アキ 2011 秋
放課後、私はトイレの個室のドアを押さえていた。
中にいるヒナが、外に出てこれないように。
「や…めて、」
そんな悲痛な叫びなど、聞こえないフリをした。
メグがバケツいっぱいに水を注ぎ、私が押さえてる隣の個室に入る。
洋式の便器を踏み台にし、仕切りの上までバケツを持ち上げ、
バケツの中身を、ヒナの居る個室にぶちまけた。
「キャ…」
、とヒナが小さく悲鳴を上げると、
メグはニヤニヤ、と満足そうな顔をしながら、
「あははは、ばーか」
「行こ、アキ。」
メグが澄ました顔でそう言った、
「…うん。」
そう返事をした私の心には、何とも言えない気持が残っていた。
罪悪感。
ヒナが、何かをした訳ではなかった。と、思う。
曰く、態度や仕草がムカつく、と
そんな理由が始まりだったと思う。
メグはクラスの女子の中心的な女の子で、
ヒナは仲の良い友達が一人も居ない女の子だった。
初めは、シカトだった。
クラスの殆どの女子と、男子の何人か、
ううん、見て見ぬふりと言う話なら、クラス中から無視されていた。
でも、ヒナはそんなに堪えてないように見えた。
「ま、元々一人ぼっちだったしね。」
、とメグがつまらなそうに話した。
「やっぱり、直接的なのがいいかな。」
体育の着替えが終わり、ヒナや他のクラスメイトが体育館に向かうのを見届け、
メグと私と、数人の女子でヒナの机の中を漁る、
整った字が綺麗に並べられたノート、
分かりやすいようマーカーで線を引いた教科書を引っ張り出し、
メグは黒の油性マジックで落書きを始める。
他の女子も混じり、汚い言葉を書いたり、文字を塗りつぶしたり、
皆キャッキャと、さも楽しいことをしているように、笑っていた。
フッと、遠巻きで見ていた私とメグの目が合い、
ニッコリと笑いながら、
「ほら、アキもやんなよ。」
、と油性マジックを渡された。
直感的にこれは踏み絵、だと思った。
私はいつも、遠くにい居た。
メグの傍に居たが、イジメに参加してなかった、と思う…
何故なら、私にはヒナの痛みが分かるから。
皆から無視されて、悲しくない筈が無い。
気にしてない素振りを見せても、ヒナが痛みを感じている事を、知っていた。
「ホラ、はやく…」
それでも、私の傍に居るじゃない。
メグに、そう言われてる気がした。
結局は、私も同罪。
ヒナが痛がってるのを見ながら、メグを止めなかった。
今も止めずに、見ていた。
誰でも分かる、こんな事されたら嫌な事くらい。
「止めようよ、こんな事。」
そう言ったら、どうなるだろう。
きっと私も、ヒナになる…
そう思うと、怖くなり…油性マジックを受け取った。
ヒナをトイレに残し、下駄箱に向かうと、
ミウが居た。
「あら、ミウじゃない…どうしたの?一緒に帰る?」
メグがそう言うと、ミウはニッと笑いながら、
「随分とご機嫌だな、メグ。」
「…」
「そうね、楽しいことしたし、」
「ご機嫌よ。」
空気が変わった気がした。
ミウはヒナの事に関して、関わりを持とうとしなかった。
勝手にやってろ、というスタンスだった。
「くっだらねぇ!!」
ミウがメグを睨みつける。
流石にヤンキーなだけあって、凄く怖い…
そんなミウを、負けじと睨み返すメグ。
「何が?」
「てめぇがやってる事全部だよ!」
ミウはメグの目の前に立ち、胸ぐらを掴む。
咄嗟に止めようとしたが、メグに制される。
「だから、何が、よ。」
「あ?」
「ミウに迷惑かけてる?」
「私がヒナにしてる事で、ミウは何か困るの?」
「困らないでしょう?」
メグは、嫌らしい笑顔になって、
「あっそれとも何?クラスのリーダー気取ってる?」
「クラスメイトのヒナがイジメられて、可哀想…止めなきゃって?」
「あははは偉い、偉い、」
「で?どう止める?」
「私はくっだらない女!優しい優しい美羽ちゃんの言葉じゃどうにもならない。」
「先生に言いつけちゃう?」
「無駄だよ、無駄無駄。」
「美羽ちゃんってホラ、素行が悪いじゃない?」
「先生、真面目に聞いてくれるかなぁ?」
「無理だろ…」
「メグっ!!!」
叫んだのは、私だった。
私のほうに振り返る二人。
「…っく…止めてよ…止めようよ…」
私は泣いていた。
悲しかった。苦しかった。
夏休みまでは、あんなに楽しかったじゃないか、
三人で買い物行ったり、海に行ったり、
夏休み早々、金髪にしたミウを笑ったり、
私服がダサい、私の服を二人で見繕ってくれたり、
メグがクラスメイトのマサに告白されて、
付き合うようになったり。
楽しかったのに…
「っ…なんで喧嘩なんかしてんだよぅ…」
あんなに仲良かったのに、
なんで…
「ごめん、アキ。」
「ごめん、ミウ。言い過ぎた。」
メグが謝る。
「別に…気にしてない」
「…」
「アキはどうなんだよ?」
涙でグショグショになった顔を上げると。
ミウは怒っていた。