ナオの亡霊 2012 冬
私は、死んだ。
学校の屋上から飛び降り、自ら命を絶った。
私が、死んだ瞬間に、私は生まれた。
私の葬式で、棺の中に安らかに眠る、私を見た瞬間、私は生まれた事を実感した。
私が死んだのに、私が生まれたのは、
この心の奥底にある、憎しみが原因だと思う。
何で私が、私が何をした?
いや、した。なにか、した。
でも、正しい事をした、正しくても、捩じ伏せられた。
言葉に、暴力に、二重の意味での暴力に。
私は、死んだ後の世界に、次の世界を求めていなかった。
人は死んだら、その瞬間消える、記憶も感情もなにもかも。
でも、絶望なんかしない、全てが無くなるから人生は無意味?
違う、人は消えるから、輝ける。
その輝きを、親が、恋人が、夫が、子供が、孫が、或は友人が、他人が、記憶する。
死ぬ瞬間に、誰かの記憶に残っていたら、私は生きていた。と思える。
私はきっと、そんな存在。ネガティブな意味での、そういう存在。
誰かの記憶のナオ。
恨みに心を焼かれた、ナオの記憶。
アキは、どんな女の子だったろう…
いつも、メグの隣に居た。
大人しい、女の子。
アキに何かされた?
何も、されて無かったと思う。
何かされていたのかもしれないが、少なくとも、私が気付く範囲では何もなかった。
ただ、メグの隣で、何時も私を見ていた。
憐れむように、悲しげな表情で…
「アキ。」
タクちゃんと別れ、帰宅していたアキに、声をかけた。
アキは振り返り、私を見る。
私に声をかけられた事に、驚いているようだった。
「どうしたの?」
「貴女には、罪があるんだよね?」
「えっ?」
突然の私の質問に、一瞬戸惑っていたが、やがて…
「ある、よ。私はナオの死の原因。最低な奴だと思う。」
「ナオに恨まれること、いっぱいした。」
「されてる所、黙って見てた。…後悔、してる。」
後悔と言う言葉に、私は思わずふきだした。
「あっはははは!!」
アキは、ギョッとした表情で、私を見ていた。
「後悔って、便利な言葉だよね。」
「やった側が、やられた側に後悔…くっくっ、」
「だったら、最初からやらなきゃいいのに、クスクス…」
「後悔してるって、泣きながら謝ったら、許されるのかな?」
「それは…」
「分かんないよね、死んだんだし。」
「…」
「アキは、後悔したら許してくれるかな?」
アキが、えっと言葉を発する間も与えず、
アキとの距離を詰め、アキの足を引っ掛け、首に肘を捩じ込み、
肘をグッと押し込み、アキを押し倒した。
「ぅ、ぐぁ…」
と、苦しそうな悲鳴をあげ、尻もちをついたアキの頭を、左手で地面に押さえ付けた。
私はしゃがみ、左足の膝でアキの右手を踏み、押さえ、
右足で、アキの両足を抑え込む。
「っ…た…」
アキは、身動きが取れなくなった。
何かを喋ろうとしたが、私の左手が、しっかりと口を押さえ付けていたので、
何を言ってるのか分からなかった。
私は、アキの目を見て、ニヤリと笑う。
そして、視線を自分の鞄にゆっくり動かし、アキの視線を誘導する。
鞄の中に、右手を突っ込み漁り、やがてソレを見つけて、
再び、アキに目線を合わせる。
私は、ニッコリ笑いながら、ゆっくりとソレを取り出す。
刃渡り十五cmくらいの、包丁を。
アキの目は、みるみる恐怖に染まり、体を大きく揺すり、もがいたが、
私に、強く抑え込まれた体は、私の戒めから解かれなかった。
私は、包丁を大きく振り上げ、その切っ先を、アキのお腹めがけて、振り下ろした。
アキは、咄嗟に戒めのない左手で、私の右手を、掴んだ。
「っく…」
アキは、自分を殺さんとする、包丁を必死に押し戻そうとする。
が、私もアキを殺そうと、渾身の力を込め押し返す。
「罪が、あるんだよね?」
「罰を、受けなきゃ。」
アキは、涙を流しながら、必死に抵抗した。
「アハハハ…知ってるよ。本当は、感じてないんでしょう?罪なんて…」
「私は悪くないって、思ってる。」
「顔に書いてあるよ。」
アキは、首を振りたかったのか、頭を動かそうとするが、
私の左手で、固定されて動かなかった。
「死ね、アキ。」
私は、全体重を右手に込めた。
やがて、抵抗していたアキの左手を、押し返し、
包丁の切っ先が、アキのブレザーに皺を作り始める。
「ん~っ…ん~」
唸り声を上げ、抵抗を続けていたアキだったが、
包丁の切っ先が、ズブズブと、アキのお腹に刺さっていった。
アキは、目を見開き、手足をピンと突っ張らせていった。
私は、包丁をグリグリと刺し、勢いよく割いた。
「がっ…ぎぃ…」
と、私の指の間から、悲鳴をあげ、
腹部から、大量の血と臓物を噴き出し、
突っ張らせていた手足の力が抜けていった。
「くっくっ…フフ、アハハハ、」
私は、笑いながら、ようやくアキを戒めから解放してあげた。
「アハハハ…ごめんねぇ…」
「…ご、めん…なさぃ…」
「ナオ…ごめんなさい…」
アキは、朦朧とした意識で、空を仰ぎながら、
涙を流しながら、謝っていた。
「今更…今更謝って、なんになる!!」
「…ごめん、ね、死ぬってこんなに、怖いんだね…」
「止めろ…」
「…ごめんなさい…ナオ…」
「止め…っ」
アキは、もう死んでいた…