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2.ゆりえさんが打ち明ける建前本音

 本日も快晴です。なにしろ、夏のまま季節の変わらない町ですから。

 それはそうと、朝起きたらなつめがいませんでした。どこか遊びにでも行ったのでしょうか。

 あきらめて縁側に座り、なにをしようかなと考えていたところ、


「悠さま」

「え、ゆりえさん?」


 ゆりえさんが庭に現れました。わざわざ出向いてくれたのでしょうか。


「いいお天気ですね。わたくしのしもべは、ご一緒ではないのですか?」

「出かけてるみたいです。今日は見てません」

「悠さまを放置するだなんて……相変わらず、なつめの自由さには呆れますわ」


 肩を落とすゆりえさん。なつめの性格は、昔から気ままみたいです。


「せっかく手土産をお持ちしたというのに。すみませんが、なつめに渡しておいていただけますか?」

「分かりました。任せてくださ……ってうわ! なんか重そうですね」


 ゆりえさんが背中側から取り出したのは、大きく膨らんだ風呂敷でした。


「はい。雪女も楽ではないのです。暑いと体が溶けますから」

「た、大変なんですね」


 どさっと、縁側に風呂敷が置かれます。

 一息付いたゆりえさん。なぜか僕を見つめていました。


「ね、悠さま。わたくしとお出かけいたしませんか?」

「え?」

「なつめのいない今がチャンスですわ。鬼の居ぬ間になんとやら、です」


 素敵な提案でした。

 せっかく来てくれたゆりえさんを、このまま帰らせるのも申し訳なかったところです。


―――――


 ゆりえさんが案内してくれたのは、町を見渡せる丘の頂上でした。

 ベンチもありますが、木に寄りかかって景色を眺めた方がお得です。


「わたくしのいちおし場所です。ちなみに、なつめと一緒に来たことはありませんわ」

「どうしてですか?」

「やたらと騒ぎそうですから。ばりよかとこばいねー! みたいな」

「あー、なんか、叫ぶ姿が想像できました」


 つまりゆりえさんは、ここでは静かに過ごしたいみたいです。そうなると、なつめは不適切です。

 離れた所に咲いた黄色い花の周りを、クマバチが飛び回っています。


「ね、ゆりえさん」

「なんですか? 悠さま」

「ゆりえさんは、どうしてなつめを土下座させたんですか?」

「ふふ、あれはですね」


 いい機会なので、思い切って質問してみました。

 なつめの土下座は面白かったですが、気になるのは、ゆりえさんの事情です。


「百年前のことです。わたくしは、なつめのわがままで温泉旅行に連行されました」

「えっ、でもゆりえさん雪女だし、熱いお湯は体に悪いんじゃ……」

「ええ。今思えば、なつめの言葉を信じるべきではありませんでした」


 すでにゆりえさんが気の毒です。なつめ鬼畜説が浮上しました。


「わたくしは、水風呂だけにつかることを条件としました。なつめも合意したのですが……」

「もしかして……」

「なつめは面白がって、わたくしにしつこくお湯をかけました。ぐつぐつあつあつで大変でしたわ」

「なつめ……なに考えてたんだろう」


 これは怒ります。悪かったのはなつめの方だと分かりました。


「そして、なんといっても決定的だったのが」

「?」

「なつめがわたくしを道づれに、温泉の中へ飛び込んだことです」

「だ、大丈夫、だったんですか?」

「なんとか……わたくしには、あの瞬間が未だに忘れられません。さながら地獄の入口でした」


 遠い目をしながら、ゆりえさんは語ります。若干トラウマになりつつあるようです。


「そんなことされたのに、なつめを許せるなんて。優しいですね」


 ゆりえさんは、なつめよりも精神年齢が高いです。立場が逆だったらこうはいきません。


「いえいえ。雪女は一人前になる際、氷漬けのまま百年間を眠る決まりがあるのですが」

「?」

