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15.行方くらます悪党との攻防結果

 夜。居間で手の爪を切っていたところ、なつめが乱暴に突入してきました。

 どうもかなりイラついてるようで、ぜいぜい息を切らしています。


「かー!」

「か?」

「蚊がいたとよ! この部屋に入るところを見たったい! 虫けらは見付け次第処刑するっー!」


 何事かと思いきや蚊ですか。そんなに荒ぶらなくてもいいのに。


「そっか。頑張ってね」

「うんあたし頑張る! じゃなくて! 悠も手伝ってほしいけん。それ終わってからでよかから」


 なつめからのお願いが来ました。しかしヤツはすこぶる小さいです。簡単には見付けられません。

 とはいえ、もしさされたら数日間が大変です。ここは全力で協力します。


「ちょっと待ってて。親指の爪だけで終わるから」

「はよせんね。あいつにさされたら、かゆいかゆいの無限地獄ばい」

「そんな大げさな。最初にかいちゃうとかゆくなるからだめ――痛っ!」


 失敗しました。なつめと喋りながら手を動かしたせいで、指先の皮を少しだけ切ったみたいです。

 じんわり血が出ます。妖怪だけど赤色の。かすかに痛いです。


「悠?」

「ごめんね。ちょっと怪我したみたい」

「え、大丈夫? あたしが見たげるったい」


 なつめは僕の正面に座ると、静かに手をとって傷を確認してくれました。

 普段は乱暴なのに、いざ僕が怪我をすると本気で心配するなんて。


「なつめ。ありがと」

「しっ、心配しとるわけじゃなかよ! 蚊は手強いけん、万全の準備じゃないといかんからね」

「うん。そうだね」


 お礼を伝えると、なつめは恥ずかしそうに視線をそらしていました。

 なつめの手、あったかいです。かがり火の明かりのような、優しいやわらかさがありました。


「んー」

「傷はどんな感じ?」

「や、なにもなっとらんよ。気のせいやったんじゃなかとね?」

「うそっ、そんなわけ」


 出血していたはずの指先を確認します。

 血はおろか、傷口さえも見当たりません。たしかにあったはずの痛みの気配すら消えていました。


「あーさては! 手伝いたくなくて嘘付いたんやね! 危うくごまかされるとこだったとよ」

「おかしいなあ……」

「でも、悠が無事でなによりやけどね。って、それはどうでもいいったい! 気合い入れて探すけん」

「う、うん」


 奇妙な錯覚もあるものです。ひとまず無傷ということで探索開始です。


―――――


 居間に続いてなつめの寝室を捜索しますが、蚊の姿はありません。


「おらんねえ……」

「そうだね」

「そやっ、いっそ狐火で家ごと燃やせば……」

「だ、だめだよ!? 見付からなくてむかつくのは分かるけど!」


 なつめなら勢いでやりかねません。二度目の放火は勘弁してください。


「あんまり怒るのもよくないよ。蚊だって、生きるために頑張ってるから」

「そうかもしれんけど……もう、悠は優しいね。あたしに似たんやね」

「まさか。ないない」

「このーっ!」


 なつめから小突かれます。誰しもから嫌われるとはいえ、蚊にだって命があります。

 でも索敵はやめません。やるかやられるかの真剣勝負ですから。

 凝視しながら物陰を探します。その最中、二の腕にかゆみを感じました。まさかこれは。


(……やられた)


 赤くはれた患部。気付いたが最後、かゆみは急激に強くなります。


「なつめ」

「なーに?」

「蚊は敵だよ。この世界に存在しちゃいけない。悪党には正義の制裁を」

「なにがあったと!? 優しかった悠は!?」


 うろたえるなつめ。憎しみが心から抜けました。


「……はっ! どうしたんだろう僕は。なぜか正気を失っていたような」

「あたしはなにも見とらんよ。それよりも、かゆくなか? 大丈夫?」

「うん。まだ一ヶ所だけだから平気……あれ?」


 なつめと一緒に患部を確認します。

 またです。赤いはれが消えていました。かゆみのなごりさえありません。


「くわれとらんよ?」

「でも、確かにさっき」


 狐につままれるとはこのことでしょうか。


「ははーん。悠ったら、あたしに甘えたかったんやね。そうならそうって素直に言えばよかとに」

「わっ! ち、違うよ! そんなことないってば!」


 なつめはなにを勘違いしたのか、いきなり僕をお姫様抱っこし始めました。

 おんぶの時も思いましたが、普通は逆です。なにをされてるんでしょうか僕は。落ち着きますけど。


「さあ、探索続行たい」


 僕を軽々と持ち上げるなつめ。しばらくこのままでいられるみたいです。


「そうだね。やられっぱなしは嫌だもんね」

「あれ? 子供扱いするんじゃなかーって怒らないんやね」

「うん、今日だけ特別」

「ふふ、それじゃあ、今夜は目いっぱい抱っこさせてもらうとよ」


 なつめは明るく笑うと、あらためて蚊の隠れ場所を探し始めました。

 最近になって気付いたことがあります。

 なつめは自由な性格ですが、心の中には、きちんとした優しさを隠し持っています。

 自分を飾らない気づかいが出来る。それがなつめのいいところです。


―――――


 翌朝。結局昨夜は蚊を見付けられませんでした。でもなつめも僕もさされなかったので、


「引き分けやったね」

「だね」


 居間でなつめと結果を確認します。僕はそれなりに満足できましたけど。

 それにしても、ゆりえさんが起きて来ません。もう昼間です。晴れた青い空がまぶしいです。


「……おはよう、ございます」

「わあっお化け!? やなかった、おはよーゆりえ。ずいぶん寝たんやね」


 ようやく目覚めたゆりえさん。しかしなぜだか疲れ切っていました。

 乱れた綺麗な銀髪と純白の着物姿は、なるほど言われてみれば幽霊みたいに見えます。


「ええ……あいつが、やつが現れたものですから」

「あいつ、ですか?」

「蚊ですわ。わたくしの頬を、一度ならず二度もさすなんて……次見たら、ためらうことなく抹殺してやりますわ!」

「……ゆりえでも、蚊にはマジギレするんやね」


 復讐に燃えるゆりえさん。普段はおだやかなゆりえさんでさえ、蚊にかかれば怒髪天を突きます。

 ゆりえさんは色白なだけに、頬の赤みは目立ちます。これはこれでかわいらしいですけど。

 いずれまた蚊が現れるはずです。でも今度はなつめに抱っこされないようにします。昨夜だけ特別、の約束ですから。


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