28.詫びの気持ちは土下座と愛情合戦
夕暮れ時の朱空の下、居間にて。なつめとゆりえさんの土下座が僕めがけて炸裂します。
「申し訳ありませんっ! いくら憑き物とはいえ、悠さまを抹殺しようとするだなんて……」
「そんな、謝らないでください。ゆりえさんは被害者だったんですから」
「ごめんねっ悠! あたしたち、悠のこと大切なの忘れてたとよ。どーか許してほしいけん!」
「まったくなつめは。日ごろの体調管理は、もっとしっかりしてよね」
「えー!? あたしにだけひどかよ悠!」
と、ある意味お約束な会話を済ませました。どうも長月悠です。
二人とも、わざわざ昼間の襲撃の件を謝りに来てくれました。どっちも元気そうで一安心です。
「なつめ、ゆりえさん、おもてをあげい」
そろそろ、二人の顔が見たくなりました。
「今日のことは忘れましょう。僕は、いつも通りの二人が好きです」
「ですが……悠さま」
「大変だった記憶も、月日が過ぎれば思い出になりますから」
これについては自信がありました。実際に自分が当てはまるからです。
世界は変わります。空の色も風の温度も、地上で生きている僕たちも。
でもゆりえさんは、心配そうな表情を崩しません。本当に優しいです。なつめも見習うべきだと思いました。なぜって、
「よかったー! さあ、自分の部屋でのんびりするとよ。土下座疲れたー」
「あ、なつめは居残り。反省が足りないから」
「ひえっ!?」
こんな態度ですから。いつでも自分に正直なのは良いことですけど。
―――――
ようやく一段落付いた夜、再び居間にて。なつめとゆりえさんから左右はさみ打ちをくらう僕。
正面のちゃぶ台には、ちょっとした果物や野菜が置かれています。食べやすい大きさに切られた。
「ほら悠、口あけて。あーんしたげるけん」
「いいえ悠さま。なつめのスイカより、こちらのトマトが美味しいですわ。あーんしてください」
「いやいや悠、きゅうりも意外といけるとよ。ぐりぐりーっとね」
「げほっん゛っ!」
僕の口に次々と食物をねじ込んでくる二人。戻しそうになりました。
夕方の謝罪の延長戦でしょうか。ありがたいような、これはこれでつらいような。
「ちょっとゆりえー! 悠がむせてるけん、無理やりはいかんたい!」
「わたくしの時は、まだ余裕がありましたわ。なつめこそ、女の子なら加減を覚えるべきです」
「あっあー! 言ったらいかんこと口にしたとね。それなら女の子のたしなみ、相撲で勝負ばい! きええええ!」
「乗りましたわっ! やああああ!」
立ち上がって組み合う二人。相撲って女の子のたしなみでしたっけ。
戦いの間に口の中のものを飲み込みます。危うかったです。モザイクかかるところでした。
「あの、夜だしあんまり暴れない方が」
「ぬぐぐぐ……えっ? なんか言ったと?」
「うううう……だ、大丈夫ですわ悠さま。なつめなんてひとひねりにして見せますから」
「なにをーっ!」
「やーっ!」
全力をぶつける二人。しかし動かず。仲良しは似ると言いますが、まるで水平になった天秤を見ているようです。
すいかでも食べながら観戦します。うん、やっぱり一種類ずつ味わった方がおいしいですよね。
―――――
あとは寝床に入るだけという頃。居間には三人分の布団が敷かれています。
右側はなつめ、左側はゆりえさん。真ん中の布団が不自然にあいてます。
「さあ、添い寝の準備は出来ておりますわ」
「え、別に僕は一人で」
「とか言っちゃって、あたしたちの隣がいいくせに悠ってば照れ屋ー!」
「ぐわー!」
なつめから背負い投げをくらった僕は、布団の上で仰向けに倒れました。
「腕枕いたしますね」
「へへーん、ゆりえが腕枕なら、あたしは悠を抱き枕にするけんねー!」
「んなっ! なんとだいたんな……わ、わたくしも失礼いたします!」
「丁度よか大きさしとるったい。ぎゅーっと」
「……動けない」
すかさずなつめとゆりえさんの抱きつき攻撃。あたたかいのと冷たいのが左右から。ちょっとした新感覚でした。
(どきどきする……でも、久しぶりだなあ)
こうして誰かに抱きしめてもらったのは、いつ以来だったでしょうか。
心臓が脈打っているのは、緊張のせいだけではないように感じました。
「悠さま? なにやら無口になられましたね」
「あ……すみません。人間の世界にいた頃のこと、思い出しちゃって」
「そういえば、どうして悠は夏浜町に来たと? よかったら教えてほしいけん」
思い出したように言うなつめ。今日まで聞かないでいてくれて感謝です。
今なら話せそうです。いずれ打ち明けたいと考えていたことを。ふっと天井を見上げました。
「……僕の帰りを待っている人は、人間の世界にはいないんだ」
「……」
「家族みんな、死んじゃったからね。残ったのは僕だけなんだ」
センチメンタルを許してくれる夜の空気が、室内を歩き回ります。
「でも、一人だけ、僕に会いたがってるかもしれない人がいる。昔の僕は、その人に反抗ばっかりしてたんだけどさ」
メランコリックを防いでくれる鈴の音色が、静かな空間を飾ります。
「……僕は、あの人に会いたい。謝りたいとか、お礼を言いたいとかじゃない。ただ、会って話したい」
二人は言葉を挟まないまま、黙って僕の話を聞いてくれていました。
「みんなが勇気をくれたから。僕だけだったら、弱いままだった。なつめやゆりえさんには、本当に感謝しきれない――」
感情の高まりに任せて横を向いてみます。なぜ二人は無口だったのか。
答えが判明しました。なつめもゆりえさんも、小さな寝息を立てながら目を閉じています。
(寝てるんかい!)
なんという早技。退屈な話ですみません。憑き物のせいで疲れていたのでしょうか。どちらも幸せそうな寝顔です。
「よっこらせ、っと」
もぞもぞと、二人の抱き付きから外れます。
なつめの部屋まで行き、布団をかついで戻り、起こさないよう二人にかけてあげました。
おだやかな気持ちです。あの人も、僕の面倒を見てくれていた時は、こんな安らぎを体感していたのでしょうか。
(今も、元気かな)
きっと達者で生きています。そして、僕のことも絶対に覚えています。
けれど、もしも無事に再会できたとしたら、
(僕は……どっちで暮らすべきなんだろう)
肉親のいない僕にとって、あの人は家族同然。僕が生まれ育ったのは人間の世界。おまけに今の僕は守られている立場です。
なつめたちと別れたくありません。でも、僕の力だけではどうにもならない現実もあります。大海のうねりにあがなえないのと同じように。
(どう、なるのかな)
選択肢は一つだけなのに、僕はなにを悩んでいるのでしょうか。
なつめのほっぺをむにむにとつまんで遊ぶ中、どっちつかずな考えは、いつまでも頭の中を回り続けていました。