被害者
「着いてしまった」
三人がやって来た現場の周りには、人が集まっていた。
その身なりは一様に汚い。ボロボロに擦り切れた布をまとう人々。その肌は、汚れで黒ずんでいる。髪も乱れ抜け落ちている者も多い。
それもそのはず、現場は貧民窟の外れ、人気のない井戸の近くで、井戸の奥側には木や草が生い茂っている。思遠ら三人が現れると、皆の目が彼らに注がれた。そしてヒソヒソと何か話をしている。
彼らの中には、国家権力を良く思わない者が多い。罪を犯し、鼻や耳を削がれた者。刺青を入れられた者。その殆どは身から出た錆だが――中には、そうでない者も。
思遠は、彼らを見ないように俯いた。
「見てください、血だらけでしょ。 あっちにブシャー、こっちにドボドボ。ほら井戸の前は、血だまりです。恐怖、血が沸く井戸なんちゃって」
豚顔官吏が、井戸の前の血だまりを指さした。石造りの井戸は、大人二人が腕を回し包み込めるくらいの大きさで、腰ぐらいの高さがある。井戸の一面や木の蓋、生い茂る草も血が降り注いでいる。思遠は顔を顰めて、遠くからそれらを観察した。これだけ血を流して生きている人間は、まずいないと思われた。
「失血死、じゃないですかね」
「ですよね」
狐顔の官吏が懐から帳簿を取り出して開き始めた。
豚顔の官吏は、血の跡を踏まないように奥へと進み足を止めた。
「で、こちらが今回の主役ですよ」
彼の指さした地面には、うつぶせの人間が横たわっていた。
「何か調べたか?」
豚顔官吏が近くの官吏に声をかけた。
「いえ! これより先には一歩も足を踏み入れてません」
年若く幼さが残る青年は、棒で書かれた境界線を指さして答えた。
彼のすぐ側には縄で縛られた男が跪いている。
「では、呉疾医、お願いします」
狐顔官吏が、先を促した。
「お願いしますって言われても……な、何をすれば……」
思遠は、渡された指南書を開いた。しかし、焦ると文字は頭の中から零れ落ちていく。
その様子をイライラした様子で豚顔官吏が睨んだ。
「いーから、やったれ。とりあえず、やったれ」
「まずは、そうですね。死亡確認して、死因をお願いします」
「……僕が?」
「貴方が」
「えー」
いつまでも煮え切らない彼の背を、狐顔官吏が押している。
思遠が、仕方なく重い足取りで、横たわる人間に近づいた。
被害者は、質の悪くない女物の衣を身にまとい、艶やかな黒髪をしていた。思遠には、この人物が貧民窟に暮らしている人間には見えなかった。履いている靴も刺繍の施された上等なものだ。
思遠は膝をついて、目の前の人物を優しく揺すった。
「今日は、どうされましたか」
「答えるわけない!死んでるわ!」
「そうですけど……すいません、ちょっとひっくり返しますよ」
思遠がうつ伏せの女を、ひっくり返した。
「おぉ、凄い美人だ」
官吏の二人が、俄然やる気を出してジロジロと覗き込み始めた。
思遠は、眉を寄せて難しい顔をして、彼女に触れた自分の手を見下ろしている。
「この人……」
思遠が、再び手を伸ばすと――
死体が目を見開いた。
「ぎゃああああ!ご、ご、呉疾医!死体がああ!!」
「死体の目が開いたああ!!」
「……」
皆が恐怖に慄くなか、死体が「あっ……あ……!」と呻きながら起き上がったので、現場は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
「ひぃぃいい!」
「動き出した!!」
「わああああ」
野次馬に来ていた貧民たちは、押し合いながら我先に逃げ出した。残ったのは、恐ろしさに腰を抜かした者と、肝のすわった任侠の者たちだけだった。狐顔官吏は剣を手に取り、豚顔官吏は捕縛した男の後ろに隠れている。




