タク 2012 冬 後編
メグが、夜の学校に忍び込み、体育館倉庫の飛び箱に腰掛けていた。
待ち合わせをしているメグは、スカートを直したり、髪を弄ってみたり、身嗜みを整えていた。
やがて、待ち合わせの相手が近付いてくる気配がした。
メグは、心の準備を整えその相手を迎えた。
「岡、三日ぶりだなぁ…」
「メールみたぞ…。」
「だってぇ…丸山先生に会えなくて寂しかったんだもん。」
丸山と、待ち合わせをしていた、
メグは、髪を弄び甘えた声を出しながら、頬を膨らませた。
「それで…用ってなんだい?」
丸山は、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら、聞いた。
「先生ったら…分かってるクセに…」
メグは、手を合わせ口元に持っていき、俯きがちに上目遣いになり、丸山を見つめた。
「へへへ…先生、言葉にして貰わなきゃ分かんないなぁ。」
もぅ、と頬を膨らませ、
恥ずかしそうにモジモジして…
「先生と、し・た・い、なぁ」
その言葉に、満足したのか丸山は、ニタリと笑っていた。
「へ、へへへあぁいいとも。」
丸山は、気持ち悪く笑いながら、メグに近付いていった…
「マジかよ…」
急に背後から声がしたので、
丸山は、ビクッと驚き、振り向いた。
俺の姿を確認して、目を見開きたじろいだ。
「なっぁ…た、田上!?」
「マジで、ゴミクズ以下だよな…丸山先生よ。」
「つか、おっそぉ…」
メグは、さっきまでの媚びた表情を止め、汚いものを見る目で丸山を見ていた。
「丸山来たなら、さっさと出て来て欲しいんだけど?」
「悪いな、迫真の演技だったから、見とれちまったんだ。」
俺は、いけしゃあしゃあと言い放った。
事前の打ち合わせでは、丸山がおびき出された時点で、
俺が、出て行き、丸山を取り押さえるという話だった。
メグは、舌打ちをしながら、丸山の横を小走りで横切り、俺の後ろに隠れた。
「なっ、岡どういう事だ…」
メグは、ハッと笑い、丸山を睨み付けた。
「アンタみたいなキモいおっさんと、するなんて、どんな罰ゲームかっての!!」
丸山に発した言葉のように聞こえたが、俺に対しての皮肉だろう…
俺は、振り返りメグを睨んだが、涼しい顔で受け流していた。
「お、岡ぁ…」
丸山は、自分の置かれた状況を理解し始めたのか、
ダラダラと脂汗を流し始めた。
「先生捕まるって聞いたんですが…」
「…」
「確か、女生徒に対する、強制猥褻とか?暴行とか?そんな感じですよね?」
「ははは…それでメグの誘いに乗るんすね。」
「最後に一発なんて思ってました?あははは…反省なんてしてるわけないですよね。」
俺は、何故だか笑いが止まらなくて、クックッと笑っていた。
「ち、違うんだ…」
「俺、納得いかないんですよね、先生を警察に渡すの…」
「…」
「先生もう止めちゃうんですよね?」
「…あ、ああ。」
「だから、先生のお別れ会開きたくて、お越し頂きました。」
「先生には本当に、お世話になりましたから。」
俺は、満面の笑顔で丸山の手を握り、握手の様な事をした。
ギリギリと力が入り、丸山が呻き声をあげたが、力を入れ続けた。
「クラスの皆も来てくれてるから、盛大なパーティになりますね。」
その言葉を合図に、色んな所に隠れていた、クラスメイトが姿を現した。
丸山は、自分の教え子に取り囲まれた。
女子も男子も、蔑む様な目を向けていた。
「な、なんだ…お前等、その目は…や、やめろ」
後退り、逃げようとしたが、後ろにも前にも右にも左にも教え子が居て、
逃げることが出来なかった。
「な、なにを…」
「先生ったら、分かってるクセに。」
さっきのメグとの会話を、真似してみた。
「ああ、言わなきゃ分かんないんでしたね…」
「復讐しに来ました。」
俺の心はもう、真っ黒に染まっていた…
冗談じゃない!!
