ヒナ 2012 冬 中編
私は、一人で、体育館倉庫の掃除をしていた。
初めは、一人じゃなかったけど、皆何かと理由をつけて帰ってしまったので、
今は、一人だ。
本当に用事なんてあるのかな…と、頬を膨らませながら、用具の整頓を始めた。
…これは、ちょっと大変だなぁと、溜め息をつきながら、セッセと作業していた。
すると誰かが、体育館に入ってきた…今は放課後で、今日は部活無い筈なのに…
誰だろう?と、別に悪い事をしている訳でも無いのに、隠れて様子を伺う。
やがて、侵入者の正体が分かり、
私は、ロッカーに隠れた。
ミウに、メグ、アキ、マサ、レンだった。
なんで、私の天敵ばっかり…
ロッカーに隠れちゃったので、奴等が帰るまで、出れなくなってしまい、
はぁと溜め息をついた…
早く帰んないかなと思ったが、奴等は私の居る体育館倉庫に来た。
私は、また溜め息をついて、なんでこんな所に隠れちゃったんだろう…
と同時に、奴等は何しに此処に来たんだろう?
という疑問がわいた。
私の経験から、この五人が集まった時は、嫌な事が始まる前兆だ…
私が此処に居て、奴等が其処に居る。
何かが起こるなら、その被害を被るのは、ナオちゃんだろう。
私の心の奥底から、怒りがわいてきた…
掃除用具のロッカーに、隠れていた私は、右手で箒を手繰り寄せた。
もし、私の想像通りの展開になったら、
私は、闘う。
箒をもった程度じゃ、何も出来ないだろうけど…
ロッカーから急に、人が出てきたら、怯むだろう。
そしたら、ナオちゃんの手を引いて、逃げよう。
あの時、私を助けてくれたように、私だってナオちゃんを助けられる。
そんな妄想をしながら、息を潜めた。
私の、想像は当たってしまった。
「ヒナっ!!」
息を切らし、全身汗だくになったナオちゃんが体育館倉庫に入ってきた。
ハァハァと、荒い息でヒナは?と聞くナオちゃん。
「ヒナが、どうかしたか?」
ミウが、笑いながら答えた。
「ヒナがまた、イジメられてるって聞いたんだけどなぁ…」
「ははっ、なるほどね…あの子もグルか…」
ナオちゃんが、ははっと、悲しそうに笑うと、
ミウとメグが、クスクスと笑った。
「ヒナは、無事なんだね?」
「ああ、何もしてない。」
「そっか…良かった。」
ナオちゃんは、私の無事を知ると、ホッとしたように笑った。
私は、唇を噛み泣いていた。
ナオちゃん…自分も辛い筈なのに…
私の心配を…ありがとう、ありがとう…うぅ…
そんな、ナオちゃんの優しさにつけこみやがって…うぅ…クソッ!
騙したんだな、私をダシに…卑怯者共…許せない。
私は、箒を握り締めロッカーのドアに、手を掛けた。
待ってて、ナオちゃん絶対助けるから…逃げよう。
でも、ナオちゃんは立ち向かった、立ち向かってしまった。
「で?」
「あの子使って、ヒナダシにしてまで呼び出して、何の用?」
「…」
「わざわざこんな手の込んだ事しなくても、」
「アンタ達の呼び出しくらい、受けて立つっての。」
「ナオちゃん、カッコいぃ~」
メグが、わざとらしく言うと、
ナオちゃんは、はぁと溜め息をつきながら、
「てかさメグ、そういうノリ、マジ勘弁…」
「虚勢丸出し…見てて痛々しいっつーの。」
「メグちゃんは、誰に対しても斜に構えてて、カッコいいね。」
「…」
メグは、何も答えなかったが、眉が吊り上っていた。
「あとさ、アンタ等なんなの?」
マサとレンに言った。
「あっ?」
「ヒナの時から思ってたけどさ、女子の喧嘩に首突っ込むとか…」
「アンタ等本当に男の子?」
「マサは、メグに頭上がんなくて?ダセェ…」
「レンは、ヒナにフラれて腹いせで?…それからズルズル?…さらにダセェ。」
と、ナオちゃんは、心底軽蔑した表情で笑った。
その笑いで、二人の顔はみるみる、紅潮していった。
ま、いいやと言葉を句切り、
「で?どうしたいの?」
「そこにあるボール、皆でぶつけて、私泣かしちゃう?」
「それとも、恥知らずな男子使って、私の裸の写メでも撮っちゃう?」
ナオちゃんは、心底イラついた表情で、五人を睨みつける。
「なんでもいいけどさ、やるならやれよ。」
挑発するナオちゃん。
駄目だよ、そいつ等は本当にやるよ?
