0日目
旅って、いいよねぇ
「かっしみっやさ〜ん」
とある日の日本、千葉県。真ん中辺り。
明るい声と共に、古い家の扉をドンドンドンと叩く音が響いた。
「そろそろ書き終わってますよね〜?締め切り今日ですけど〜」
扉を叩く音が段々強くなり、声には明確に苛立ちが混じり始めた。
かしみや、と名前を呼ばれたその人間は、そんな声は聞こえんとばかりに耳をふさいで、薄暗い部屋の隅で机に突っ伏している。
「いますか〜?いますよね〜?開けてください〜」
もはや明るい声はなく、呼びかけてきた相手の声は地獄で燻る業火のよう…と樫宮は感じた。
「いませんか〜?じゃあ失踪ってことで警察のお世話に…」
「すみません、すみません!開けますから面倒事だけは辞めて!」
扉がばっと開く。ボサボサの髪に汚い服、あまりちゃんと生活しているようには見えない、若い女性が現れた。それを見るや、彼女の編集者…、大塚は思い切り扉を掴んだ。
「開けましたね」
「ひっ!」
「入りますよ」
「ま、まちなさーい!不法侵入で警察を呼びますよ!?」
「呼びますか?」
「…」
完全に威勢で負けている。樫宮は諦めて、薄暗い家に大塚が入るのを眺めた。
「相変わらずきったねぇ家ですね」
「言ってくれますね…。これでも綺麗にしたんですよ!」
大塚は樫宮が掴みかかるのを無視して、本や紙が散らばる部屋の奥の方、樫宮が書いている原稿を見に行った。
「…やっぱり終わってませんか」
はぁ〜、と大きなため息が響いた。
「そろそろちゃんと書かないと、マジで金の入る所なくなりますよ」
「そ、それはわかってます」
「樫宮さん、普通の書けば結構売れるんだから、もっと普通のもバンバン書いたほうがいいですよ…」
そう言ったってなぁ〜、と言葉を濁す樫宮を、大塚は呆れたように見下ろした。
「好きなものばっかりを職業にできる人なんてそうそういないんですから。もっと余裕ができたら書けばいいんですよ。」
「う…」
何も言い返せない。そうだんまりを決め込む樫宮を見て、大塚はちょっと言い過ぎたかと反省した。
「締め切り、もう一日伸ばしますから。頑張って書いてください。絶対ですよ。」
これ以上は時間がない、と念押しをして、大塚は家を出ていった。
「はぁ〜」
扉がガチャッと閉まったあと、樫宮は大きくため息を付いた。
大塚の言っていることはすべて本当だ。自分が書きたいもの、というのはビジョンがある。でも、それを書いたときに限って売れないのだ。
自分ではつまらないと思っていても、世間は面白いと思う。自分が楽しくても、世間は見向きもしない。
「…、自分、この仕事向いてないよなぁ」
と、口に出したはいいものの、どうもそうとも思えない。
単に才能が世界に合ってなかっただけかなぁ…、と樫宮は壮大なことをもんもんと考えた。
「…」
段々イライラしてきた。いかん、と思っても、感情は募るばかりだ。
「ふん!世界なんて知らん!」
そう言って机に突っ伏した。
ピンポーン
「あれっ?!」
ガバっと起き上がる。気づいたらもうとっくに夕暮れになっていたらしい。
アホ〜、アホ〜とカラスが鳴いている。
「チャイムなってたよねぇ?」
ぼんやりとした頭のまま、のぞき窓を見ることもせず、扉を空けた。
こんなボロ屋に来るなんて、きっと大塚ぐらいだろう…、なんて思っていた。
「えっっ…???」
扉を開けた先に立っていたのは、見知らぬ人。いや、これ人なのか?
義足のようなアーチ状の足に、胴体は鉄の棒1本で、背中にマントを翻している。
何より、顔は1つ目だし、目は金属の艶がきいていて、かなり大きい帽子を被っている。
「コンニチハ。アノ…」
そう言って、その金属っぽい何かは、これまた細い腕を樫宮へ伸ばしてきた。先がするどく尖っている。
「ひえっ…」
「アレ?」
なんか死にそうだなぁと思ったら、ふっと急に意識がなくなってきた。
さっき寝たばかりなのに…。いや、そんな事考えてる暇は…。
布団…あたたかい…。…、????
