22.対決の果てに待っていた青年感情
ゆりえさんに教えてもらった森林公園に一人で来ています。たまの単独行動も乙なものです。
こんな場所で昼寝をしたら、さぞかし心地いいでしょう。木製のベンチに寝転がり、静かに目を閉じ続けてみました。
「よっこいしょーいち」
「うっぐ!?」
突如として腹部にのしかかる重み。一昔前に流行っていそうな掛け声。
吐き気をもよおしながら起き上がると、側には桐谷さんが立っていました。
「あはは、ごめんね。ゆっくり座るつもりだったのに、足すべって思いっきり体重かけちゃった」
「殺す気ですか!? 無事だからいいですけど」
明るく謝る桐谷さん。あははじゃないです。一歩間違えれば診療所送りでしたから。
「ごめんごめん。じゃあ、悠くんが吐きかけたお祝いに、ボクの頼みを聞いてくれないかな?」
「言葉おかしいですよ! でも大丈夫です。僕に出来ることなら」
「ありがと。実はボク、悠くんとキスしてみたいんだよね」
「……いまなんて?」
実は聞こえてましたが、意味を確認せずにはいられませんでした。桐谷さんが隣に座ります。
「うちのあにき、またデートしたでしょ? なんか先越されて悔しいから、ボクもいろいろ経験してみたくなって」
「そんな理由!? もっと自分を大事にしないとだめですってば!」
「あっひどいなー! こういうこと言い慣れてるとか思ってるでしょ! さわってみてよ」
桐谷さんの手が、僕の手をぎゅっと握ります。小さくてあたたかい手は、緊張を隠すようにふるえていました。
「き、桐谷さん!?」
「ほら、ボクだってどきどきしてるのに……相手が悠くんだから、こんなこと頼んでるんだよ?」
「わ、分かりました! 近いです顔近いです!」
「じっくり見て決めてもらおうかなと思って。それとも、ボクじゃ子供すぎてダメ……かな?」
「わーわー!!」
桐谷さんの上目づかい。正直かわいいです。でもこんな、桐谷さんの弱みにつけこむような真似は。
しかし、このままでは強引に事が進みます。あわや強奪されてしまうという寸前、
「ちょおっとお待ちいただきますわ!!」
離れた位置からの声。仁王立ちしていたのは正義のヒーロー、じゃなくてゆりえさんでした。
ゆりえさんと桐谷さんが近距離で対峙します。平和なケンカ勃発です。
「悠さまを追いかけて来てみれば、なんてふらちな行動……見過ごすわけにはまいりません!」
「えーいいじゃん! 悠くんは誰のものでもないのに! こういうのは早い者勝ちでしょ!」
「でしたら、わたくしが先に見付けてましたわ。桐谷さんの負けです! 帰りましょう悠さまー!」
「あっずるいよ! ボクが先にさわったんだから! もーっ!」
僕の両腕をがっちりつかみ、全力で左右に引っ張るゆりえさんと桐谷さん。
「いたいいたたた! 腕とれるー!」
「ほら、痛がってるじゃん! ゆりえちゃん離してあげなよー!」
「むうう……このままでは、悠さまが半分こになってしまいます。せーので離しましょう」
「いっせーのっ!」
二人は手を離してくれました。停戦協定です。ようやく仲良くなるんだと思ったのに、
「かくなるうえは、悠さまの所有権をかけて勝負いたしましょう!」
「いーよ! じゃ、勝った方が悠くんとキスね!」
「ふえっ!? もっ、もももちろんですわ! どんと来い真剣勝負!」
新たな対決の火種が燃え始めました。腕を引きちぎられる前に、そっと僕は離れます。
桐谷さんとゆりえさんは、勝負種目を決めるためのじゃんけんをしています。女の人ってたまに迫力すごいですよね。
そんな現実から視線をそらしてみると、ベンチに座ってこっちを眺める二人がいました。速やかにかけ寄ります。
「黒葉さんにミーさん。どうもこんにちは」
「やあ、モテモテだネ。あとで大怪我したらイツデモおいで」
「やめてください縁起でもないので!」
実際そうなりかねないので怖いです。
「あの二人……」
「ん?」
「なんだか楽しそうでうらやましい」
「どうやったらそんなふうに見えるんですか」
いつも通りにマイペースな黒葉さん。やっぱり言動が読めません。
「そうだ。言いわすれてた。悠のおかげで成長できた。ありがとう」
「え? いえいえ」
いきなりお礼を伝えてくれた黒葉さん。なにについてなのか理解できませんでした。
「わたしがおめん屋をできたのは、悠のおかげ。人と交流する大切さを教えてくれた」
「そんな、僕は別に」
「わたしが出会えた人間は、悠が初めてだった。悠が頑張る姿は……わたしに大きな勇気をくれた」
けっこう真剣に話している黒葉さん。
黒葉さんに足りなかったのは、きっかけだけでした。だからこそ、人見知りを克服するまで早かったのだと思います。
他者からの影響とかじゃなく、黒葉さんが全力で頑張ったからこその大きな成果です。
「だから、お礼の気持ちに、わたしからのキスを受け取ってほしい」
「え!? その展開になる気配ありました!?」
「そうか。キミたちが口付けすれば、あっちの争いも収まるからいいネ」
「ミーさんはちょっと黙っててください!」
むしろ新たな抗争が始まるだけですからそれは。
黒葉さんは静かに立ち上がると、じりじり僕の側に歩み寄ります。無言の迫力がありました。
「大丈夫。はじめてだけどうまくできるから」
「なぜそんなに自信満々なんですかっ!」
「動かないで。痛い思いをしたくないのなら」
「誰かたすけてー!」
しかし僕の叫びは誰にも届きません。
「さて、若い二人を邪魔しないようにワタシは離れておく、あっ」
立ち上がったミーさん。足元の小石につまづいたみたいでした。
よろめいたミーさんは、あろうことか僕に向かって突っ込んで来ます。
結論から言えば、ミーさんを支えることには成功しました。そしてそれは多大なあやまちでした。
(……なんということでしょうか)
ミーさんの柔らかなくちびるが、僕のくちびるに重ねられます。ほんのり感じる消毒液の香り。
分かってます。ミーさんがわざと転倒したんじゃないことくらい。でもこんなのって。あんまりです。あんまりです。
「あれ、ゴメン。狙ったわけじゃないんだヨ」
「……知ってます」
さらりと謝るミーさん。もはや言い返す気力も出ませんでした。たましい吸われました。
「じゃあキスも終わったから、わたしたちは帰ろう。また会おうね、悠」
「そうだネ。バイバイ」
「……お気を付けて」
すぐさま帰路につく二人。黒葉さんからのキスは白紙になりました。
抵抗しなきゃよかったんです。軽い感情でのキスはあれですが、だからといって妖怪包帯男と。
どんよりと肩を落としながら、ゆりえさんと桐谷さんの方に戻ります。
「悠くん! 勝負は引き分けになったよ。キスは次までお預けだねっ」
「仕方ありませんわね。ですが、約束は守ります」
「…………」
いつの間にか和解していた二人。かすかに残された希望も消えました。
「……欲張っちゃだめなんですね、なにごとも」
「?」
「?」
さっきの出来事は秘密にしておきます。墓の中まで持っていきます。
自分を貫くのも大事なことですが、たまには気持ちのおもむくまま生活すべきだと痛感しました。
あと、帰ったらすぐにうがいしたいです。