ナオちゃんは、甘く見てる…そいつ等は個人じゃない、集団なんだ…
集団の心理は怖いんだよ?
逃げてよ…逃げようよ、ナオちゃん!!
「友達に裏切られる事より、辛いことなんて、無い…」
ナオちゃんは、ミウを睨みつけていた。
ミウは、一瞬とても複雑な表情になったが、
それでもナオちゃんを睨み返していた。
「半分、正解。」
メグだった。
「私ね、考えたの。」
「ナオにはさ、ボールとかバケツの水とか効かないよね?」
わかってる、と笑顔で話すメグ。
「でもね、ナオが辛~くなる事、思いついちゃった。」
「それはね、タクちゃん…」
ナオちゃんは、タクちゃんと言う言葉に激しく反応する。
「お前ら…タクちゃんに何かしたの?」
「違う、違う…」
「タクちゃんには、何もしてないよ~。つか、しない。」
「要はね、ナオがタクちゃんにどう思われるかって事…」
「…」
「この意味、解るかな~?」
それって、ナオちゃんに、タクちゃんから軽蔑されるような事させるってこと?
此処には、男子が二人居て、ナオちゃんは一人囲まれてる…
ああ…理解した。
メグの野郎がしようとしている事。
半分正解ってのは、ナオちゃんが言った、裸の写メって事だ…
「さぁ、恥知らずな男子諸君、やっちゃいなよ。」
その合図で、マサとレンが一歩前に出る。
ナオちゃんは、一瞬怯んだが、
逃げても無駄だと思ったのか、逆に男子に向かっていった。
ナオちゃんは、マサに思いっきり、殴りかかった!
しかし、やはり女の子の力、マサにあっさり、腕を掴まれ、後ろ手にされる。
そこに、ロープを持ったレンが来て、腕を縛る。
さらに、ハンカチで猿轡をされ、マットに押し倒された。
「…ん、ぐっ…」
メグは、ナオちゃんの無様な姿を満足そうに眺め、笑う。
「安心して、さすがにマサやレンにそんな事させないよ。」
「もっと相応しい人、呼んでるのよ?」
メグは、ナオちゃんの目の前まで顔を持っていき、ニコニコ笑ってた。
「準備オッケーで~す。入ってきてくださ~い。」
「ま、る、や、ま、せ、ん、せ、い。」
ニヤニヤと、下卑た笑みを浮かべながら、丸山が入ってきた。
メグと、一言二言喋ると、丸山から手渡された、紙をヒラヒラさせながら、
「こんなに貰っちゃった、一人二万だよ~。」
と、笑いながら話した。
ナオちゃんは、尻餅をついた状態だったので、立ち上がろうとした。
が、丸山に押さえ付けられた。
「っぐぅ~」
今じゃないか…
今しか無いじゃないか、今一番、ナオちゃんが助けを求めている。
ロッカーから出て行って、丸山のクソ野郎の、ハゲ頭に箒をぶち込んでやろう!