樫宮がふたたび目が覚めたとき、そこは明るい部屋の中だった。
どこだここ!!?
ガバっと起き上が…、いや、少し体が重いので、ガハと起き上がったのほうが近い。
キョロキョロと辺りを見回した。が、よく見たらいつもの自分の部屋だ。
…変な金属がいることを除けばだが。
「ひっ!」
「ア、オキマシタカ。」
また意識が飛びそうになる。
「ストップ!」
「はいっ!?」
「安心シテクダサイ。怪シイ者デハ無イデス。」
「…それ、怪しい人が言うセリフです…」
あれ、そうですか、とその金属は言った。
「分カリマシタ。」
うんうんと考えたあと、その金属はゆっくりと足を曲げて、頭を床につけた。何だか既視感のあるポーズだ。
「…。」
「えっと…?」
「信ジテクダサイ。私ハ怪シイ者デハナイデス。」
良く出来た土下座だ、と樫宮は思った。強いて言うなら少し頭が高い。戸惑ったが、ここまでされて断るのは酷だ。せめて事情は聞いてあげてもいいだろう。
「…わかりましたよ。…まずは自己紹介からしませんか?」
金属は顔を上げた。こころなしか、無機質な一つ目が潤んでいるように見える。
「有難ウ御座イマス。」
「自分は樫宮葉乃って名前。木の葉の葉に、乃は…、なんて説明しようかなぁ。」
「右側ガカクカクしている漢字デスカ?」
「そんな感じ。」
そう聞いた金属は、ピッと音を鳴らした。目の前に、小さなモニターが表示される。
考えずに金属金属と言ってきたが、よくよく考えたら、喋る金属なんて相場はロボットだろうと改めて思った。
「コレデスカ?」
「そう、これです!」
「了解シマシタ。」
今度はピッピと音がした。記憶しているのかもしれない。
「…ハイ。私ハ☆$・〆*0デス。」
え、なんて?
「…ごめん、もう一回言って?」
「ア、申シ訳アリマセン。翻訳ヲ忘レテイマシタ。」
今度はピーーと長い音。
「ハイ。今ノ日本語デハ、『自律思考搭載独立型測量機6号』デス。」
おお、なんかそれっぽい、と樫宮は思った。
とはいえ、長い。これは定石に習って、略称が必要だ。
「名前、長いねぇ」
「ソウデスネ。ナノデ、日本ノ江戸時代ノ測量器カラ名前ヲトリ、『てっさん』トマスターに呼バレテイマシタ。」
あれ、もうありましたか。『てっさん』…、何だか柔らかい響だ。
「…アノ、」
「ん、どうかしました?」
「気ニナラナイノデスカ?私ガ何者ナノカ、トカ『今ノ日本語ニ翻訳スルト…』トカ。」
確かに、と樫宮は思った。昔からの癖で、あまり人のことを深く聞いたりしないのだが、今回に関しては別だろう。そもそも人じゃないだろうし。
「じゃあ、聞かせてほしいかも!」
「ハイ。デハ、状況説明モ兼ネテ。」
そう言うと、『てっさん』は咳払いするかのように、細い手を顔へ近づけた。見た目は無機質だが、動きはずっと、妙に人間臭い。
「私ハ、今カラ700年後ノ未来カラ来マシタ…、」
そう言っててっさんは語り始めた。
今から700年後、地球は大規模な豪雨に直面しているのだそうだ。しかも数百年続いているらしく、世界は諦めかけている。そのせいで日本も貧しくなってしまっているようだ。
が、せめてものと、教育と雇用はまだ何とか機能していた。
もちろん日本の地理も学ばせていた…、のだが、
豪雨に加えていくつかの地震などもあり、日本の地形はかなり変わってしまった。
そのせいで、測量が必要になった。
「当初ハ衛星デ測量ヲシテイマシタ。」
その後、一通り測量は終わった。しかし、比較対象となる豪雨前の地図が、湿気にやられて昔の紙も機械も使えなくなってしまい、記録が残っていなかったのだという。
それで測量しよう、となり、未来の凄い技術(説明がよく分からなかった)で過去の世界にやってきたのがてっさん。
ということらしい。
「なるほど。それじゃあ、結構大事なお仕事の最中何だねぇ。」
