ヒナ 2011 冬
体育は、苦手だった。
運動が苦手だったのは勿論だが、特に苦手なのは、チーム分け。
先生が、適当に割り振ってくれれば、どうというわけではないが、
好きな者同士…なんて言われた日には、消えて無くなりたい気持ちになった。
その日は、バレーをする事になっていた。
好きな者同士…と、先生の声が掛かる。
また、誰にも声を掛けれず、一人ぼっちで、
誰かが、入れてあげなよと、私を押し付けあう時間が始まるのか、
そう思うと、内心溜め息をつきたくなった。
「ヒナ。」
ナオちゃんが、私を呼んでいた。
「一緒にやろう。」
ナオちゃんは、とても可愛い笑顔で、私に手を差し伸べてくれた。
ドキドキと、心臓が高鳴っていくのが分かった。
ありがとう、と素直に言って、仲間に入れてもらいたかったけど、
同時に、私なんかがナオちゃんのチームに入っちゃったら、足引っ張って迷惑かけちゃう…
という考えが浮かんで、差し伸べられた手をとれないでいた。
「ウチのチーム、一人足りないのお願い。」
ナオちゃんは、差し伸べられた手すら、自分で掴みに行けない私の為に、
一歩踏み込んで、私の手を掴んでくれた。
「皆で頑張って、他のチームボロクソにしちゃおう。」
ナオちゃんは、ニコッと歯を見せて笑った。
私は、ナオちゃんみたいに素敵な笑顔は出来なかったけど、自分に出来る最高の笑顔で、
「ありがとう」と言った。
普通の人から見たら、きっと大袈裟だな、と思われるだろうけど、
ナオちゃんの、一歩踏み込んで来てくれる感じは、とても有り難かった。
私は、例え手を差し伸べくれても、その手を掴めない、臆病者だから。
ありがとう…ナオちゃん。
チームごとに、試合が始まった。
私は、やっぱり足を引っ張っていた…
でも、ナオちゃんは、運動神経がとても良く、同じチームのエミちゃんと、ミウちゃんとのチームプレイで、
面白いように勝っていった。
私が、何の役にも立てず、むしろ足を引っ張って、情けないなと、肩を落としていた。
すると、ナオちゃんが、私の肩をポンッと叩いて、
「いいじゃない、運動が苦手でも、」
ヒナは、運動が苦手でも私達の為に、一生懸命じゃん!
出来ないって、諦めるんじゃなく、チームの為にって頑張ってくれたら、私達も嬉しい。
いつの間にか、他のチームメイトも集まって、私を励ましてくれていた。
…体育が楽しいって、初めて思えた。
「最後の相手は、手強いよ。」
チームに分かれて、対抗戦みたいな事をやっていて、
私達は、最後まで勝ち残っていた。
最後のチームには、女子バレー部のメグが居た。
私は、正直怖かった…
あの日以来、特にイジメられていなかった。
ナオちゃんが、いつも傍に居てくれて、仲間外れも無視も気にならなくなっていた。
けど、メグと目が合うと、ナオちゃんから貰った、たくさんの勇気が、どんどん無くなっていく…
「ヒナ、大丈夫。」
ナオちゃんが、私とメグの目線の間に割って入ってきて、私と目を合わせてくれた。
ニコッと笑って、「大丈夫、頑張ろう」と言ってくれた。
ごめんね、ナオちゃん、手間のかかる子だよね…
ありがとう。
試合は意外にも、私達のチームが優勢だった。
ナオちゃん、エミちゃん、ミウちゃんのチームプレイが凄くて、メグも苦戦しているようだった。
メグは、肩で息をしながら不機嫌そうな表情になっていた。
すると、また私とメグの目が合う。
メグは、ニヤリと笑って、ボールを持つ。
ああ、嫌な笑顔だ…私に意地悪する時の、嫌らしい笑顔だ。
でも、私は逃げない。
ナオちゃんに、大丈夫って言って貰えた。
頑張ろうって言われた。
逃げないといっても、いつもの様に俯かないってだけなんだけど…
私は、力強くメグを見つめ直した。
それが、メグをさらに苛立たせたようだった…
メグは、ボールを高く上げ、自らもジャンプした。
ああ~あんなに高く跳べるなんて凄いな。
なんて、素っ頓狂な事を考えていたら、
メグの強烈なスパイクが、私目掛けて飛んできた。
ど、どうしよう!!あんなボール受けれないよ…
避けなきゃ、でもでも、避けるってことは、逃げるってこと。
逃げるってことは、頑張らないってこと。
ナオちゃんが、頑張ってるって言ってくれた、
頑張る…それすら出来ない奴に、ナオちゃんから助けてもらう権利なんてない!
