陸
甘い微睡みの中、萌羅は夢を見ていた。
其れは、幼い頃の記憶で在った。
優しい母に抱かれている。弟の塁留も同じ様に、抱き締められている。
萌羅も塁留も、母が大好きで在った。
穏やかな眼差しを注ぎながら、母は二人を愛でた。
——此の時。母の肉体は既に、魔徒に依って滅ぼされていた。父が魔徒と成って、母を殺したのだ。其の直後に矢紅が顕れて、魔徒を討ったが、母の肉体は少しずつ灰に成っていた。
けれど母は哭き喚く事もせずに、二人を優しく包み込んでいる。命の灯火を最期に燃やしながら、母は幼い二人に託したかったのかも知れない。
本来ならば、死ぬのは母ではなくて、二人の方だった。
魔徒と成った父が、其の兇刃を二人に向けていた。母が其の躯を挺して二人を庇ってくれたのだ。
——生きなさい。
母の最期の言葉が、脳裏に心地良く木霊していた。
既に萌羅の心臓は、昭久のナイフに依って破壊されていた。
本来ならば、死して崩れ墜ちている。
「……バルゴ、俺の肉体を……喰らってくれッ!」
曾て母がそうした様に、萌羅は命の灯火を燃やしていた。
肉体が完全に滅びる其の前に、戦騎に己が躯を喰らわせる。
其れ以外に、塁留を護る術は無かった。
「闇に墜ちては駄目だ……兄さん!」
——愛しい我が弟よ。今ならば、母の在の時の気持ちが解る。譬え此の魄が砕け散ろうとも、弟の塁留だけは必ず護る。
肉体を何かが、侵食しているのが理解った。戦騎が己の肉体を喰らって往く。
通常ならば、騎士は戦騎を其の躯に纏わせて闘う。其の状態だと戦騎の力は、本来の半分も発揮されない。戦騎の力を極限に引き出すには、其の躯を戦騎に喰らわせなければ為らない。
そうする事で、強大な力を得られた。
そして其の代償として、宿主と共に戦騎は闇に墜ちてしまう。
萌羅の肉体を、迸る程の力が流れ込んでいた。
其の力は、優しい母の温もりを匂わせていた。
「塁留よ。俺の肉体は、間も無く消滅するだろう。だが……お前は必ず生きろ。良いな?」
優しい微笑みを塁留に投げ掛けた。自分が死んでも、塁留が必ず其の意志を受け継いでくれる。
「ふんッ……。弟を護る為に、自ら闇に墜ちるか。反吐が出る様な、美しい兄弟愛だな」
襲い来る昭久の兇刃。
——其の刹那、萌羅は駆けていた。
「護りたい者が居る人間の気持ちを……お前には、解るまいッ!」
残像を残す程の速度で、萌羅は昭久の背後に廻っていた。