「ソウデスネ。」
「あれ、じゃあなんで家に来たの?」
「ソロソロエネルギー切レニナル所デシタノデ。不本意ナガラ、御邪魔サセテ頂キマシタ。」
なるほど、と樫宮は思った。いや、常人の98%は納得しないだろうが、彼女は特に深く考えないタイプだ。もしかしたら、てっさんはそれを見越した上で来たのかもしれない。
そんな事を考えている間、てっさんはずっと辺りを見回していた。
「アノ。」
「ん?」
「貴女、書キ物ヲサレテイマスカ?」
「え、ああ…」
樫宮は頬をぽりぽりと掻いた。
「一応ね。最近はあんまり上手くいってないんだけど…」
「ナルホド。…少シ興味ガアリマス。拝見シテモ?」
「え、まぁ、別にいいけど…」
そう言うと、樫宮は奥の方へ行き、文庫本を持って戻ってきた。
「はい。最近でも一番の出来のやつ」
「有難ウ御座イマス。」
てっさんは細い手で摘むように本を受け取ると、10秒ほどパラパラと最初から最後まで見て、本を閉じた。
「えっ!?そんなヤバかった!?見る気にすらならない!?」
「イエイエ、コレハ失礼。私ガ書物ヲ読ムトナルト、スキャンスル方法ナノデスヨ。」
「あ、そういう…。、どうだった?」
そう言うと、てっさんはピーーと音を鳴らした。
「ナルホド。良ク出来タ書物デス。」
「ほんと!?ありがとう…。」
「フム…、人物描写ガ甘イ事ガ課題デショウカ。」
「う、。」
ちゃんと痛いところを刺された気がする。
「ハイ。ソコヲ直セバ、貴女ヲ越エル作家ハ中々居ナク無ッテシマイソウデスネ。」
「そっか…。」
少し痛かったが、全体的にかなり褒めてくれているようだ。樫宮は頭を掻いた。
「ソレデ、最近ノモノハ?」
「あ、えっと…」
樫宮は少し悩んだが、いい本がなく、仕方なく書きかけの原稿を手渡した。
「これ、何だけど…」
「ハイ。」
てっさんは受け取った後少し固まったが、すぐパラパラとめくり始めた。
「…アナタ、」
「はい。」
「最近、外出テナイデショウ。ソレニ、人トモアマリ話シテイナイ。」
うっっ、である。不意打ちで刺された樫宮は、下を向いて固まった。
「情景描写ガ適当ニナッテイル。ソレニ、人ノ描写ガ淡白デス。ソウイウ世界観ナノナラ良イデスガ、ヒューマンドラマチックナ書物ニハ不適デス。」
樫宮は俯いたまま震え始めた。
最近、やっと大塚の攻撃をいなせるようになったのに、また別の所から刺されるとは思ってもいなかったのだ。
「『外ニ出テイナイ』ト判断シタノハ、髪ガボサボサナ事、服ガ汚イ事モ理由デスガ。」
「…」
「御風呂ニモ入ッテイナイデショウ。貴女ハ少々…」
「も、もうやめて…。死んじゃう…。」
樫宮の心に6個ほど穴が空いたところで、ギブアップ宣言が出た。するとてっさんはすっと静かになり、ピロピロと音を鳴らした。
「スミマセン。少々熱クナッテシマッテイマシタ。」
どうやら冷却システムが起動したらしい。
「私ノアマリ良クナイ癖デス。…スミマセン。」
「いや、別にいい…。…良くはないけど、私のせいなのは分かってるから。」
その後、しばらく静かになった。気がつけば夜になっていて、上弦の月が空に浮かんでいる。
「アノ。」
先にてっさんが口を開いた。
「一ツ提案ナノデスガ…。」
「うん。…なに?」
「私ト一緒ニ測量ヘ行キマセンカ。」
樫宮は目を丸くした。
「測量?」
「ハイ。貴女ハ優秀ナ作家デス。ダカラコソ、迷ッテシマッテイルノデショウ。スランプト言ウモノデス。」
「…」
「気分転換モ大切デス。少シ遠出ヲシマセンカ?」
悪くない提案だな、と樫宮は思った。旅行なんて最近はほとんど行っていなかった。いや、測量だから旅行ではないかもしれないけれど、そもそも外に出ていなかったのだから同じだ。
「ココカラ栃木県ノ日光マデデス。」
「おお!日光ですか!いいね!」
「ハイ。歩キデ2日カラ3日デス。」
ん?
