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犯人は、こいつでいい。


「あ、あの!」

 聴衆の中から一人の女が進み出てきた。

 一度は逃げ出した者たちも、怖いもの見たさで少しづつ戻ってきている。


「私、娘です。その捕らわれているのは、私の父で、馬 季走と申します。……父は、違う、違うんです!」

「身内の、しかも娘の話など何の参考にもならん」

 豚顔官吏は取り合わない様子だが、思遠が娘の話を促すように「どうぞ」と声をかけた。


「ありがとうございます。父は、偶々通りかかっただけなんです!私も一緒に居たのですが、少し目を離した隙に居なくなって……でも、ほんの少しの間だったから、お二人をどうこうする時間は無いと思いますし、理由もありません!」

「だが、この男は、お前がやったのかと聞いたら、ああ、と答えたぞ」

「そ、それは……父は、年のせいか最近では、会話の受け答えも、覚束ない日もあって……それ以外はしっかりしてるのですが」

 娘は、俯いた。

「こんなに壮健な体をしているのにか?さっき一瞬の隙を狙って、凄い速さで逃げ出したぞ。その後、転んだが」

「父は、足腰だけは未だに立派で。ここの所、毎朝、日の出前から家をでてしまって。私が追いかけて連れ戻しているんです」

「徘徊?え? 娘さん。お父さんは、ある時くらいから反社会的な……悪いと言われるようなことをするようになりました?」

「なんで、あんたが聞き込みを」

 しゃしゃり出てきた殴られた女に、豚顔官吏が眉をよせている。

「あ、悪事と言う程の事は――少し怒りっぽくなって、人の家の木を切ったりとか、物を勝手に移動したり……お金を払うのを忘れてお店の人に付き添われて帰ってくることがあって……それで尚のこと私がついて回って。でも、人を殺めるなんてあり得ません!」

「十分な前科だな。間違いない、この男が犯人だ!よし、犯人逮捕で一件落着」

 豚顔官吏の言葉に、狐顔官吏も大きく頷いている。

「そ、そんな⁉」

 娘の顔は青ざめ、豚顔官吏に取りすがろうとしたが、振り払われた。


「あの、はーい!」

 被害者の女が、官吏二人の間に割って入り、手を挙げた。

「何だ⁉」

「私、なんといいますか、その人じゃない気がします」

「はぁあ? なんでだよ。犯人の顔を見たのか?」

「ふふふ」

 女は誤魔化すように笑った。

「見てないなら黙ってろ!」


「あの」

「何だ⁉」

 今度は思遠が手を挙げた。

「この指南書に、凶器の発見がなにより大事だと書いてありますが、凶器は何でしょうか?」

「だよね。それそれ。ここで凶器が発見されて、それから、そのおじいさんの指紋でも発見されればあれだけど、ねー」

 女は思遠の横に移動して、仲間であるかのようにアピールしている。

「しもんってなんだ?」

「さぁ」


「俺からも良いか」

「今度は何だ!……なん……でしょうか?」

 一歩踏み出して声を上げた任侠の男に、怒鳴るように返した豚顔官吏だったが、声の主が任侠と分かり語気を弱め顔を反らした。

「俺たちは男の叫び声ひとつ聞いて、すぐにここに来た。今までいろんな人間の喧嘩や殺傷沙汰を見てきたが、こんなにあっちだ、こっちだ血だらけなんて、下手くそか、斬ることを楽しむ人間だ。斬られた人間が声を上げないとは思えないが。そんな声聞いていない。なぁ、お前ら」

「はい」

「その男が騒ぐまで、静かなもんだった」

「そうだとよ、官吏さん。よく調べた方が良さそうだ」


 任侠の男、魏泰の声は、周囲の人間を支配した。

 彼は思いのほか小柄だ。しかし、その大きな存在感は際立っていた。彼の言葉を、みなが「そうだ、そうにちがいない」と思わされ、頷いている。

 そして、皆が官吏に対しての怒りを思い出した。彼らは、事件が起きると容易に賄賂を受け取り、弱い人間に罪を着せる。

 人々の間に、不穏な空気が広がった。


「とりあえず、井戸の女性を引き上げて、近くに凶器がないか探す……予定ですよね?」

 思遠の言葉に、「そうに決まっているだろう!」と豚顔官吏が指揮を執り始めた。



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