金さえ払えば安全だと約束したのに…だから口止め料も含めてあんなに…
クソッ!…クソッ!岡め…
ああ…終わりだ、終わり…
「は?」
「ですから…正直にご両親に話すべきです。」
「い、いや…しかしですな…まだ、事実の…」
校長と学年主任の西川が、私のした行為を、木ノ下直美の両親に即刻話すべきか、
事実の確認の後話すかを揉めていた。
「確認もなにも…こうやって証拠が出ているじゃないですか?」
「証拠と言ったって、今は色々と細工が出来るじゃないですか…」
「そうですよ!!わ、私はやっていません…」
校長は、熱くなるなと西川に言ったが。
「二人の生徒が、その場を目撃したと証言しています。」
「…」
「それに、早急に対策を練らないと、今はネットというツールがあります。」
「この写真を貼り出したのが、誰かは分かりませんが、」
「これは、学校側へのメッセージと捉えるべきです。」
「木ノ下の自殺に関する、丸山先生の責任…犯人は、それを求めているのでは?」
「し、しかし…だとするなら、尚更…」
「いいんですか?この写真がネットにばら撒かれたら、木ノ下の名誉はズタズタです…」
「死人の名誉は、どうでもいいですか?」
西川は、怒りに震えながら、校長と私を交互に睨めつけていた。
「…それに、そうなった場合、学校側への信用問題に発展しますよ?」
「…」
「木ノ下のご両親に、一刻も早く話し謝罪等含めて、丸山先生の処分を決めるべきです…」
「それが、学校側にとって一番ダメージの少ない方法だと思いませんか?」
「…そうですね。」
校長は、西川の話しが正しいと認めて、私に向き直る。
「丸山先生、アナタ本当にこんな蛮行を生徒に行ったのですか?」
「…」
私は一瞬、事実無根だと言おうと思ったが、数々の証拠、証言、
そしてなにより、校長と西川は確信を持って、私に質問していた…
認めざる終えなかった。
「は、はい……事実です。」
「はぁ…」
二人が、呆れたそれ以上に怒りに満ちた表情で、私を睨んでいた。
「丸山先生、あなたね!!…これは、アナタの進退でどうこうなる、話じゃないですよ…?」
校長は、その一言を言い放つと、プイッと顔を西川の方に向けて、
「西川先生と私と教頭先生とで、木ノ下さん宅へ伺いましょう。」
「はい、連絡を入れてきます。」
西川は、急いで校長室を後にした。
「丸山先生…覚悟しておくべきです…」
「な、何をですか?」
「アナタは、生徒に酷い事をして、木ノ下さんは自殺した…アナタには、法と社会の裁きが待っています…」
校長は、そう言うと私に自宅謹慎を言い渡した。
私は、布団に寝転がり、天井を眺めていた。
逮捕されるだろう…生徒に淫らな行為をし、自殺に追いやった、最低のクズとして…
報道されるだろう、実名と顔を晒され…変態クズ教師として…
そうなれば、その後の人生はどうなる?
服役し出所しても、顔が知れ渡り再就職も…いや住む場所さえ確保出来ないかも知れない…
これからの人生を想像すると、惨めで涙が流れていた…
ピピピッと、電子音がなりメールが届いた。
ディスプレイに出た名前は、岡だった…
岡?なんのつもりだ…
私は、怪訝な表情でメールを開く。
『先生、大変でしたね…何故あんな写真が貼り出されたかは分かりませんが、とても大変な事だと思います。』
岡がやったんじゃ無いのか…
『丸山先生は、逮捕されてしまうのでしょうか?』
ああ、されるだろうよ、お陰様でな…
『もし、もう会えなくなるのであれば…最後にもう一度だけ会いたい…』
これって…
『今日の夜、学校の体育館倉庫で待っています。』
は、ははは…どうせ終わった人生だ、最後にもう一花咲かせよう…
そう思い、夜学校に向かった。
ミウを殴って以来、二日間学校を休んだ…
特になにもせず、なにも考えず過ごしていた。
しかし、三日目の朝エミが迎えに来た。
「学校、行こ?」
「…」
「丸山は、クビになったよ。逮捕もされるだろうって…ナオのおばさんに聞いた。」
「そうか…」
「学校行こうよ…」
「悪い…」
「ナオは死んだんだよ?」
その一言に反応し、エミを睨み付けた。
「ナオ自殺に追いやった奴はもう、逮捕される。」
「どうなったら、タクちゃんは満足なの?」
