24.ある若者の成長における人生相談
これだけ長く一緒に暮らしているなら、もう僕たちは家族と言えるんじゃないかなって思います。
それにともなって、ある悩みが生まれました。
「こんにちは悠さま。今日も良い天気ですね」
「はい。夏浜町は雨がないからいいですよね」
「ふふ、本当ですわ」
そうですこれです。僕がゆりえさんに敬語っておかしいですよね。
僕だって、もっと気さくにゆりえさんとだべってみたいです。なつめがうらやましすぎます。
自分では改善できませんでした。仕方がないので、明るさに定評のあるなつめに居間で相談したところ、
「そんなの普通にしてればよかよー」
と、なんの役にも立たない回答をいただきました。あいまいすぎて困ります。
「でも悠、あたしには割と最初の頃からタメ口やったとよ。どうしてー?」
「なんか、なつめには敬語を使わなくてもいいかなと思って」
「なまいきなあ!」
「いたっ」
なつめからの軽いげんこつ。正直に言ったのに叱られるなんて。
「距離感が大切やね。あたしは初めて会った人でも、昔からの仲良しだって思うことにしとるったい」
「へえ……」
「だから悠だって、慣れればゆりえとも仲良く……へ? なにその顔?」
「なつめって、距離感のこと考えてたんだね。てっきり無神経なだけかと」
「だまれっー!」
「あうち」
二発目。さっきより強いですけど弱いです。
なつめの意見もなかなかいいと思いました。ちょっと、いやかなり練習が必要ですけど。
他の人の答えも聞きたい。そう考えて散歩に出た公園で会ったのは、暇そうな桐谷さんでした。
「桐谷さん、実は相談がありまして」
「いいよっ悠くんなら。まずキスをする時は、こうやってお互いに抱き付いてから手を――」
「ちょっ! 違います違います! 桐谷さん顔近いですってば!」
「なあんだ、違うの」
桐谷さんの素早い抱きつき。寸前で解放されました。あと少し遅れていたら危険でした。
ゆりえさんの件を打ち明けます。桐谷さんはなつめと違い、真面目に考えてくれました。
「ゆりえちゃん、幸せ者だね。悠くんの気持ち、きっと伝わってるよ」
「だといいですが……」
「ボクとしては、大事なのは心だと思うなっ。でも、悠くんは敬語を直したいんだよね?」
「はい。たまには普通に話してみたいなって」
「うーん……えっと、そうだなあ……悠くんの希望を叶えるには、あれも違うこれも違う、むむむ」
深く考え込んだきり黙ってしまう桐谷さん。そんなに悩んでくれるとは。
大切なのは心。それもそうですが、相手にまっすぐ気持ちを伝えるには言葉も大事です。
言葉だって心の一部です。行動と言葉が仲良くなることで、より正しい形で思いが届きますから。
「……ぐふっ」
「え、どうしたんですか桐谷さん」
「ちょっとね……少ない脳みそ使いすぎたみたい。ボクはもう、だめです」
「くっ、桐谷さんの命は無駄にしません!」
吐血して(嘘です)倒れる桐谷さん。ここまで親身になってくれるなんて、滝沢さんは素敵な妹を持ちました。
桐谷さんの屍(寝てるだけ)を越えて走ります。その道中、川辺にて滝沢さんと会いました。
「滝沢さん。ゆりえさんのことで相談が」
「なるほどな。ついに悠くんも告白か……さあ、勢いに任せろ若者よ!」
「桐谷さんみたいな勘違いしないで下さい!」
さすが兄妹。似た者同士。本題を説明します。
「なつめさんの友達だもんな。ゆりえさんも素敵な人なんだろ?」
「はい。なつめは乱暴で、気まぐれでうるさくてなれなれしくて。ゆりえさんはすっかり正反対です」
「ははは。まあ俺は、なつめさんのそういうとこ好きだな」
なんだか若者みたいな会話をする僕たち。きっと今どきの学生ってこんな感じです。
「直球で言うってのはどうだ? ゆりえさんは家族だから敬語をやめるようにします、みたいなさ」
「度胸いりますね……でも、結局それが一番いい気がしてきました」
「ああ。俺みたいにはなるなよな。……なつめさんに告白できなかった俺みたいには」
「……いろんなものに妨害されてましたよね」
鼻水とか花火とか妖怪包帯男とか。
一体どれが正解なのでしょうか。確信の持てる答えは探せませんでした。
とはいえ、考えすぎても仕方ないです。そろそろ夕方。また明日から頑張ってみます。
「悠くん。役に立つかは分からんけど、ワンポイントアドバイスだ」
「え」
滝沢さんは、別れ際に格言を残してくれました。
男なら、いつかは実行するべき名言が役立つ場面は、早急なことに帰り道の中で訪れます。
―――――
家までの道の途中にある小さな公園。
とある大きな木の幹に、はきものを持ち、困った様子のゆりえさんが寄りかかっていました。
「ゆりえさん。どうかしましたか?」
「悠さま……実は、鼻緒が切れてしまいまして」
よく見れば、ゆりえさんが持っている草履は、足の指をかけるヒモの部分が切れています。
修理の知識や道具なんてもちろんなし。なにより、ゆりえさんを素足で歩かせるわけには。
――弱くてもいいから男らしく行くんだ。
滝沢さんの言葉が頭の中で反響します。すぐに決めました。僕の考える男らしさは。
「おんぶします」
「え?」
ゆりえさんに背を向けてしゃがみます。
「乗ってください。急行とは言えませんけど」
「悠さま……よろしいのですか?」
「大丈夫です。家ぐらいまでなら軽々と歩いてみせまんべっ!」
ゆりえさんが乗った瞬間、僕は前のめりにつぶれました。大丈夫です慣れてないだけです。
「あああ! すみませんわたくしのせいで!」
「ちっとも問題なかとです……だいたいのコツは分かりました」
再挑戦。ゆりえさんが軽いおかげで、今度こそ立ち上がれました。
歩き始めます。まさか僕が、ゆりえさんの役に立てる日が来るなんて。
もうすぐ夕暮れ。太陽とは、しばしのお別れ。
「たくましくなられましたね」
「そうですか?」
「なつめの言う通り、少年から青年になりつつありますわ。以前と変わらずかわいらしいですが、今は頼りがいも感じます」
きっとゆりえさんは、優しく微笑みながら話してくれています。
そういえば最近は、靴がきつく感じる時があります。やや大きかった服も合うようになりました。
「ゆりえさん」
なにげない毎日は、僕たちをおだやかに育ててくれます。無理に終着点を決めなくても、風の行き先は勝手に移り変わる。
「はい。なんですか?」
「僕、みんなに相談してたんです。ゆりえさんは家族だから、どうすれば僕は敬語を止めれるかって」
同じ風景が続くから、僕たちは休息できる。もどかしさがあるからいい。
「でも、僕は間違ってたみたいです。大切なものは、もっと別のところにありました」
「別の、ところ?」
「やっぱり、それも話した方がいいですか?」
ちょっと恥ずかしいですが、ゆりえさんが望むなら打ち明けます。
「……いいえ、想像してみます。だって、その方がきっと素敵ですから」
僕を抱きしめるゆりえさんの力が、ほんの少しだけ強くなりました。
自宅までは、まっすぐ一本道が続いています。
でも叶うなら、このまま道に迷ってしまえたらいいのに。そう願わずにはいられませんでした。