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19.冷たい鎧を外すための模索行為

 縁側で夢心地だった僕の前に現れたのは、鈍い銀色の甲冑を身にまとった騎士さんでした。

 いきなりの中世です。眠気なんて吹き飛びました。さすが夏浜町、妖怪だけでなく海外の亡霊も暮らして、


「どうもこんにちは」


 とまあ冗談はさておき、挨拶してみます。人間関係の基本です。たぶんお互い人間じゃないですけど。


「ゆ、悠。久しぶり」

「え……僕の名前を」


 なぜか名を知られていた僕。そこはかとなく聞き覚えのある声。


「黒葉、だよ」

「あー久しぶりですね、って黒葉さん!? なにしてるんですか!」


 座敷わらしさんでした。兜のせいで顔は見えませんが、中身は黒葉さんで間違いないです。


「これから戦いにでも行くんですか?」

「い……いくさに行くさ」

「え?」

「っ……これは言わば心の鎧。わたしは人見知りから守られる。あと今のだじゃれは忘れて」

「はい」


 最低のタイミングで洒落を言った黒葉さん。たぶん中で赤面してます。

 ミーさんも話していました。黒葉さんは恥ずかしがり屋だと。しかしまさかこれほどまでとは。


「でも克服したい。わたしは本気。誰もわたしを止めてはいけない」

「や、止めはしませんけど……暑くないですか?」

「……あつい」

「ですよね」


 正直でいいです。


「悠ー、スイカ冷えてるけん一緒に食べ……ひいっなにそれ怪物!?」


 ちょうど僕を呼びに来たなつめ。騎士さんを目撃するなり叫びました。

 これは仕方ないです。なつめは黒葉さんの事情を知りません。さすがのなつめも警戒心が、


「変わったやつもいるもんやねー。悠の友達?」

「うん、そんな感じ」

「そっかー。ならいけるけん。えっとそこの……銀ちゃんも一緒にスイカ食べるとよ!」


 出ませんでした。慣れるのが早すぎます。


「さあさあこちらへ!」

「あ……ありがと」


 黒葉さんの背中を押して、ぐいぐいと家の中に招こうとするなつめ。

 甲冑姿の不審者を当然のように受け入れ、妙なあだ名を付けたあげく、スイカまでごちそうする。

 なつめの他に、誰がこんなこと出来るでしょうか。ある意味なつめの方が怖いと思います。


―――――


「それにしても硬い体してるけんね。あ、でも冷たくて気持ちよかー」

「うん……鉄、だから」

「ケンカも強そうったい。あたしのボディーガードになってほしいとよ」

「ケンカは、にがて」


 ぺたぺたと甲冑にさわりまくるなつめ。あまりの社交性に戸惑うばかりな黒葉さん。

 庭の真ん中にゴザを敷き、切ったスイカの乗った大きな皿を四人で囲んでいます。


「なつめって、昔からあんな感じなんですか?」

「ええ。どう育ったらああなるのか、いくら考えても分かりませんわ」

「まったくです」


 静かにスイカを食べながら、僕とゆりえさんはなつめを観察します。

 そういえば、なつめと僕が初めて出会った時もこんなふうでした。

 なつめが僕を、強引ながらもおおらかに受け入れてくれたおかげで、今の僕があります。


「ひとつ、昔話を聞いていただけますか?」

「はい。僕でよかったら」


 ゆりえさんは、ふと思い出したように過去を語ってくれました。


「百年前、わたくしが氷漬けで眠りにつく直前、なつめはわたくしに言ってくれました」


 雪女は一人前になるため、氷漬けのまま百年間の眠りに入る。もちろん覚えています。


「百年が過ぎても、あたしはゆりえの友達やから。必ず会いに行くから、と」

「なんか、なつめらしいですね」

「そして、わたくしが眠りから目覚めたのと同じ日、約束通りに、なつめは会いに来てくれました。……悠さまと初めて会った日のことです」


 ゆりえさんの住む家を訪ねたあの日、なつめの様子は、いつもとなんら変わりませんでした。

 なつめは当たり前のように、ゆりえさんとの誓いを守ったのです。


「なつめは、あの頃と同じように笑ってくれました。なんだか急で、びっくりしかできなくて……でも、とっても嬉しくて、泣きたいくらい懐かしくて」


 優しい顔で話すゆりえさん。なつめのことを思う気持ちが伝わってきます。


「それで、涙をごまかすためになつめをいじめてみたのです。ほら、温泉ダイブは事実でしたから」

「あれは完全になつめが悪いですよね」


 雪女を温泉に落とすのは鬼畜ですし。


「なつめはアホに見えて、人を明るくする頭の良さがあると思ってます」

「ふふ、そうですね。同意いたします」


 ちらりとなつめの方を確認します。

 いつからか、なつめと黒葉さんは相撲をとっていました。体重差のありすぎる対決です。


「きえええい!!」

「あ、あの」

「ぬぐぐぐ、銀ちゃんの体重はんぱじゃなかとよ……あ! ちょっと待って腰つったけん、いたた」

「だ、大丈夫?」


 黒葉さんに腰をさすられているなつめ。おばあちゃんですか。そりゃあ甲冑相手に全力出したらそうもなります。


「……さっきの発言は撤回してもいいですか?」

「いいと思いますわ」


 褒めた矢先のかっこわるい姿。なつめの心理が分からないです。すべてが天然なのかもしれません。


―――――


 もうすぐ夕暮れですが、結局、黒葉さんは甲冑を外せませんでした。

 でも、また次も頑張ればいいです。慌てたら失敗しますから。みんなで黒葉さんの帰りを見送ります。


「じゃーね銀ちゃん。今日は楽しかったとよ」

「うん。今度は、正々堂々と相撲をやりたい」

「ふふん、あたしをなめたらいかんよ! 次は返り討ちにするったい」


 好戦的な言葉を投げかけるなつめ。いつからこんな相撲好きな子に。


「それと……ありがと」

「へ? なにが?」


 黒葉さんは、なつめにお礼を伝えました。結局ここまで黒葉さんの事情を知らないなつめは、ただひたすら疑問系です。


「わたしも……なつめさんみたいになりたい。今すぐはできないけど……少しずつ、心を開けるようになりたいって思えた」


 カタン。

 黒葉さんは頭に手を伸ばしました。静かに兜が外されていきます。


「きっかけをくれてありがとう。まだまだ苦手だけど……ゆっくり、頑張ってみるから」


 ようやく、黒葉さんの素顔と再会できました。

 うつろな瞳は、伏し目がちながらも僕たちを見ています。眼差しの光の中には、答えのかけらをつかんだ証がありました。


「みんな、またね」


 不器用に微笑んで、黒葉さんはゆっくりと帰り道を進み始めます。

 ちょっとだけ、頼もしく見えました。きっと黒葉さんは変われます。


「ばいばい、黒葉さん。気を付けてね」

「いつでもお待ちしていますわ」


 僕とゆりえさんは、短い挨拶を伝えました。余計な言葉は不要です。

 今回は、なつめが大活躍しました。見直してあげたいです。しかし当のなつめはというと、


「え、中に人おったと? えっ……うそ?」


 どうやら甲冑が本体だと思い込んでいたらしく、衝撃を受けた表情のまま固まっていました。

 僕とゆりえさんは、ほぼ同時に笑い始めます。

 やっぱりなつめはこうじゃないと。だからこそ、僕たちは一緒にいて安心できるのですから。


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