そして、ナオちゃんの手を引っ張って逃げるんだ…
それだけじゃないか…それだけなのに、なんで動けないんだ…
きっと、あっさり捕まるだろう。
でも、いい。それでも、いい。
ナオちゃんと、おんなじ事されたっていい。
ナオちゃんの、苦しみを少しでも肩代わり出来るなら…
でも、心が動いても、体が動かなかった。
膝が震え、歯がカチカチ鳴って、涙が溢れた。
意を決して、ロッカーの扉を開く。
でも、其処にはナオちゃんしか居なかった。
ナオちゃんは、静かに泣いていた。
やがて、私に気付いて驚いたが…自分の今の姿を見せたくなかったのか、身を丸めた。
私は、顔をぐしゃぐしゃにしながらナオちゃんの、猿轡と手のロープを外した。
そして、散らばっていた、スカートや下着を拾い集めた。
「ありがとう…ヒナ、ごめんね…」
ナオちゃんは、私にありがとうと言った。
私は、胸が締め付けられそうになり、また泣いた。
「そ、傍に、傍に居たのに…ごめんなさい…」
役立たずで、ごめんなさい…
弱くて、ごめんなさい…
何も出来なくて、ごめんなさい…
悔しくて、腹立たしくて、床を掻き毟りながら、泣いていた。
ナオちゃんは、私の姿を見ながら、やがて、うっすらと笑い、
私の頭を、大きな胸に抱いてくれた。
母が子をあやす様に、頭を撫でながら、
「ヒナ泣かないで、私大丈夫だから…」
私は、ナオちゃんの背中に手を回し、ギュッと抱きしめた。
「う、嘘です…ぅう…」
「…」
うん、ごめん嘘。
と言いながら、私を抱きしめて泣いた。
「ヒナぁ…私にはもう、ヒナとタクちゃんしか居ないんだ…」
「ヒナは、最後まで味方で居てくれるよね?」
「も、勿論だよ…絶対にどんな時でも、私はナオちゃんの味方。」
「うん。ありがとう…。」
ナオちゃんは、涙を拭いていた。
少し落ち着いていたようだったので、
「な、ナオちゃん、学年主任の先生に訴えましょう。」
「えっ?」
「わ、私が、証言します。」
「こ、これだけの事したんです。」
「あ、あの教師も、五人も只じゃすみません…」
丸山は懲戒退職、五人は少なくとも停学、いや退学だろう…
奴らの人生狂うだろうけど、それだけの罪を背負った。
罰を受けるべきだ!!
「駄目…」
「えっ?」
「嫌だよ…内緒にしてて…」
「…どうして?」
「タクちゃんに…知られたくない…」
「そ、そんな…」
「あ、アイツ等…写メ、撮ってた。」
「こ、これからずっと、ずっとそれを盾に、イジメられちゃう…」
「耐えるから…」
「ヒナは、ずっと友達で居てくれるんだよね?」
「うん。」
「なら、耐えられる…」
「…」
ああ…ああメグ、クソ野郎…
アンタの言う通りだ…ナオちゃんは、自分よりタクちゃんを選んだ。
メグ、アンタの刺した包丁は、ナオちゃんの心臓に達している。
「お願い、ヒナ…言わないで…言わないで…」
「タクちゃんに、嫌われたく無い…」
ナオちゃんは、また泣き始めた…
私は、ナオちゃんを強く抱きしめた。
こうやって抱きしめていないと、粉々に砕け散りそうだったから…
「う、うん。言わないよ、ナオちゃんがそう言うんだもの…」
私は、ナオちゃんの味方だよ。
教室に戻り、自分の鞄と、ナオちゃんの鞄を取ってきた。
風に当たりたいと言っていたので、
校門で待っててくれてるかなと思っていたが、ナオちゃんは居なかった。
「ど、どこだろ…」
というか、私は何故、ナオちゃんを一人にしたんだろう…
今ナオちゃんは、傷付いている、それはもう自分を消し去りたいほどに…
ナオちゃんの心情を考えて、私は直感した、屋上だ!!
「ナオちゃん!!」
私は、持っていた鞄を投げ捨て、走った。
階段を駆け上り、屋上についた。
そこには、ナオちゃんが居た。
ナオちゃんは、フェンスを越えた先に居た。
「な、ナオちゃん?」
「…ヒナ。」
「そ、そんな所に立ってたら危ないよ?」
「帰ろう?」
「ごめん、ヒナ、もう疲れちゃった…」
ナオちゃんは、一度も私のほうを向かずに、跳んだ。
「そ、そんな…」
私は、フェンスに駆け寄り、
聞いた。
ナオちゃんの死にゆく音を。