帰りたい
「さぁ、この先が現場です」
二人の官吏に連行されるように、一人の男が歩いている。年は、二十八。ふわふわの土黄色の髪は、顔回りの髪だけ結われ、あとは垂髪になっている。歩くたびに舞い、どこか犬のようである。顔も繊細で綺麗な顔をしているが、下がり眉とたれ目が情けなさを演出している。背は人より大きいが、猫背の為に小さく見られる。
姓は呉、字は思遠。この中原の大都市で薬を煎じ、調合し売っている。商売は、お世辞にも上手くいっているとは言えない。
「僕、やっぱり、帰ります」
「いや、いや、いや!」
思遠が歩みを止めた。両隣を歩いていた官吏は、慌てて振り返り、その肩を掴んだ。思遠は頑なに振り返らず、顔を下げたまま、そろり、そろりと元来た道を戻ろうとしている。
「無理です。死体なんて病の解明以外で調べたことないです」
「それも承知でこっちも頼んでます」
「でも……」
「ほら、それ、指南書を渡したでしょ。なんか、それっぽくやって貰えば大丈夫ですよ」
官吏の一人、狐顔の青年が思遠の前に回った。なげやりな様子で、思遠が抱きしめる書物を指さした。
「そんな無茶な、僕が診てたのは生きてる人間で……それすらも最近は診てないですし」
「ごちゃごちゃ言わんと、やったればいいんですよ。貧民窟の死体なんて、報告書を出す、ソレがすべてだと聞きました」
もう一人の官吏、豚顔の中年が腹を叩いた。
「ここだけの話、私たちも初めてなんですよね。殺人事件」
「は?」
「わしら、いつも夜間の大通りの警備やっとる。普段は、夜間に市場を出歩くな、って注意してるだけですもん」
「じゃ、じゃあなんで。そもそも本職の検視する仵作の人たちはどうしたんですか⁉」
「駄目だよ、呉疾医。それは聞いたら駄目。あれだよ、あの聞くな喋るな、口だすなのアレされてるのよぉ」
「戒厳令です。昨夜、とても身分が高い方の重大な事件が起きたそうです。優秀な官吏、仵作はすべて駆り出されました」
「そんな馬鹿な……」
二人の官吏は、耳を塞ぎ、目を閉じて頷いた。
そして、二人が目を開けると、思遠は、はるか遠くに逃げていた。
「こら!なにしとる!」
「招集に逆らうと酷い目に遭いますよ」
思遠の足が止まった。
余裕の足取りで官吏達が思遠に歩み寄った。
「諦めてください。大丈夫です。死因とかそれっぽく書いていただければ良いだけ。少しですが報酬も出ますよ」
「医官のやつらに、あんたか一番暇だからって推薦されたんだよ。昔のお仲間の紹介だ」
二人の言葉に、大きく息を吸い込んだ思遠は、深いため息をついた。
そして、空気と共に魂も抜けた。目が半開きになり、がっくりと項垂れ、官吏に連行される姿は、まるで捕縛された人間そのものだった。




