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13.平常心と恐怖をたゆたう妖怪三人

 ろうそくの淡い炎だけが居間を照らします。

 月も雲に隠れる夜。僕たち三人は怪談話に花を咲かせていました。

 なつめやゆりえさんは生粋の妖怪。幽霊なんて怖がるわけないとばかり思っていたのですが、


「後日、あらためて電話をかけてみたところ……その番号は使われていなかったそうですわ」

「ひええ……あ、暑い夜には丁度いい話やけんね……うん」


 最もビビっているのはなつめでした。語り手のゆりえさんが上手いというのもあります。


「あらあら、なつめったら。泣きたいのなら、わたくしの胸を貸しますよ?」

「い、いらんよそんなの! あたし妖怪やし! 化け物が化け物に怖がったりせんし!」

「そうですか? あっ、なつめの背後にぃ!」

「ひっ!」

「居間の柱が」

「やめてそういうのー!」


 意外な弱点が判明しました。女の子らしいっちゃらしいですけど。


「悠さまは平気ですか?」

「はい。幽霊にも事情があると思うんです。だから、怖がったりしたら失礼になるかなって」

「ふふ、悠さまはお優しいですね。なつめも見習うべきですわ」


 ほめられました。僕を認めてくれるゆりえさんこそ優しいです。


「ふ、ふーんだ。お化けに同情すると取り憑かれるったい。あとで後悔しても知らんよ」

「あれ? 怖がると、幽霊が面白がって寄ってくるって聞いたような」

「いやいやいや! あたしなら悠に憑くばい! よーし、そんなに言うなら!」


 なつめは立ち上がって言います。


「どっちが幽霊に憑かれやすいか確かめるったい。あたしと手を繋ぎながら、トイレまで向かうとよ」

「いいけど……え、もしかして、怖いから一人で行けないとか?」

「さあて、幽霊が出たら一発くらす(殴る)けん。こんなふうに! よっ! はっ!」


 拳を突き出す練習をしながら廊下に向かうなつめ。もはや空元気にしか見えません。


「絶対びびってますよね、なつめは」

「一応は女の子、ということかもしれませんわ」


 ゆりえさんと感想が一致します。なつめは普段が普段なだけに、なんとなく新鮮に感じました。


―――――


 暗闇続きな廊下。かすかな月の光だけが通路を照らしています。

 慣れた暗がりのはずなのに、怪談話の後だからか恐怖感激増中です。これは計算外でした。


「……こわっ」

「な、なにか言うた?」

「い、言わないよ」


 なつめからの指摘をごまかします。偉そうにしていただけに怖がってはいられません。

 ぎしり。ぎしり。

 足元から聞こえる床板のうめき声が、さらなる恐怖を呼び寄せます。


「トイレに着いたね」

「い、一緒に入るけん」

「いや、さすがにそれはだめだってば」

「ドアの前ならよか?」

「うん」

「……中に誰もいないか確かめてほしいとよ」

「ま、任せて」


 任されてしまいました。おっかないから嫌ですとは言えません。

 トイレの電気をつけて、古びた木製扉を引き開けます。小さく細い音を立てて扉がきしみました。

 狭い空間。豆電球の明かりだけ。誰もいません。いたら泣きますけど。


「大丈夫。いないよ」

「そっかあ……ありがと。絶対ここで待っとってね! いなくならんでよ! 約束してね!」

「分かった、分かったからずっといるから」


 しつこいです。そんなに怖がるなら、なぜ怪談話をしようなんて言い出したのでしょうか。

 ぱたん。トイレの扉が閉じました。すぐさま巨大な静寂が僕を縛ります。

 うねって広がる暗闇群。冗談抜きで心細いです。ゆりえさんがいたら安心できたのですけど。


「もしもし……」

(っ!?)


 かすれたささやき声。とっさに振り向きます。なつめやゆりえさんの声とは違いました。


「もしもし……」

「は、はい?」


 再び届く女性の声。返事をせずにはいられませんでした。だって明らかに呼ばれてますから。


「ああよかった……私の声が聞こえたようですね」

「い、いえいえ」

「びっくりさせてすみません。どうしても、これだけはお伝えしたくて」

「な、なんですか?」


 どうやら敵意はなさそうです。声の方向、廊下の曲がり角に視線を運んでみるものの、誰の姿も見えません。


「幽霊にも事情があるから、怖がったりしたら失礼になる。そう言ってくれましたね」

「え、えっと」

「私たち幽霊の存在を認めてくれたのは、あなたが初めてでした。……ありがとうございました」

(うわああ……この人やっぱり幽霊なんだ。そんな気配はしてたけど)


 さっきから寒気がしています。今すぐ逃げたいですけどなつめを一人にするわけには。

 でも律儀にお礼を伝えに来るだなんて、実はいい幽霊さんなのでしょうか。警戒するのは悪いのかもしれません。


「私、基本は人見知りなのですが……最後に思い切って、姿だけでも見せたいと思います」

「そんな、わざわざお手数かけてすみませ――」


 しかし、ひょこっと曲がり角から生えた幽霊さんの顔は、


「それでは失礼いたします。……あの世で会えるといいですね」


 病的なほど青白く、古い竹ぼうきのように乱れた黒髪。両眼の穴には深い闇が腰をすえていました。

 口元から流れているのは赤い鮮血。どこかの恐怖映画から出張して来たかのような見た目です。


(な、なに、今の)


 女性の姿は、もうありません。ようやく僕は、呼吸が止まっていた事実を認識できました。

 なんですかあの人。お礼とか言いながら怖がらせる気満々です。悔しいので忘れてやります。こんなものはすぐに、


「悠さま……」

「わあああ! え、ゆりえさん? なんで?」

「ひっ、一人が怖かったわけではありませんわ。わたくしはそう、なつめの様子を見に来たのです」

「なるほど」


 背後に現れたのは、今度こそゆりえさんでした。誰だって居間で一人待つのは怖いですよね。

 ゆりえさんは、笑顔でトイレの扉をノックします。こんこん。


「みいつけたっ」

「ひっ! ゆりえやね! いたずらはやめてー!」

「あまり悠さまを待たせてはいけませんわ」

「だって……外から凶悪な気配がしたけん。出るに出られんかったとよ」


 扉越しに会話をする二人。どうやらなつめは、僕をおとりに使っていたようです。それはともかく、


「それとも、あたしの気のせいやったんかなー?」

「なつめは霊感ありますものね。でも、幽霊なんてどこにもおりませんよ。ねえ悠さま?」

「……月が綺麗ですね」

「?」


 生きててよかった。そんなふうに思いました。

 結局いい幽霊なのかどうかは分からずじまいです。どっと疲れました。もうこりごりです。

 ようやく訪れた安心感のおかげか、こちらを見下ろす夜空の月は、いつもより綺麗に見えました。


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