「なつめのおかげか、雪女の中では上位の妖力を手に入れられたのです」

「そっか……よかったですね、と言っていいのかな」


 災い転じてなんとやら、でしょうか。良い子は真似しちゃだめですけど。

 なつめとゆりえさんが、百年も会わなかった謎が解けました。


「なので、こんなことも出来るようになりました」


 ゆりえさんは、右手を静かにかかげます。

 すると、ゆりえさんの頭上に、きらきらと光る粒子が生まれました。

 粒子は集まり、やがて形となり、ゆりえさんの正面まで降りてきます。

 光が消えた時、ゆりえさんの右手のひらに乗っていたのは、とても綺麗な白色の花でした。


「わあ……!」

「ふれてみてください」


 生み出された雪の花を、ゆりえさんは僕の手に乗せてくれます。

 ひそやかな冷たさを感じた直後、花は溶けるように消えてしまいました。


「……いなくなった」

「それは雪花せっかと呼ばれるものです。限られた雪女だけが作れるものですわ」

「綺麗でした。すごく」


 出会いも別れもほんの一瞬でしたが、雪花の姿形は、確かに心に残りました。


「雪花の花言葉は、信じる心。届けたい相手が花にふれると、すぐに消えてしまうのです」

「はかない花、ですね」

「ええ」


 小さなあたたかさを感じた時にいなくなる。まるで雪の結晶です。


「悠さま」


 ゆりえさんは、僕の顔をまっすぐ見つめます。銀色の瞳が印象的でした。


「悠さまが、どうして夏浜町に来たのかは聞きませんわ。ですが、わたくしは悠さまの味方です」


 なつめをもて遊んでいたゆりえさんの姿は、知らない人が見ればいじわるな光景ですが、


「なつめのうるささが嫌になったら、いつでもわたくしを頼りに来てくださいね」


 やっぱり、ゆりえさんは優しい人でした。でも、なつめも基本いいやつなので、きっと大丈夫です。


「うん。ありがとう、ゆりえさん」


 妖怪と人間。その違いは、案外なにもないのかもしれないと感じました。


―――――


 帰宅した僕が見たのは、縁側に置かれた風呂敷を、やや遠距離から怪しがるなつめの姿でした。


「ゆ、悠! ちょうどいい所に帰ってきたけん。ほらこれ見て!」

「あ、それはゆりえさんからのおみやげで」

「これはきっと、神様からの贈り物たい。清く正しく生きてるあたしへのご褒美やね」

(なつめの頭の中って、どうなってるんだろう)


 どこまでプラス思考なのでしょうか。きっと頭の中にひまわり咲いてます。

 なつめが風呂敷を開けました。その瞬間、どさどさっと中身が崩れます。

 山積みに重なっているのは、新鮮だけど大量のきゅうり。四十本くらいあります。


「うわ、すごい。たくさんあるなあ」

「…………」

「どうしたの? 無言なんて珍しいね」


 いつもなら賑やかに騒ぐはずなのに。これはこれで不気味です。


「あたし、きゅうりだけは超苦手やけん! いっちょん好かん(大嫌い)とよ!」

「え、そうなんだ」

「うう……きっとこれは、あたしに深い恨みを持つやつの仕業やね。今日は引きこもるったい」


 なつめの推理は、ある意味正解でした。

 と、崩れたきゅうりの山の中から、なにか白いものを発見します。


「これって……」


 なつめが拾い上げたのは、ゆりえさんが作り出した雪花でした。

 大切な人への贈り物。メッセージを届けるためだけに生まれた、可憐な花。


「なんやろう? きれーな花やけんね……あ」


 なつめが観察を始めた矢先、雪花は幻のように消えてしまいました。

 ゆりえさんの思いは、なつめに届いたでしょうか。

 いや、きっと伝わったはずです。なつめもゆりえさんのこと、大好きだと言ってましたから。


「……この勢いで、きゅうりも消えればよかとに」


 なつめがひどい感想を言った気もしますが、僕は聞かないことにしました。


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