伍
「此処が《奈落の森》か……」
羅刹は辺りを窺っていた。此の世で一番、美しい場所だと聞いていたのだが、森は荒らされていた。
周囲には、無数の邪気が漂っている。其の中でも一際、大きな邪気が森の奥から感じられた。
「此の森で一体、何が起きている」
周囲には、無数の魔徒の気配。
其の依代は、人では無かった。——と言うよりも、生物ですら無い。
辺りを蠢く無数の鉱物。其の形状は、何処か戦騎に似ていた。
鉱物で出来た其れ等は、様々な獣の姿をしていた。
どうやら、人工的に作られた魔徒の依代の様で在る。詰まりは、魔徒を操っている者が居る事を意味する。一体、何者だ。強大な邪気は、並の手練れでは無い事だけは理解できた。
「不味いわね、羅刹。今回の相手は、私達だけでは荷が重いわ……」
何時にも無く弱気なタリムの声。
こんな事は、初めてで在った。
「此れの元兇に、心当たりが在るのか?」
此方に邪気を向ける無数の魔徒。禍々しい其の姿は、異形を象っている。
蠢き猛る魔徒の群れが、一つの意志を持って襲い来る。
短剣を引き抜き二体の魔徒を斬り払う。
「……硬い!」
短剣を伝う感触から、其の頑強さが窺えた。刃が通らない。下手をすれば、短剣を折られてしまう。
「どうやら、霊石で造られた依代の様ね」
霊石とは、極界にのみ存在する鉱石で在る。戦騎や騎士の持つ武具も、霊石が用いられている。
其の硬度は、尋常では無かった。だが、素材が同じならば、斬る術は在る。獣達の間接に在る僅かな隙間から、刃を通して遣る。確かな手応えを感じて、体重を掛けて、短剣を引き下ろした。分断される獣の肢体。続け様に羅刹は剣撃を放った。瞬く間に、二頭の獣が四肢を喪った。
羅刹は身を翻して、後方から牙を向く魔徒を薙いだ。側面からも迫り来る魔徒の牙を、籠手で受ける。極界の炎を召喚して、魔徒を内側から焼き尽くした。勝てぬ相手では無いが、其の数が多過ぎる。戦騎の喚装は親玉と当たる迄、温存しておきたかった。
羅刹は全速力で走った。
迫り来る無数の魔徒を斬りながら一向、疾走り抜けた。
「こんな芸当が出来るのは、一人しかいないわ。《嘲りの鉈梛九》。皇渦陸仙の一人よ」
迫り来る魔徒の数は、減る気配が無かった。斬っても、斬っても、幾らでも湧いて来る。切りが無い。
「——馬だ」
……ぼそり、と漏らす羅刹。
「馬……?」
羅刹の前方に、蒼馬の霊獣が居た。
とても美しい毛並みをしている。其の馬が、魔徒を物凄い勢いで蹴散らしていた。在れ程の強度の魔徒を、蹴り砕いているのだ。
「良い事を考えた」
羅刹が笑みを浮かべていた。其の笑みは、悪戯を想い附いた子供の其れと酷似していた。
「良い事って……貴方、まさか?」
「彼の馬を利用させて貰う。昔は良く馬を、盗んでいたから、何とか成るさ……多分」
魔徒を踏み付ける蒼馬の一瞬の隙を衝いて、羅刹は飛び乗っていた。
嫋やかで温かな和毛の感触が、羅刹の心を逸らせた。
「何だ貴様ッ……何故、私に跨る。降りろッ!」
暴れ狂う蒼馬。其の反応は、予想していた通りで在った。過去に盗んで来た馬と、何ら変わりは無い。
鐙や手綱も無いのに、羅刹は器用に蒼馬にしがみ付いている。
「喋れるのか。なら、話は早い。俺に協力してくれ」
「何故、私がお前に協力しなければ成らない?」
「お前、此奴羅に狙われてるんだろう。俺に協力してくれれば、助けてやれる。お願いだ」
穏やかな口調。
黙りこくる蒼馬。
然し、互いに魔徒を討ち続けている。魔徒を蹴り附ける蒼馬の上で、羅刹は器用に短剣を振るっている。
此の儘では魔徒の数に押されて、互いに潰されてしまう。
「協力しよう。但し、今回だけだ」
「ありがとう」
とても穏やかな笑みを向ける羅刹。
「タリム、喚装だ!」
其の言葉と同時に、蒼馬は駆けた。
連続して喚装していられるのは、数回が限度だ。限界を越えれば、鎧に喰われてしまう。一度目の喚装で、全て蹴散らしてやる心算だった。
戦騎を纏った羅刹の手には、大剣が握られていた。極界の炎を纏わせた其れを、豪快に旋回させる。たった今、思い付いた技を試す心算だった。
無数の炎の衝撃波が、波と成って魔徒を討つ。
衝撃波を受けた魔徒は、燃えながら砕け散っていった。不思議な事に、炎の衝撃波は森を一切、傷付けなかった。魔徒だけを蹴散らしている。
極界の炎は、悪しき物を焼く為だけに存在している。故に森が傷付く事は無いのだ。
羅刹は斬撃を放ち続けた。炎の衝撃波が、魔徒を討った。
——打って、撃って、討ち続けた。
霧散霧消する邪気。
「後は、元兇を取り除くだけだ。一気に、片付けてやる!」
羅刹の叫びに呼応する様に、蒼馬は森を駆け抜けた。




