを脅していたのでしょうか。
「まあ、いっか」
「どうしたと?」
「ううん。なんでもない。まだ夜までは結構あるよね。なにしよう?」
「大丈夫。ほんの一瞬で夜になるったい。次の悠の話が終わるまでに」
おかしなことを言い始めるなつめがいます。だったら試してみます。
「まさか。そんなわけないよ。太陽だってあんな高くにあるん
―――――
「夜になりましたー」
「え!? 夜だ! うそ、なんで!?」
広い星空がありました。夜の風はおだやかで、さらさら涼やかに流れています。
「さて、じいさんや、準備をしましょうか」
「う、うん」
原理は不明ですが、これだけは言えます。夏浜町って本当に不思議ですね。
水の入ったバケツを台所から持参します。なつめはすでに、庭で花火を広げていました。
僕も庭に出ました。準備完了です。火をつけるための道具はいりません。
「始めるけんね」
なつめがぱちんと指を鳴らします。
すると、空中三メートル程の位置に、淡い紅色の火が出現しました。これは明かりの代わりです。
続いて、すぐ側の足元にも小さな赤色の火が灯りました。こっちはロウソク代わりです。
「狐火って便利だね。卵焼きとかに使えそうだもん」
「ばってん、上手く焼くのは難しいとよ。弱火を操れるかどうかが、狐の実力の分かれ目たい」
「へー、難しいんだね」
不思議な現象を目の当たりにしても、会話は日常的な僕らなのでした。
なつめは狐の妖怪です。これは狐火と言いまして、なつめの能力です。
ようやく花火開始です。まずは手持ち花火を探します。やっぱり最初は小さなやつからで、
「まずは景気付けに打ち上げ花火からばい!」
「ちょっ、そんな最初から、うわわわ!」
と思いきや、なつめは即座に、どこからか持ち込んでいた巨大な打ち上げ花火に点火しました。
激しい火花の後、大玉が打ち上がります。ぐんぐんと空にのぼります。一向に勢いは衰えません。
「……」
「…………」
なかなか爆発しません。すごい飛距離です。
ややあって、はるか空中に綺麗な花が咲きました。しかもその花火、珍しいことに淡青色の炎です。
「おじさんにしか作れない色の花火やけん。今のところ、あたししか持ってないらしいたい」
「こ、怖かった……」
なつめは感激していますが、僕は打ち上げ花火から逃げた緊張感のせいで、ろくに集中できませんでした。
同じ打ち上げ花火は、もう一つあります。やはり最後がふさわしいです。
今は静かにやります。手持ち花火に火をつけると、鮮やかな緑の炎が吹き出しました。
「泥棒するとよ」
そっと隣に来たなつめは、僕の花火の先端に、自分の手持ち花火を重ね合わせます。
なつめの花火からも、緑色の炎が出ます。無事に盗まれてしまいました。
「なつめって、ずっと夏浜町に住んでるの?」
「まーね。ここはいい町やけん。知れば知るほど飽きんとよ」
「家族はいる?」
「妖怪には、基本的に肉親はおらんけん。他人同士、みんなで助け合いながら生きとるったい」
「友達って、ゆりえさんだけ?」
「し、失礼なこと言うもんじゃなか! まったく悠は……言うもんじゃなか!」
慌てながらの繰り返し。実は友達少ない人なのでしょうか。
けど、友達なんて一人いれば充分です。多い方が偉いとか嘘ですから。人数よりも相性です。
「でもあたしは、ゆりえのこと、すごく好いとうばい。もし叶うなら一緒に住んで、寝起きドッキリされてみたいとよ」
「へ、変な願望だね」
「ゆりえもあたしのこと好いててくれたら、嬉しいんやけどねー」
なつめの楽しげな様子を見ていると、そう素直に思えました。
それにもう、なつめの願いは叶っています。なつめの手の中で消えた雪花が、なによりの証です。
「ゆりえさんって、すごく優しいもんね。きっと大丈夫だよ」
「そーかな? あたしのこと土下座させたけん。えずい(怖い)ところもあるとよ」
「それはなつめのせいでしょ。温泉に飛び込ませたりするから」
「どうして知っとうと!? ははあん、ゆりえに吹き込まれたけんね。今すぐ忘れさせてあげるばい!」
「わー頭がー!」
燃焼中の花火を捨てたなつめは、僕の髪をぐしゃぐしゃし始めました。
僕の花火は消えていたので危険はないですが、僕の毛根がピンチです。
どう逃げようかと考えていた、そんな時でした。
「あれ、後ろから変な音聞こえない?」
「へ?」
導火線が燃える音。同時に振り返ります。付近にあるのは、なつめが広げていた大量の花火。
どうやらその中心に、なつめが投げ捨てた花火が落ちたらしく、すでに炎は複数の花火に点火されていました。
「は、早く消さないと! そうだバケツの水を!」
「水はいかんたい! 他の花火もダメになるから、おじさんの職人魂に申し訳ないけん!」
「脅迫した人の言うことじゃないよ!?」
非常時にも関わらず、僕が持つ水入りバケツを制止するなつめ。
結論から言うと、これが最後の機会でした。鮮やかに燃える花火たち。
その炎は、ついに巨大打ち上げ花火にまで引火。太い導火線がチリチリと鳴き始めます。
「に、逃げるばい!」
「うわあああ!」
かつてない全力逃走。射出されるロケット花火。
空飛ぶ笛の多重奏が、僕らの頭の上をぎりぎりでかすめていきます。
巨大な打ち上げ花火は大砲のように発射され、斜め方向にかなた遠方まで飛んでいきました。
おだやかな夜の庭も、今は爆心地。こげ臭さを感じつつ、走る速度を緩めないままに考えます。
今度から、花火は大人の人と一緒にやろうと。