弐
「香流羅よ、どうした?」
「入らないの?」
家の前で立ち止まる香流羅に、二匹の霊獣が問う。
霊獣は普段、其の実体を表には現さない。香流羅の衣服に、霊体として憑依しているのだ。
「邪悪な氣を感じる」
《ガイア》の数珠を身に着けてから、感覚が鋭く成っていた。
【人外の書】に依って、香流羅は遠くの氣の流れを察知する術を得ていた。故に以前にも増して、邪気に敏感に成っている。
邪悪な氣は、一つでは無かった。複数の邪気が、別々の位置から感じられた。其れも、相当な力を有している。今の自分で在っても、果たして勝てるだろうか。
——此の御影町で一体、何が起きている。
邪気の一つは、間違いなく魔徒に依る物だ。だが其れ以外の邪気は皆、気配が違う。幸い今は、成りを潜めている。事が起きれば、此の町は恐怖と混乱が渦を巻いて、死に包まれるだろう。他人が死のうが別に、どうだって良かった。家族さえ護れれば、香流羅は其れで良い。だが未だ、今の自分で在っても及ばない。
闇が動き出す前に、更なる力を身に付けねば成らない。其の為には矢張り、神威が必要で在る。だが、神の許しがいる。
「……お兄ちゃん。そんな所で、何してるの?」
背後から、声を掛けられた。
振り向くと刹那が居た。
「何故、封印が解けている?」
刹那から力を感じた。
砂羅と共に掛けた封印の術式が、完全に消えている。刹那に封印を解く術は無い。此れまで、何も教えずに普通の暮らしをさせていた。其の命を削りながら、力を使わぬ様に。無用な危険を、避けさせる様に。全ては刹那の事を想って、掛けた封印だった。
其の封印が、何者かに解かれている。
一人、思い当たる者が居る。
「神楽と契約したのか?」
無言で頷く刹那。
香流羅の問いに、刹那は狼狽えた様子は無い。
全てを知った上の事なのだと、香流羅は悟った。
「まぁ、良い。ならば、お前も力を付ける事だ。自分で選んだ道ならば、覚悟は出来ているんだろうな?」
厳しくも優しい光が、香流羅の瞳には宿っていた。
香流羅に取って、刹那は大切な妹で在った。
護るべき大切な存在だ。
「こいつを常に、持っておけ。必ずお前の力に成る」
「此れは……?」
小さなナイフ程の短剣だった。
「《正者の剣》だ。お前の心に共鳴して、相応しい姿と成る」
「ありがとう……」
はにかむ様に笑う刹那。
何よりも、愛しい存在だった。