「電車、使える?」
「イエ、歩キデス。」
その言葉を聞いて一気にやる気が失せるのを感じた。
「…」
「ア、エット、モチロン、オ金ハ気ニシナクテ大丈夫デス。後カラ払イマス。付イテ来テモラッテイルノデ。」
その言葉を聞いて、少しやる気が戻るのを感じた。
「…どんなに高いものを買っても大丈夫?」
「ハイ。余程高ク無ケレバ。」
ならば、お土産や美味しいご飯には困らないということか。
樫宮はグッと拳を握った。おまけにお腹もなった。日本人として、旅で美味しいものを食べれるのならそれで十分だ。
「分かった!歩きで日光まで、行きましょう!」
「ハイ。アリガトウゴザイマス。」
「って、ちょっと待って」
浮かれたところで、樫宮は急に冷静になった。大塚が、原稿の締め切りは明日までと言っていた気がする。
「原稿、書き終わらなきゃ行けない!」
「ナルホド。ドウシマショウカ。」
「どうしよっか〜…」
樫宮はちらっとてっさんを横目で見た。頭に手を当てている。
「よし。分かった。急いで書き上げちゃうね」
「デキマスカ?」
「もちろん。それに、てっさん結構褒めてくれたから、自信モリモリよ!」
これは自分の問題だ。自分で何とかするしかないだろう。
夜が少し過ぎた。月が回って見えなくなる頃、樫宮の家の中で、ペンをトントンとしまう音がなった。
「できた!」
「終ワリマシタカ。オ疲レ様デス。」
「じゃあ体洗ってきちゃうから!てっさん、私の明日の服、探しといてもらえる?」
「服ハ何処ニ?」
「そこのクローゼット!」
そういって樫宮はドタドタと部屋を出ていった。
てっさんはキリキリと足を動かし、クローゼットを開けた。
部屋の見た目とは裏腹に、整頓されていた。
てっさんは一瞬戸惑ったが、服をほぼ動かしていなかったから綺麗なのだろう、と推測した。
手で摘むように服をめくる。旅に適した服はあるだろうか。
クローゼットの上をしばらく探したが、あまり良いものが無かったので、下の方も探すことにした。
ガラガラと開ける。
すると、物置にして使われていたのか、大量の紙が出てきた。ほこりまみれだったが、黄色っぽい紙と、2枚ほど赤い紙があり、文字が書いてあった。一目で分かるほどいい素材で作られている。
そうして何とか、てっさんはいい服を見つけた。
取り出して綺麗に畳み、服を置いたてっさんは、部屋の奥の方、先程まで樫宮が書いていた原稿を手に取った。
そして、何かを確認するように、ゆっくりスキャンしながら、原稿を見た。
「アナタハ、ヤハリ…。」
てっさんがそう言いかけたところで、浴室の扉が開く音がした。
原稿を置く。
樫宮は髪が伸び放題だった。整えて上げたほうがいいだろうか、とてっさんは考える。ピッピーーと音を鳴らしながら、開いたままだったクローゼットを閉じた。
あざした!
1日目、2日目、長くなれば3日目まで書く予定です。
てっさんは、授業中に書いた落書きを元に考えています。その気になったらイラスト載せるかも。




