玖
「羅刹、気を付けなさい。奴の能力が、まだ解らないわ」
人間が魔徒に憑かれ、人を殺すと鬼神化して怪物の姿となる。鬼神化すると軈やがて、憑かれた人格を支配する。
そして完全体と為った魔徒には、特殊な能力が宿る。タリムには、魔徒を感知する能力が備わっている為、魔徒の詳細や能力を探る事が出来た。
特定には、若干の時間が掛かった。
「小僧、咎人だろう?」
確かに、自分は咎人だった。生前に多くの罪を重ねて、咎人となった。閻魔大王の計らいがなければ、今頃は地獄の業火に焼かれている。
「だったら、何だ?」
無数の彫刻刀が、魔徒の周囲で宙を舞う。
「小僧も、我等と同じだと謂っているんだ!」
彫刻刀が、巨大化する。
「違う。貴様等と一緒にするな!」
「人を喰らう我等と、人を殺す咎人。何処が違うと謂うのだ?」
槍ほどのサイズの彫刻刀。真面に受ければ、危うかった。
其の内の一本が、羅刹を目掛けて飛来する。
大した速度ではない。羅刹は剣で薙ぎ払う。
「羅刹、残念な知らせよ」
剣が途端に重くなった。
「奴の能力は加重。彫刻刀に触れる度に、重力が増すわ」
次々に彫刻刀が、羅刹を襲う。其の全てを剣で薙ぎ、払い、受け止めた。
とてつもない重量となった剣を、羅刹は支えていた。余りの重みで、アスファルトの足場が割れている。戦騎を纏っていなければ、とてもではないが持ち切れない。
戦騎を纏うには、タイムリミットが在った。66、6秒。此れは、地獄の獣が持つ数字で在る。
「絶体絶命と謂う奴だな、小僧!」
駄目押しとでも謂う様に、一際に大きな彫刻刀が迫り来る。今ならまだ、ぎりぎりで躱す事が出来た。
しかし、羅刹は避けようとはしない。
「羅刹、避けて!」
戦騎騎士の短剣は、戦騎を纏うのと同時に剣へと姿を変える。そして羅刹の持つ剣は、更に姿を変える。
大剣で巨大な彫刻刀を受ける。
持ち切れず、大剣を地面に垂らす羅刹。
大剣の重量に依る衝撃で、アスファルトが砕け散る。
「どうして、避けないのよ?」
羅刹の実力なら、全ての彫刻刀を躱せていた。
なのに、其の全てを剣で受け流していた。
「俺が避けたら、アイツが死ぬ」
「羅刹、貴方……」
後ろで佇む少女を護っていた。
羅刹は此れまで、人を護ろうともしなかった。其れなのに、羅刹は少女を護ろうとしている。
「惚れたの?」
「黙れ!」
解らなかった。
何故、自分が少女を護りたいのかが、解らなかった。タリムの言う通り、少女に惚れたのかと聞かれれば、其れも解らない。只、少女を護らなければいけないと思った。
其れだけだった。それに、惚れると謂う感覚が解らない。今迄、自分は多くの人間を恨んで生きてきた。色恋の沙汰とは、無縁な世界に其の身を置いてきた。だが少女の存在が、自分の中で違和感を生み出している事は、間違いなかった。其れが何なのかは解らないが、不思議と穏やかな気持ちにさせられていたのだ。
だからこそ、死なせたくないと感じたのかも知れない。其れが、恋心かどうかは解らない。
今は只、目の前の敵に集中しなければ為らない。状況は芳しくはなかった。秋宵の月に照らし出された表情には、焦りは微塵も在りはしなかった。羅刹の眼には只、鋭い暉だけが浮かんでいた。
大剣を引き摺りながら、羅刹は走った。助走の勢いを其のまま利用して、羅刹は体を捻って回転した。助走の勢いと遠心力に依って、大剣は大きく宙を旋回する。
だが其の動きは、余りにも大振り過ぎた。
大剣の斬撃を、魔徒は躱す。
「何故、咎人の小僧が戦騎騎士になった?」
巨大な彫刻刀を構えて、魔徒は問い掛ける。
タイムリミットが、近付いていた。次の一撃で決めなければ、後がなかった。
羅刹は大剣を、もう一つの形態へと変化させた。納刀して、居合いの構えを取る。今の形態なら、大剣の時よりも重量は軽くなる。
「咎人が、正義の味方気取りか?」
「違う。俺は、悪を斬る一振りの刀だ!」
刀に依る斬撃が、彫刻刀ごと魔徒を捉える。
魔徒の体を断って、羅刹は鎧の喚装を解いた。
「良くやったわ、羅刹!」
初めて羅刹は、人を護った。
タリムには、其の事が嬉しかったのだろう。全く、うっとおしい目付け役だ。いつも、人を護れ。騎士の使命を全うしろと、喧しくタリムは謂う。
灰になった魔徒に歩み寄り、勾玉を翳す。
魔徒の魂を放っておくと、他の人間に憑いてしまう。人間の闇は底知れない。幾らでも、魔徒の依代は見付かる。
だから、勾玉に封じ籠めなければならない。
「あの……助けてくれて、ありがとう」
応えずに、羅刹は少女を睨み付ける。
「逃げろと謂った筈だ」
「ごめんなさい……」
俯く少女。
矢張り、解らなかった。
どうして少女を助けたのか、羅刹には解らなかった。
「私は刹那。(御法院刹那。貴方は?」
「羅刹だ」
そう言い放って羅刹は、闇の中へと消えて入った。




