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月だって恋をする

作者: イチナ

作者がテスト前に息抜きで書いたので、ぐだぐだです。それでもいいと仰るお優しい読者様、どうぞお楽しみくださいませ。

 気温がぐっと下がった宵の頃。男は音もたてずにベランダから部屋へ入り込んだ。窓はもとから開いてあり、この部屋の主の性別からして無用心だと男は眉をひそめ、あとで説教をすることに決めた。


 物静かな部屋のなか。闇に浮かび上がるその姿は朧気(おぼろげ)に白く輝いていた。短い金髪は淡く、眼光の鋭い瞳は金色というより白金色をしていた。服は布を何層にも重ねたようなものをまとっており、その上に決して下品ではない華美な装飾品をつけていた。まるでアラビアンナイトの御伽噺(おとぎばなし)に出てきそうな出で立ちである。


 しかし、男が入った部屋はどうみても現代風であり、ところどころに可愛らしいぬいぐるみや小物入れなどが置いてあって男の雰囲気とはまったくもってあわない。けれどこれは当然なことで、この部屋の主は女性であり、現役女子大生なのである。くわえて言うならば、ここは彼女が借りた寮の部屋のひとつだ。


早苗(さなえ)


 男はゆったりと歩み、部屋の一角をしめるベットの前で立ち止まり、そうささやいた。


 男の美しい容姿と似合いの、背筋が粟立つほど甘く涼やかな声だったが、ベットで眠る少女は気がつかないのかいまだ穏やかな寝息をたてている。


 男はその寝顔をしばらくじっと見続けた。起き出すのを待っていたようだが、その様子は微塵もない。男は片膝をゆっくりと床につき、少女の耳元に唇を寄せた。


「起きて、早苗(さなえ)。今日は約束の日だよ」


 少女の名を呼びながらそう告げて、男はそっと少女の額に口づけた。そうすると、少女はむずがるように動き始め、少しするとまばたきを繰り返しながら目蓋(まぶた)を開いた。


「……カ、マル? ああそっか。今日は新月だもんね」


 ごしごしと腕で目元をこする少女の言葉に、男は苦笑した。いつものことながら少女は約束の日を忘れてしまっていたらしい。


「カマル……あいたかったよ」


 しかし、少女――早苗(さなえ)の笑顔を見てしまえば、そんなことはどうでもよくなってしまうのもいつものことだった。カマルと呼ばれた男はとろりとした恍惚(こうこつ)の表情を浮かべ、早苗の指先に口づけた。すると、男の周りで淡く輝く白い光りがパッと強くなり、またすぐに淡い色に戻る。早苗はそれを見て、嬉しそうに微笑んだ。この光りは男が人間ではない、――そう。天上で輝く月であることの証明なのだ。


 早苗はずいぶんと幼いころから、早苗を見初めたと言ってやってくるこの男と逢瀬を重ねていた。男がやってくるのは新月――月が見えなくなる日だけ。短い時間のなか、一途に早苗を想う気持ちを伝え、喜ばそうとしてくる男に、早苗はだんだんと心を動かされた。そして、今日のようにカマルがやってくるのを待ちわびるようになったのだ。――カマルと同じように。


「早苗、俺の早苗。身体に変わりないか?どこともしれぬ男に迫られなかったか?なにか不便なことがあったりしたら俺に言え。どんな願いでも叶えてみせよう」


 矢継ぎ早に言ってくるカマルの台詞に、早苗は苦笑した。――カマルが共学の学校に進むことを激しく止めたから、中高大、女子校だったというのに、どうやってカマル以外の男がわたしに迫ってこられるのか。カマルはわたしのこととなるとすぐに視野が狭くなる。いつも広い世界を眺めているのに。


「だいじょうぶよ。ありがとう、カマル」


 早苗はふわりと笑うと、次の瞬間カマルへ飛び付いた。カマルはまったくこの事態を予想していなかったというのに、しっかりと早苗を抱き締めて、すくっと立ち上がった。そうすると必然的に早苗の足は地につかない。不安定な体制に、あわててカマルの首に腕をまわした。カマルは片腕に早苗を座らせ、もう片方を早苗の背中へまわし、ささえた。カマルの身体はほっそりしているのに、力強い。