そんな考えを巡らせながら、私は、スパイクを受ける決意をする。
いや、受ける事も出来ないだろう…
私に出来ることは、逃げずに立ち向かう事だけ。
きっと、痛いだろう、当たり所によっては怪我するかも…
でも、いい。
ナオちゃんを落胆させるくらいなら…
私は、目を瞑り、歯を食いしばる。
バシィィッ
…
痛みは無かった。
その代わりに誰かが、私に圧し掛かってきた。
私は、その人の重みでバランスを崩し、尻もちをついた。
「ナオっ!!」
エミちゃんと、ミウちゃんが、血相を変えて走り寄ってきた。
「っ~たたた…」
鼻血が出て、鼻を押さえ苦笑いになっていた、ナオちゃんが居た。
「な、ナオちゃん…」
「何やってんだよナオ!!」
「イヤ、すまんね。メグの気合の入ったスパイクに、挑んでみたくなっちゃってさ…」
タハハと笑いながら、答えていた。
どうして、そんな嘘を…
どう見ても、私を庇って前に立ってくれたのに…
「ったく、メグ!なんつー球打ってんだよ!」
「ごめんねナオ、負けそうで苛ついちゃってた。」
と、メグが白々しく言う。
「いいって、たたたっ…」
「とにかく、保健室行けよスゲー血だ。先生には私から話しとく。」
「ははっ、頼むよミウ。」
「エミ、ヒナ、ナオ連れて行ってやってくれ。」
「うん。」
「あっは、はい。」
エミちゃんが、ナオちゃんに肩を貸して、抱き上げてあげた。
私は、ポケットからハンカチを出し、ナオちゃんの鼻を拭こうと近づいた、
「わわっいいって、ハンカチ汚れちゃう。」
「そ、そんな事…」
気にしないでって言おうとしたが、言葉が詰まって、上手く喋れなかった。
私が、ハンカチを鼻にあてがうと、白いハンカチがみるみる、赤く染まっていった。
ナオちゃんは、ごめんと謝ったが、
私は、首を振った。
「な、ナオちゃん、私のせいで…」
私が、変な意地持ったせいで…
「逃げなかったね。」
「えっ?」
「カッコよかったよ。」
「…」
「鼻血なんて、ティッシュ詰めとけば治るよ。」
ナオちゃんは、いつものように素敵な笑顔で私を見てくれた。
保健室には、保険の先生は居なかった。
仕方がないので、私達で治療することになった。
エミちゃんが、私不器用なんだけどなと、不吉なことを言いながら。
棚を色々と漁っていた。
「いやいや、鼻血だよ?ティッシュ詰めとけば治るって…」
「えっ?消毒は?」
「消毒って、鼻を?痛そう…」
鼻血って、消毒しなくっていいんだっけ?とエミちゃんが聞いてきた。
エミちゃんに任せてると、とんでもないことになりそうだったので、
「は、鼻に、詰め物して、ベットに座って上を向いてるのが一番かと…」
エミちゃんと、ナオちゃんは「だよね。」と笑い、指示に従ってくれた。
私は、冷やすのも効果的だと聞いたことがあったので、氷嚢を作りに行った。
うちの高校の保健室は、妙に広くて、ベットと冷蔵庫が離れたところにあった。
なので、エミちゃんは安心したんだろう…小声でナオちゃんに話し掛けてた。
「…もうやめなよ…」
「何を?」
ナオちゃんは、天井を眺めながら答えた。
「さっきの…ヒナ、庇ったんでしょう?」
「…うん。」
「ナオも、イジメられちゃうんじゃないかな…」
「う~ん…かも、ね…」
「でも、ヒナって可愛い子だよ?」
「ちょっと、大人しいけど話すと、楽しい。」
「友達なんだ…友達イジメられて…無視なんて出来ない。」
「ま、見ててよ。いつか、メグとヒナの手取り合わせて、一緒にご飯食べに行って見せるから。」
あはははと、笑いながら話すナオちゃん。
ナオちゃん…
そんなナオちゃんを、心配そうに見ていたエミちゃんだったけど、
フフッと笑って、
「その時は、私も一緒に連れてってね。」
と言った。
私は、深呼吸をしてナオちゃんのところに戻った。