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咎人の詩  作者: 81MONSTER(日本を代表する怪物)ポンコツ犬のタナトス
第九話【銭奴】

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 此の世の中は、金が全てだ。


 山村冴子が生きてきた五十年で、学んだ事は此の一点に尽きる物だ。子供の頃から、冴子は劣等感を抱いている。自分と違って、他の子達は可愛らしく見えた。愛嬌が有って、周りの大人達に可愛がられている子供達が、羨ましかった。其れに引き換え自分は、醜い見た目をしている。自分をブスに産んだ両親を、幾度となく恨んだ。


 暗い性格に育ったのも、不細工な外見の所為。ブスで不愛想な女の人生は、暗く悲惨な物だ。


 誰からも相手にされずに、面倒な事ばかりを押し付けられる。中小企業のOLをしていた時も、クレームの対応ばかりをやらされていた。ブス、不細工、不愛想。そんな言葉を毎日、浴びせられる。もっと酷い言葉も、数え上げられないぐらいに叩き付けられた。正に罵詈雑言の嵐だ。


 其の度に冴子は憎悪の心を、内に孕ませていた。


 最初の頃は、涙を流していた。其の度に周りの者達は、己を嘲笑っていた。ブスが泣いても、滑稽にしか見えない事を知った。其れ以来、冴子は泣く事を止めた。


 代わりに憤怒と憎悪の念を、積もらせた。やり場の無い感情だけが、無残な燃え滓の様に残った。


 ——今に見ていろ。自分をあざけて見下している全ての人間を、いつか見返してやろうと想い野心を直隠ひたかくした。其の感情だけが、冴子を支えていた。


 冴子が二十五歳の時、一つの転機が訪れる。


 生まれて初めての彼氏が出来たのだ。相手の男は、新入社員の若い男だった。高卒で冴えない男で在ったが、真面目そうな外見。直向ひたむきな其の姿勢に、冴子は好感を持った。見掛けも平凡で在ったが、逆に其れが冴子には安心感を抱かせていた。もしも此れが、誰もが振り向く色男ならば、敷居の高さに尻込みしていただろう。


 仕事に慣れていない為か、事在るごとにミスをしては上司の叱責を受けていた。冴子はそんな男に優しい言葉を掛けて、励まし続けた。自分でも驚く程に、積極的に男に近付いていった。


 食事に誘っては、男の事を褒め湛えた。言葉を変え、心を尽くし、男を喜ばせていた。


 其の甲斐が在ったのか、程無くして冴子と男は交際を始める。数ヶ月の間は、冴子に取っては夢の様な日々で在る。初めての経験に、感激で胸が高鳴っていた。男の温もりに、心が癒され、幸福の絶頂にいる。生まれて初めて、生まれて来て良かったと感じた。


 幸せを知った。


 男を知った。


 そして、失恋を知った。


 ——お前みたいな不細工で暗い女、本気で好きになる訳がないだろ。


 男の言葉に、冴子の心は深く鋭く抉られていた。


 ——年上で誰からも相手にされていないから、貢いでくれると思ったのに、見当違いだったな。


 男の吐き捨てた言葉に、悲しみよりも、憎しみの感情が込み上げていた。慥かに交際費の殆どは、冴子が捻出している。けれども金額にしてみれば、そこそこと謂った額で在ったかも知れない。だが其れは、冴子の好意で在ったし、金額を問う事でも無い。況してや貢ぐ云々の問題では無い。冴子は只、愛する男に喜んで貰いたい一心で在ったのだ。そんな冴子の恥じらぐ様な乙女心を、男は踏み躙ったので在る。


 冴子は涙を流しながら、男に掴み掛かっていた。


 ——ふざけるな。貴様きさんみたいな男げな、此方こっちから願い下げたい。


 そう叫ぶ冴子の表情は、鬼気に染め上がっていた。九州訛りも在ってか、冴子の気迫に押されて男は其れ以上、何も言えなくなっていた。


 冴子の心中は、愛憎の蛇が蜷局を巻いている。信頼して全てを捧げ様としていた者の裏切りは、確実に冴子の中の不可侵の領域を破壊して往った。決して修復される事は無い。誰かを愛する事も今後、一切も無い。