 あごを月の肩に預け、やっと不安定から抜け出したと早苗がほっと息をつくと、カマルが喉奥(のどおく)で笑う音がした。


 そこでようやく早苗は悟った。カマルがいきなり立ち上がったのは、早苗が予告なしで飛び付いたことへの意表返しだったのだ。早苗があわてるのを見て楽しんでいたのだ。この男は。早苗はふくれっ面をすると、とうとうカマルは吹き出した。


「カマル!」


「あ、はははっ!す、すまない早苗。あんまりにお前がかわいいので意地悪をしてしまった。しかし、早苗も悪いのだぞ?急に抱きついてきて、もし俺が受け止めきれなかったらどうする。怪我をするのはお前の方なのだぞ。それから夜、窓を開けっ放しにするのもよくない。今の風は冷たいのだから早苗が風邪を引く。それに早苗に害なす輩が入ってこないとは限らない。わかったね?」


 カマルは言い終わると、いさめるように早苗の頬に口付ける。早苗は一応納得したのか、しぶしぶといった感じで頷いた。カマルはその様子に満足したのか満面の笑みで早苗を地面に降ろした。


 早苗はすこし不満そうにカマルを見上げると、なにか思いついたのか目を輝かせる。早苗が首をかしげると、艶やかな黒髪がサラリとゆれた。


「カマル。あのね、やっぱりね、ほしいものあったわ」


「ん?なんだ?」


 カマルの問いかけに、白くまろやかな頬が一瞬で赤く染まる。緊張しているのか瞳もさらに潤んで、「カマル、」と名を呼ぶ声まで甘く感じる。さて、このお姫様はいったいどんな願い事をするのかと、その可憐さに口元を緩ませていると、やっと決心がついたのか、伏せた目蓋を開いた。


「……きす、して」


 一瞬、時が止まった。二人の間に沈黙が流れる。早苗がこんなことを望むのは初めてのことで、いつもはカマルからするのが常であった。いつも受け身だった早苗がこんな事を言うなんて、どれほどの恥ずかしさに堪えこの言葉を言ったのか。もはや愛おしさが濁流のような勢いで外に漏れ出すのを必死でカマルは押さえつけた。だというのに。


「お、女の子から強請るなんてはしたないかもだけど、でもね、あの、やっぱり、カマルからのキスが欲しいの……。カマルのキスはとろけそうなぐらい甘くて、気持ちよくて。毎日欲しいぐらいだけど、それはできないでしょう……? だからそのぶん、いっぱい、してください……」


 最後にいくにつれだんだんと声が小さくなっていくがなんとか言い切り、早苗はカマルからかくすように熱い頬に手をあてる。その様子を、カマルは信じられない気持ちで呆然と見下ろしていた。まさか、恋愛事には淡泊で子供っぽい早苗がこんなことを言うのなんて。カマルは少女だった早苗が大人の女性に変わっていく瞬間を見た気がした。


 なんとか気を取り直して、カマルはそっとほほえんだ。頬にあてられた両手を掴み、ゆっくりと離す。片手を腰にあて、もう片方を指触りのいい黒髪に通して何度か梳くと、そのまま早苗をグイッと自分の方へ引き寄せた。彼女のきれいな黒色の瞳に自分だけが映るのが見える。それがひどくうれしく思えた。


「目を閉じろ、早苗」


 「せっかくなのにもったいない」とさわぐ心の声に、「でも、瞳を閉じて熱っぽく感じ入る早苗もいい」と返して、葛藤の結果を告げると早苗はこくんと頷いて目を閉じた。


 やわらかな唇に触れて、すぐ離れて。また触れ、今度は舌で割って入った。早苗はなんの抵抗も見せず、むしろ勝手気ままに口の中を蹂躙するものに応えようとたどたどしく舌を絡めてくる。それがなんとも健気で、その気ならと小さく動く舌を大きく絡めてしゃぶった。


「ん、ぁ!んん…んふっ」


 びくりと跳ねる身体を押さえつけながら、甘やかに喘ぐ早苗の苦しそうで熱っぽい顔を見ると、自分の身体も熱が伝染したように熱くなる。――しかし、まだ駄目だ。月は腰から降りて臀部あたりをさまよっていた手を止める。


