26.ひとつ残された強引な救済行為
ミーさんからの言い付けを守り、たまには診療所まで足を運びます。
なにしろ僕は今や妖怪。体に異変が出ないとも限らないので、念のための健康診断です。
「こんにちはミーさん。もしよかったら診察を、ってうわあ!」
扉を開けて挨拶をした瞬間、室内から飛び出した誰かが僕の横すれすれを駆けていきました。
そのまま謎の人物は遠くに疾走。後ろ姿だけだと滝沢さんに見えます。いつもと様子が違いますけど。
「やあ、よく来たネ」
「あの、もしかして今の、滝沢さんですか?」
回転椅子に座るミーさんに質問を投げかけます。
「ん、まあ否定はしないヨ。キミには話しておくべきかもしれナイね」
「……ミーさん?」
背中を向けて言葉を濁すミーさん。なんとなく嫌な空気が生まれました。
ここは診療所。病気などを診察するための場所。なぜ滝沢さんは来ていたのか。他者には分からない症状を抱えているから。
滝沢さんは走り去った。僕がいたことを意識できないくらい慌てていた。どうして取り乱す結果に至ったのか。なにかをミーさんから宣告されたから。
「ま……まさか」
「手遅れだヨ。すでに末期なんだ。おそらく彼は、モウ治らない」
「え、えええっ!」
うつむきながら話すミーさん。そんな、ふんどし姿でブリッジするほど元気な滝沢さんが。
なつめのためにバタフライ魚捕りした滝沢さん。ブーメランパンツが似合っていた変態、じゃなくて滝沢さん。様々な思い出が頭を巡ります。
「ワタシたちに出来ることは、彼の結末を見守ることかもしれないネ」
「……いいえ」
なにかをするのに遅すぎることなんてないです。僕たちは、いつからでも変われます。
「滝沢さんのためにできること、考えてみます。まずはみんなに知らせに行かないと」
「え? あ、でもホラ、本人の気持ちもあるしソコは秘密にしてあげ」
「無駄ですよ止めても! 滝沢さんは仲間ですから! 僕らが力になります。うおおおお!」
ミーさんの言葉を無視して、僕は診療所から走り出しました。
滝沢さんには、一人で抱え込んでほしくありません。心の重石を取り除けるのは、自分じゃなく周りのみんなですから。
―――――
「ひえええ! そんな、どーして滝沢が!?」
「なんでだろう……誰にでも起きるのかな、こういうことって」
とりあえず家にいたなつめに打ち明けます。なつめも驚いていました。
末期と言うからには、あまり期間は残されていないはずです。なつめの行動力が頼りです。
「こ、こうしちゃいられんばい! 滝沢のために急いで準備してあげんと! そりゃあああ!」
「準備?」
切り替えの早いなつめは、おたけびを上げて玄関から出ていきました。
そして入れ替わるように、ゆりえさんと桐谷さんが室内に入ってきます。
「びびりましたわ……あら悠さま。なつめの暴走理由をご存知ですか?」
「こんちわっ悠くん。たまたまゆりえちゃんと会ったから来ちゃった」
ほがらかな様子の二人。いずれ知るだろう滝沢さんの病状。話すなら早い方がいいに決まってます。
「ゆりえさん、桐谷さん。相談があるんです」
不思議そうにする二人。僕は意を決して、診療所でのミーさんとのやり取りを伝えました。
滝沢さんの病が末期であること。おそらく治らないだろうこと。滝沢さんのためになる行動を探していること。
「そうですか……滝沢さんが。でも、桐谷さんのお気持ちを考えると……わたくしは」
ぐっと感情をこらえるゆりえさん。
本当につらいのは、僕たちじゃなく桐谷さんです。痛ましい表情を覚悟しながら、おそるおそる桐谷さんを見てみると、
「あははは! 末期かあ、うん! たしかにそうかもしれないね」
なんか爆笑してました。まさか、あまりにもショックが大きすぎたせいで。
「たぶん治らないよ。あにきの、なつめちゃんに対する恋の病は。かなりこじらせてるもん」
「…………恋の病?」
余裕の桐谷さん。どうも裏事情を知っているみたいでした。
「あにきね、ミーさんに注意しに行ったんだ。なつめちゃんに告白するから、今度こそは邪魔しないでくれーって」
桐谷さんの説明で、以前の祭りでの出来事が思い出されます。
あの時ミーさんさえ呼びに来なければ、三度目の正直で滝沢さんは告白できていたはずでした。
「でもあにき、ミーさんにからかわれてさ。どれくらいなつめちゃんが好きなのか、あつく語っちゃったんだって」
滝沢さんは割と直球な男です。ひょうひょうとした性格のミーさんにはめられても不思議じゃありません。
「そしたら、その喋りをミーさんに録音されてたらしくてね。イイものが録れたヨ、とか言われちゃったみたい」
つまり滝沢さんは、余命宣告をされたから走り去ったわけじゃなくて、
「で、あにきは恥ずかしくなって診療所から飛び出したってわけ。安心して、病気じゃないよ! ボクが保証するから!」
ただ単に、ミーさんにいじられて超恥ずかしかっただけみたいでした。
なんと紛らわしい。あとでミーさんに文句言います。桐谷さんがいなかったら誤解を広めてしまうところでした。
「なあんだ、病気ではないのですね……でも、安心いたしました」
「ミーさんの説明が悪かったんだね。後でボクが二、三発なぐっとくよ」
「ですね。怪我させない程度にお願いします」
早とちりした僕も悪いですけど、やはり主犯はミーさんだと思います。
しかしよかったです。勘違いも解けて問題は全て解決。これにて一件落着めでたしめでたし、
「あ」
じゃなかったです。約一名、家から緊急発進したままの妖怪がいました。
今ごろ滝沢さんのところに着いてるかもしれません。早く追いかけて教えてあげないと。
―――――
桐谷さんの案内で滝沢さんのいる川原に行ってみると、すでになつめが対面していました。
互いに向き合うなつめと滝沢さん。滝沢さんは状況が把握できていません。
「滝沢……悠から聞いたとよ。大変なことになったみたいやね」
「大変なこと? なんかあったかな……ああでも、真面目な表情のなつめさんも素敵です。よければこれからどこかに」
「ことわるっ!」
「……がっくし」
誘いを断られて落ち込む滝沢さん。さすがにタイミングが悪すぎました。
なつめは何かを後ろ手に隠しています。滝沢さんへの贈り物でしょうか。花束とかキュウリとか。
「あたしは滝沢のこと、どちらかというと好きったい。悩みがあるなら解決してあげたいけん」
「ま、まじですか! ありがとうございます。けど俺は特に悩みなんて」
「……隠さなくていいとよ。これから先、滝沢が色々と大変な思いをするくらいなら、あたしが」
なつめは背中に隠していた物体を、静かに体の正面にかまえます。
それは花束でもキュウリでもなく、太陽光を反射して、ぎらりとかがやく出刃包丁でした。
「なっ、なつめさん! 一体なにを!?」
「あたしが、すべての悩みを忘れさせてあげるばい! 死ねっ滝沢ー!」
「うわあああ! なつめさんが乱心だあああ!」
「しゃあああ!」
殺意を抱いて滝沢さんを追うなつめ。大変です殺人鬼が現れました。
あまりに斜め上の行動。物陰から見ていた僕らも、なつめを止めずにはいられませんでした。
(もしかして、なつめなりの励ましなのかな)
追いかけながら僕は考えます。滝沢さんを驚かせるための演技ですきっと。
なつめは本気で包丁を振り下ろしてますけど大丈夫です。滝沢さんの白刃取りが決まったので。以上、現場からでした。