 男と別れた冴子は其れ以来、誰にも心を許す事は無かった。誰も信用、出来なかった。誰も愛したくは無かった。


 此の世界で、頼れるのは自分一人だけだ。近付く者は、全て敵。そう思う様に成っていた。


 冴子が三十代半ばの頃に、再び転機が訪れる。


 十年前から買い続けていた宝くじが、当たったのだ。其の額は、七億円。冴子が生涯を懸けても、稼げない様な金額。其れがたったの一枚の紙切れと引き換えにするだけで、手に入るのだ。正に行幸で在った。


 ——人生が一瞬で、一変した。


 冴子は糞喰らえな神に、生まれて初めて感謝した。此れで、全てが変わるのだ。自分は生まれ変われる。心の奥底から、鬱積していた感情が込み上げていた。此れまでに自分を見下してきた糞喰らえな連中を、遂に見下して遣る時が来たのだ。誰にも文句は謂わせない。腹の底から笑いが込み上げていた。獣の唸り声にも似た冴子の哄笑が、自分自身の鼓膜を静かに震えさせているのを憶えている。


 気が触れたかの様に、冴子は一晩中、嗤い続けた。


 金を手にした冴子は、真っ先に高級ブランドを買い漁った。身に纏った物の総額は、一千万円を優に超えている。ホストクラブに行って、数百万円の金を一晩で溶かした事も在った。冴子に取って、サラリーマンの平均年収は小銭に等しく成っていた。金は麻薬の様に、冴子の脳内を麻痺させて往った。心地良く甘美な快楽の中、冴子はホスト達に金をばら蒔いた。


 美形の男達が、自分を称賛する。だが、心が埋まる事は無い。愉悦に浸る心の奥底には、積もり積もった憎悪が沈んでいた。幾ら金が在ろうと、復讐を果たさなければ、自分は前には進めない。


 冴子は夜遊びを止めて、出社する事にした。元の惨めな生活を送る気は、毛頭ない。


 既に冴子は一週間、会社を無断欠勤している。遊び回って、一億円の金を溶かしている。


 豪遊する事に飽きた冴子は、男達への復讐を始めた。一週間振りに出社すると皆、奇異と嫌疑の視線を冴子に注いでいた。其れも、其の筈だ。無断欠勤をした上に、ふてぶてしい態度で現れたのだ。着てる服も身に附けているアクセサリー類も、高級ブランドで固めていた。まるで其れは、自分を馬鹿にして見下して来た者達への当て付けの様で在った。


 金を切り詰めながら、身の丈に合った生活をする者達は時折、小さな見栄を張る。貧乏人が附けるアクセサリーは、見栄の塊だ。そんな彼等彼女等の見栄を、完膚なきまでに叩き潰して遣りたかったのだ。


 ——山村君。此の会社に、君の席はもう無いよ……。


 いつも強気な山下が、遠慮がちに言った事を今でも憶えている。山下は明らかに、動揺していた。狼狽の色を見て冴子は内心、ほくそ笑んでいた。


 以前までならば、自分を罵倒していただろう。弱い者にしか、強く当たれない愚かな男だ。こんな詰まらない男に、自分は今まで蹂躙され罵られて来た。肚の底から憎しみが込み上げていた。


 ——知っとうばい。其れが、どげんしたと?


 小馬鹿にした様に、冴子はせせら笑う。脂ぎった山下の肌を、汗が伝っていた。汚らしい男だ。大した成績も上げられずに、専務の小さな椅子に座るのが精一杯。小生意気な部下の面倒を見ながら、上司の機嫌を取り続ける毎日。面倒な客のクレーム処理に追われ、取引先の接待を夜な夜なこなす惨めな人生。家庭ではどんなポジションに甘んじているのかも、大体の想像が附く。


 醜く肥えた山下の髪は、無惨に禿げ上がっている。中間管理職の抱えるストレスが、そうさせているのだろう。だが、そんな事は別に、どうでも良い。


 ——今日はお前等に、今までの事を謝罪して貰おうと思って、こげんむさ苦しい所に来てやったんばい。


 狼狽える山下に、百万円の束をちらつかせる。其の瞬間、明白あからさまに周囲の人間が目の色を変えた。金の力は、人を変える。惨めな犬畜生どもに、其れを教えて遣る。


 ぎらつく目線が、冴子の手元に蝟集している。皆、金が欲しい。例外など、在りはしない。金が無ければ、惨めに忘れ去られるのだ。冴子の父が、そうで在った。


 冴子が中学生の時に、父はリストラに遭った。再雇用の話しも見つからずに、惨めな時を過ごしていた。父は首を吊り、母はスナックに勤める様に成った。冴子は高校生に上がって、アルバイトを始めた。複数のアルバイトを掛け持ち、死ぬ気で金を貯めた。アルバイト先では、陰湿な虐めを受けた。高校も学費が足りなくて、中退した。