 早苗は、他の成人した女性たちより一回りも小さい。今なんの準備もしてないなかで、初めてであろうこの熱情を受け止めろというのはあまりにも酷だ。


 カマルは最後に歯列をなぶり、舌を抜いて唇を離した。すると二人の間に銀糸が引いたが、カマルがもう一度唇を触れあわせて、離れると消えてなくなった。


 早苗は乱れた吐息そのままにぼうっとしながら、近すぎて焦点のあわないカマルの瞳を見ていた。


 白に近い金色が淡くきらめく。この瞳を見るたびに早苗は思い知るのだ。――目の前の男が人外の者だということに。


 けれど早苗は、一度も男を恐ろしいと思ったことはない。それはいつも、――こんなに近くで触れあっているときでも、男の瞳の奥に淋しさと切なさ、焦燥感が見え隠れしているからかもしれない。


「なにを…焦っているの……?」


 カマルの今までにない余裕のなさが、早苗にはわかった。それゆえ早苗は、気づいたときにはそう呟いてしまった。


 しまったと思った。カマルがそれを隠そうといつものように振る舞っていたのは気づいていたのに。事実、彼は目をみはって、次に困ったというように静かに自嘲の笑みをこぼした。


「焦っている、か……。確かにな。俺は焦っている」


 そこでカマルは一度言葉を切ると、ふっと遠くを見るような顔をした。


「早苗と俺の時間は違う。早苗はどんどん大人になって、ついには俺を置いていってしまう。それが、俺は怖い……」


「違うわ。カマルにはわたしに置いていかれない方法もある。だけどその方法を選ぶのが怖い。そうじゃない?」


 早苗がカマルの言葉を間髪入れずに否定してそう告げると、カマルはまたもや目をみはった。


「その方法をつかえばいいよ。わたしは月がそばにいてくれるならなんだっていいよ」


 早苗が笑いながらそう言うと、カマルは苦笑した。淡い光りがもっと淡くちいさくなる。


「いや。早苗はきっと受け入れまい」


 あきらめたように笑うカマルに、早苗は怒鳴るように強く言い放った。


「どうして最初から決めつけるの!」


 早苗の怒気にカマルが目を丸くする。早苗は「話して」と先程より気持ちを落ち着かせながら言った。カマルは戸惑ったように早苗を見続けるが、早苗の意思が硬いことを悟ってしかたなく口を開いた。


「俺と同じようになれば、ずっと一緒にいられる。俺たちのような存在は時間の干渉を受けないからな。でもそれは、早苗が人をやめるということだ。親も、友人も、生まれていままでをすべて捨てることになる」


「わかった。そうすればいいのね」


「ああ、そうさ。できないだ……え?」


「それじゃあどうすればカマルみたくなれるの?」


「え、あ、俺と交われば…って、本当になにを言っているかわかってるのか!」


「もちろんよ」


 大きく早苗が頷いてみせると、カマルは途方にくれた顔をして、ついには笑いだしてしまった。あんまりにも軽く返事をしてしまったからか、いやしかし気持ちは本当だし、と早苗がおろおろしていると、「そうか…。そうだな。早苗がいいと言うのなら」と笑いすぎて出た涙を拭いながらそう告げた。


「早苗は強いな……。こんな大事なことを簡単なことのように言う。迷っていた俺がバカみたいだ」


「ううん。カマルがわたしをそんな風にしたの」


 カマルの言葉に、早苗は首をふってそう答えた。――そう。わたしがカマル以外を選ばないように、カマルはわたしを真綿で首を絞めてきた。優しく、やわらかく。けれどそれは風通しが悪くてすぐに腐ってしまう。今のわたしのように。


 早苗はカマルがいないと息もできない。もはや正常な思考はすべて腐り落ちてしまっていた。


 そしてその犯人は、早苗の台詞に口角を上げた。白い光りがふわりと強まり、暗闇のなか浮かび上がる白金の瞳は細まり、その笑みは魔物のようにあやしく、美しい。


「ああ、そうだったな。しかし怒らないでくれ。早苗がもしも逃げださぬようにするためだ」


 熱のこもった囁きはまるで毒のように早苗の身体をじわりと巡っていく。けれど早苗はそれでも先程言ったことに後悔も、カマルから逃げようとも思わなかった。カマルの言葉はおかしいとわかっているのに。


 月には魔力があって、それが見る人を狂わせるのだという。ならば早苗はとっくの昔に、この美しい魔物に狂わされているのだろう。


「カマル、抱いて」


「仰せのままに」


 カマルの迷っていた態度が、早苗を決心させるための嘘だとわかっていても、こうしてカマルに腕を伸ばさずにいられなかった。

もしお気に召しましたら評価、お気に入り、よろしくお願いします。

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