「忘れよう?」
俺は思わず、エミの肩を掴み、睨んだ。
一瞬、痛いと呟いたが、エミも俺を見つめ直した。
俺達は、睨み合いながら一言も喋らなかった。
しばらくすると…俺は、フッと笑い肩から手を離し…
「支度するわ…」
「丸山ってホント、クソだよ!!」
メグの声だった。
メグの発言に、クラスメイト達は、声を荒げ同意していた。
「ナオを死に追いやって、ホント許せないよ!」
お前が言うのかよ…なんだか笑いが込み上げてきて、吹き出しそうになった。
すると、教室のドアを乱暴に開けてミウが出てきた。
表情を見る限り相当ご立腹だ。
俺が、「よう」と声を掛けると、ビックリしてこっちに向き直った。
「タク、久しぶり。」
「おう…」
ミウの頬はまだ少し腫れていた…
「この前は、すまん…頬っぺた大丈夫か?」
「ん?だから、殴られるだけの事したのは、私だし…頬っぺたも大丈夫だ。」
と、申し訳なさそうに俯いた。
俺とミウは、横に並び教室の前に立っていた。
「メグは、なんの演説してるんだ?」
「…自分が助かりたくて、必死なんだろうよ…」
ミウはチッと、舌打ちをして唇を噛んでいた…
ミウが言うには、丸山の逮捕、捜査になったら、確実にイジメてた自分にも、火の粉が飛んでくる…
「火消しか…」
「…」
「どうするつもりなんだ…」
「とんでもない話だよ…」
ミウの計画は、丸山を誘き出しクラス全員で、責め立て脅し、自殺に追い込む…
死人に口なしってやつだ…
万一警察の捜査があっても、互いに互いのアリバイを証言させる気らしい…
「全員を運命共同体にして、裏切りを無くす気か…」
ミウはコクリと頷いた。
「ミウは、どうなんだ?」
「?」
「誤魔化す気は無いのか?」
「誤魔化せるような事じゃない…退学だろうがなんだろうが受けるよ。」
「メグに罪を償おうって、止めた…」
「うん。」
でも、メグはだったら、同じ方法で、アンタを殺す。と言ったらしい。
今この辺には通り魔が横行してるし、罪を擦り付けるのなんて簡単だと言った…
「怖かった…」
「で、逃げてきた。」
ミウは、情けないねって笑い、涙を流していた。
「止めるよ、止める…メグとは、友達だった…」
「私が…」
「止めなくていいよ。」
ミウはえっ?と俺を見た。
俺は、なんだか可笑しくなってきて、くっくっくと笑っていた。
「メグの奴、中々ナイスな事を考える。」
「タクっ!!」
「丸山殺せるチャンスだろう…」
「タク、アンタ…」
「俺のアリバイはミウ、お前が証言してくれるよな?」
ミウは俺を、おかしなものを見るような目で見ていた。
丸山は屋上で、教え子に囲まれ、遺書を書いていた。
揃えられてた靴の下に、遺書を挟み込み、フェンスの向こう側の縁に立ち、準備が整った。
「さっ先生。跳んでください。」
丸山は、恐怖に慄きフェンスにしがみ付いていた…
俺は、フェンスを思いっきり蹴飛ばした、
丸山はヒッと悲鳴を上げたが、まだしがみ付いていた。
すると、誰からともなく、跳べ!と言う、声が挙がった。
その声は、瞬く間に伝染して、クラス中が跳べだの死んでしまえだのを合唱していた。
その異様な状況に恐れをなし、後ずさる丸山。
やがて、崖の切れ目に辿り着き、呆気なく落ちた。
が、間一髪崖にしがみ付いて、しぶとく生きていた。
俺は、フェンスを乗り越え、丸山がしがみ付いた辺りにしゃがみ込んだ。
「た、田上…た、助けて…」
そんな、丸山の助けをニヤニヤ聞き流しながら、
丸山の左手の小指を引き剥がした。
指を次々引き剥がし、左手はあっという間に宙ぶらりんになった。
丸山は苦しくなり、
「た、た、助けてくれぇ…」
「あ、謝るから…」
謝るという言葉に反応して、俺は立ち上がった。
「謝るって、俺に?ナオに?」
「りょ、両方、」
「あはははははっ!!」
「ナオは死んだから、許すの無理。」
「うっ…」
「俺に謝っても無駄…俺は絶対に許さないから!!」
俺は、つま先を丸山の残った右手にあてがい、
「死んだら、許す。」
そう言うと、
思いっきり蹴り飛ばした!!
丸山は、短い悲鳴を上げ、落ちた。
丸山のひしゃげる音を聞くと、笑いが込み上げてきた。
やがて、エミがやってきて、悲しそうな顔で
「帰ろう。」
と言った。