 だけど、金は冴子を裏切らない。溜めた金で、冴子は自立した。


 詰まる処、冴子の人生は金で決まるのだ。


 ——全裸で土下座して謝罪したもんには、百万ばくれてやるたい。


 其の場に居る全員が、息を呑むのが解った。


 冴子がバッグを逆さまに振ると、中から札束が大量に出てきた。三千万円の現金を、持って来ていた。


 其れを見た途端、男達の一人が服を脱ぎ始める。其れを見て又、一人。又、一人と次々に服を脱ぎ始めた。五分も経たぬ内に、男達は皆、全裸に成っていた。高々、百万。其れだけで、人は醜悪な姿を途端に曝し出す。


 ——なんば、ボサッと立っとるんね。さっさと、土下座ばせんね?


 言われる儘に、男達は冴子に土下座をしていた。


 快感だった。


 今まで自分を馬鹿にして、見下してきた男達が、自分に媚びへつらっている。


 金の魔力の前には皆、従順な犬畜生に成り下がる。其れがたった今、証明された。


 更なる快感を求めて、冴子は金を求めた。金は使ってこそ、なんぼだ。使わなければ廻らない。巡り廻って又、己の元に返って来る。幾ら金を貯め込んでも、金は廻ってはくれない。金の使い方次第で、金は幾らでも増えるのだ。


 会社を起こして、金融業を始めた。土地を買って、駐車場も経営した。金に対して貪欲に成った冴子は、みるみると金を稼いでいった。


 正に冴子は、金の亡者と化している。


 此の世の中は所詮、金が全てだ。


 金以外に信用、出来る物なんて何一つ無い。


 不細工で不愛想な女が、人以上の幸せを求めるならば、金が要るのだ。


 そして自分には、唸る程の金が在る。


 ——其れなのに何故、こんな目に遭っているのだ。


 冴子は、運命を呪った。姿も見えない神を、罵倒して遣りたかった。漸く得た幸せを、神はいつも最悪の形で取り上げる。


「社長が悪いんですよ……。俺の事を散々、馬鹿にしておいて……クビにまでして。……俺、納得してないんですよ」


 狂気に染まった顔の山崎が、冴子の胸にナイフを突き立てながら言った。胸の奥が、狂った様に熱い。痛いのではなくて、熱いのだ。まるで、身体の中に熱湯を流し込まれている様な感覚で在る。じんわりと熱が広がり、全身に死が伝って往く。そんな感覚が、冴子の胸中を際立てる。


 山崎は冴子が、営んでいる金融屋の社員だった。


 大した能力も無くて、人並み以下の仕事しか出来ない男だ。冴子に罵倒される毎日を送り、遂には解雇を言い渡される事と成ったのだ。本当に無能で、糞の役にも立たない男。見てるだけで、虫酸が走る。解雇は正に、正当な行いで在った。


 其れなのに山崎は腹を立て、強行に及んだのだ。こんなどぶの様な男に、殺されるなんて納得できない。金ならば、幾らでも在る。溝に捨てる程に在るのだ。こんな処で、くたばるなんて御免だ。


 ——死にたくない。


 薄れる意識の中で、冴子は想った。


 折角、此処まで成り上がったのだ。こんな事で、死にたくはなかった。助かるの為らば、何でもする。


 ——俺が、助けてやろうか?


 冴子は事切れる寸前で、声を聞いた。地獄の底から聞こえる様な、禍々しい声で在った。


 ——誰でも良い。助けてくれるなら、誰でも良い。


 声の主が鬼でも悪魔でも、どちらでも構わなかった。自分が助かるのならば、何でも構わない。


 ——為らば、俺を受け入れろ。


 何かが内に入り込んで往った。気が付けば、傷は塞がっている。


 魔徒と成った冴子は、山崎を喰らって狂った様に嗤った。



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